第195話 あなたの隣にいるために⑥


 迎えが来たのでななちゃんは帰ってしまった。それに合わせて梨子もうちに帰っていく。


「一人で帰れるか?」


「ここまで一人で来たんですけど」


「ここまではななちゃんと二人でだろ」


「力的には一人みたいなもんだよ」


「いや、ななちゃんがいることでしっかりしないとという気持ちが働きいつも以上のパフォーマンスを発揮したことだろう」


「……っ」


「そこでそんな『ちっ、バレたか』みたいなリアクションするんだ……」


 陽菜乃がツッコミを入れたところで今度こそ梨子は行ってしまった。騒がしい僅かな時間だったけど最高の時間だったな。


 以上、本日のスペシャルゲストのななちゃんと梨子でした。


「お腹も膨れたことだし、どうしようか?」


「くるみちゃんたちが行ってた占い研行ってみる?」


「そうだな」


 そんなわけで二人の文化祭が再開された。さっきまでのワイワイムードとは打って変わった、二人きりの独特の空気感。

 居心地の悪さはなく、どころか程よく落ち着く不思議な感覚。


 周りにいる生徒は誰もが楽しそうで、その中にいるだけでも気分が上がる。

 もしかしたら、去年の俺のように友達のいないぼっち生徒はどこかで時間を持て余しているかもしれない。


 怖いだろうけど、勇気を出して一歩踏み出してみれば世界が変わることもある。

 俺の場合は、引っ張ってくれた人がいた。本当に恵まれていたよ。


「隆之くんは占いとか信じる人?」


「都合のいいときだけ信じるかな。陽菜乃は?」


「んー、まあおおむね隆之くんと同じ感じだけど。女の子は占いが好きだからね。当たる当たらないは別にしても」


 心理テストとかそういうのと同じような感覚ということだろうか。

 プラスなことを言われたらいつもより少しだけ気分が良くなるし、マイナスなことを言われたらいつもより少しだけ気分が悪くなるか、あるいはそもそも信じないか。


 俺は後者だ。

 なので、わざわざお金を払って占いをしてもらうという行為はしない。バカバカしいと一蹴するほどではないけれど、答えを求めて訪れるのは違うと思ってる。


 けど。


 俺みたいな意見は意外と少ないのか、占い研の部室前は中々の列ができていた。


 よく見てみると、そのほとんどが女子だ。いや、カップルなのか友達同士なのかは分からないけどペアを除くと男子はいない。


 女子が平均以上に占い好きなのか。

 男子が平均以上に占いに興味がないのか。


「女の子ばっかりだね」


「ああ。男女ペアが多いように見えるけど気のせい?」


「んーん。そんなことないと思うよ」


 あれ見て、と陽菜乃が大きな看板を指差す。そこには『相性占いします!』とでかでか書かれていた。


 占いで相性なんか分かるものだろうか。


「男女ペアはあれ目的だと思うよ?」


「他にはなにがあるんだろうな」


「見た感じ、ある程度のことはできるみたいだけど」


 パンフレットの説明には『相性占い以外にも様々な占いができるので気軽に寄ってね』と書いてある。

 たかが学生に、なにが見えるんだろう。


 ていうか、俺と陽菜乃はこれからなにを見てもらうんだろう。

 男女ペアなんだし、相性占いか?

 信じてるわけじゃないけど、しかし悪い結果が出たときに『そんなもん関係ねえぜ』と割り切れるだけのメンタルが俺にあるか?

 ちょっとダメージ負いそう。


 他の占いをしてもらった方が平和な気持ちで終われそうだけど……、と思いながら陽菜乃の様子を伺ってみる。


「せっかくだし相性占いしてもらう?」


 照れたようにはにかんだ陽菜乃を見て、俺は「お、そうだな」というリアクションしかできなかった。


 一体どれくらいの時間でこの列は捌かれるんだろうか。さっきから一向に前に進まないんだけど。

 と、思えば二三組一気に呼ばれることもある。どうやらワンオペではなさそうだ。


「心理テストでもしよっか」


「突然だな」


 まあ、まだ呼ばれるには時間があるし暇つぶしには持ってこいか。これから占いをするし、そういうスピリチュアルな気分に浸っておくとしよう。

 心理テストはスピリチュアルか?


 陽菜乃はスマホをいじって適当な心理テストを調べた。どれがいいか考えていたようだが、どうやら決まったらしい。


「えっとね、それじゃあいくよ。『あなたはウォーキング中にあるものを見つけました。それはなに? 財布、鍵、四つ葉のクローバー、ハンカチの四つから選んでください』だって」


「落とし物ってことかな」


「どうなんだろ。でもそれなら落とし物って書きそうだけど。そこも含めて、どうイメージするかってことなのかも」


 んんー、と俺と陽菜乃は唸りながらしばし考える。


 歩いているときに落ちているもの、か。


 ……。


 …………。


 ……………………。


「決めた?」


「ああ。こんなのあんまり考え込むものじゃないしな」


「じゃあ、せーのでいくよ」


 せーの、という陽菜乃の合図でお互いに答えを口にする。


「「ハンカチ」」


 まさかの被りだ。


「被っちゃったね」


「別にダメなことじゃないし、いいんじゃないか?」


「そだね。えっとね、『深層心理において“偶然見つけた物”は、未来の恋や未知の出会いを暗示しています。そのため、選んだ答えから運命の人の特徴を調べることができます』だって」


「運命の人、ね」


「とりあえず財布から呼んでくね。財布はね『財布は経済的な基盤の象徴です。運命の人はリッチなタイプといえるでしょう。資産家や会社経営者など、経済的に豊かな相手の可能性があります』だって」


「お金持ちが運命の相手ってことか」


 信じるわけじゃないけど、陽菜乃が財布を選んでなくてよかった。なぜなら俺はお金持ちじゃないから。


「次は、鍵だね。えっと、『鍵は知性を表します。運命の人は頭が良く発想力が豊かで、ポテンシャル高めのハイスペックなタイプです』だって」


「いいことしか言ってないな」


 信じるわけじゃないけど、陽菜乃が鍵を選んでなくて良かった。なぜなら俺はハイスペック男子ではないから。


「へえ」


 後ろから女の子の声がした。

 絶対心の中でやってなあ。そうか、後ろの女の子の運命の相手はハイスペック男子か。やったね。


「次は四つ葉のクローバーだね。これだけちょっとテイスト違うよね」


「うん。だからか選ぶには至らなかったな」


「えっと、なになに、『四つ葉のクローバーは幸せの証しです。運命の人は明るく朗らかな性格で、周囲からも人気があります。一緒にいると楽しい人の中に運命のお相手がいるかもしれませ』だって。樋渡くんとかくるみちゃんとか、このタイプかもしれないね」


 明るいし朗らかだし、人気もある。

 確かに言われてみれば樋渡や柚木はこれに当たるのかもしれない。


「なるほど」


 どうやら前の人も心の中で参加していたらしい。隣には男子生徒がいる。そのお相手と一緒にいて楽しいかな? 運命の相手だといいね。


「それじゃあいよいよハンカチだね。ハンカチはね、『ハンカチは温かさを伝えています。運命の人は優しく包容力のあるタイプといえます。身近に一緒にいると心が安らげる相手がいたら、その人が運命の相手かもしれません』だって」


 心が安らげる、か。

 陽菜乃にとって俺がそういう存在であるかは分からないけれど、俺にとって陽菜乃がそういう存在であることは確かだ。


「……」


「……」


 たった一問だけ。

 それっぽい答えに辿り着いたからといって、じゃあ占いを信じるかと言われればもちろんそう簡単に考えは変わらない。


 けど、まあ、暇つぶしくらいになら、悪くないのかもしれないな。


「並んでる二組、どうぞー」


 互いになにかを言い出す前に、順番が来てしまい俺たちは中に入ることになった。


 陽菜乃はなにを思ったんだろう。


 それは分からないけれど、彼女にとってそう思えるような相手であろうと、俺は頬をゆるめる陽菜乃の横顔を見ながら思った。

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