第193話 あなたの隣にいるために④


 軽く腹ごしらえを済ませた俺たちは体育館で行われているステージプログラムを観に行くことにした。


 昨日は結局どこのクラスのも観れなかったからな。

 そう思い体育館に入ると、ちょうど『白雪姫』が始まるところだった。


 自分の演技にいっぱいいっぱいで他のことを気にしている余裕はなかったけど、果たしてうちのクラスのクオリティはどれほどのものだったのだろう。


 主役が大根役者だったから、それは作品の評価に大きく影響したことだろう。


「上手いな」


 演者の声はよく通っているし感情も乗っている。実際に演じる側に立つとその難しさがよく分かった。


「そうだね。きっといっぱい練習したんだろうな」


「練習量なら陽菜乃も負けてないと思うけど」


「それを言うなら隆之くんもでしょ」


 そんなことを言いながら二人で笑い合う。楽しい時間だった。

 白雪姫といえばなんとなくの話は分かっているので、ぼーっと見ていてもついていける。


 最後までやり切った演者たちがステージに並んで挨拶をしていた。みんな満足げな顔をしていて、一番大事なのはそこなんだなと思わされる。


 このまま次を見るのも良かったけど、せっかくだから他の催しも見てみたいということで俺たちは体育館を出る。


「なにか気になるところある?」


 俺はパンフレットを見ながら何気なく訊いてみる。すると、陽菜乃はすっと俺との距離を詰めてきて手に持っていたパンフレットを覗き込んでくる。その瞬間にふわっといいにおいが漂ってきて俺は思わず体を強張らせた。


 なんで女の子って年中いいにおいさせてるの?


「えっとね」


 近い近い近い近い近い近い近い近い×一〇。


 ちょんと肩と肩が触れ合う。

 思わず距離を取ってしまいそうになるけれど、ぐっと堪えてその場にとどまる。陽菜乃は陽菜乃で慌てて離れたりしそうなものだったけど、気にしていないのか触れ合ったまま動揺を見せずにパンフレットを見続けている。


 緊張してるの俺だけなのかな。


 けど、こうして警戒心を持つことなく隣にいてくれていることは喜ばしいことだよな。そう考えると、離れてしまうのはもったいないような気がしてくる。


「せっかくだし梓の様子でも見に行ってみる?」


「今ならまだ部室にいるかもしれないしな」


 目的地が決まったところで俺たちは漫研の部室へと向かうことにした。

 体育館から部室棟までは少し距離があるので、その間も雰囲気を楽しむ。なにか気になるものがあればその都度覗いてみればいいだろう。


「お、志摩じゃん」


「やほー」


 歩いていると前の方から柚木と樋渡がこちらに向かってきていた。

 何人かで回るのかどうなのかと思っていたけど、今のところ二人で回っているらしい。元々仲が良かったらしいし、別に違和感は全然ないな。


「二人で回ってるのか?」


「ああ。なんか他の奴らとはいろいろと噛み合わなくてな」


「優作くんなら全然いいけどね。ちゃんとエスコートしてくれるし」


 そうなんだ、と俺は心の中で呟いた。


「隆之くんはちゃんとエスコートしてくれてる?」


 柚木が陽菜乃に尋ねると、陽菜乃が一瞬こちらを見る。


「んー、うん。まあ」


 陽菜乃は曖昧な返事をした。

 ごめんなさいね、ちゃんとエスコートできなくて。樋渡のように全てをスマートにこなせるイケメンだったら良かったんだけど。


「でもいいの。こうしてのんびり歩くのも楽しいから」


「そっか。そうだよね。それも一種のエスコートだよ」


 柚木は俺をフォローするように言ってくれる。

 とはいえ、今のままではやっぱりダメだな。考えれば考えるほど自分のダメな部分が露見していく。陽菜乃との関係を進展させるならば、もっといい男にならないと。


「志摩たちはどこに行ったんだ?」


「さっきまで演劇見てた。白雪姫。そっちは?」


「いろいろ回ったぞ。中でもなにが面白かった?」


 樋渡が柚木に尋ねると、彼女はんーと指を口元に当てながら唸る。


「占い研かな。思ってたより本格的だったし。いろんな意味で」


「ああ、あれな。確かに凄かったな」


「なにが凄かったんだ?」


「気になるなら行ってみるといいよ。と、あんまり邪魔しちゃ悪いし、そろそろ行こうか」


「そだね。それじゃあお二人さん、文化祭楽しんでね」


 アデュー、と手を振りながら柚木と樋渡は行ってしまう。


「占い研だってさ。どうする?」


「おもしろそうだし、あとで行ってみようよ」


「そうだな」


 ということで、改めてとりあえず漫研部室へと向かうことにした。



 *



「いらっしゃい」


 漫研の部室に行くと秋名が出迎えてくれた。

 他にも部員は何人かいて、いくつか繋げられた長テーブルに部員が作ったであろう本が並んでいる。そういや、柚木は店番とかないのかな。あの子、忘れそうになるけど漫研部員の設定だよな。


「秋名が書いたのはどれなんだ?」


「それは教えられないよ。知りたきゃ自力で当ててみな。安心して、十八禁はないから」


「学校の文化祭の催しに十八禁があってたまるか」


 並んでいる本の一冊を手に取る。

 表紙に名前は書かれてあるけどペンネームになっているので秋名の特定には一歩及ばない。秋名のペンネームが分かりやすいものならいいんだけどな。


「せっかくだしどれか買っていってはいかがかな?」


「そうだな。まあ記念みたいなもんだし」


「一番面白そうなのを選んでよ」


 と言われてもな。

 小説は読むけど漫画はあまり読まないんだよな。もちろん有名どころはさすがに知っているけれど、良し悪しを判断するのは難しそうだ。


 一つずつ手に取り表紙を見て、中身をぱらぱらとめくる。

 しかし上手いな。プロと比べるとそりゃ劣るのは当たり前だけど、同年代の人がこれを描いているのかと思うと素直に感心する。

 ジャンルも様々で、恋愛ものがあればファンタジーもある。ミステリや、中にはエッセイというジャンルもあった。本当に多種多様で、自分の好きなものを形にしているんだなと思った。


 確か、夏休みに秋名の漫画を売るイベントについていったとき、あいつが描いていたのは恋愛ものだったよな。ということはやっぱり今回も恋愛ものかな。というか、思い出せば絵のクセとかで分かりそうだけど、ダメだ全然覚えていない。


「陽菜乃?」


「ん?」


 さっきまで本を手にしていた陽菜乃はスマホを眺めていた。タップしていたところ、誰かからメッセージでもきていたのだろうか。


「いいの見つかった?」


「うん、一応ね。隆之くんは?」


「俺も決めたよ」


 結局、秋名の描いたものがどれかは分からなかった。

 だから絵柄が好みでパッと見た感じ面白そうなものを買うことにした。


 秋名のところへ持っていきお金を払う。


「ちなみに正解は?」


「なんの?」


「お前の描いた本だよ」


「それを今言ったらあとでこっそり買いに来るかもしれないじゃん」


「しねえよ」


 仮にしたとしても、別に売上になるんだから良くない?

 それともあれか、秋名でも自分の創った作品を知り合いに見られるのは恥ずかしいって感じかな。


「ちなみに志摩」


「ん?」


「なんでその本を選んだの?」


「……なんとなく」


 というのは嘘だ。

 もちろん何となくというインスピレーションを頼りにした部分もあるけれど、この作品を選んだ一番の理由は別にある。


「そうは言ってもなにかあったでしょ。言い当ててあげようか?」


「いや、いい」


「それはね」


「いいって言ってんだろ」


「ヒロインが可愛かったから、とかじゃない? 男子ってだいたいそんな理由で選ぶからね」


「偏見でものを語るな。誰しもがそんな理由で選ぶわけじゃない」


「そう? まあ、いいけどさ」


 にしし、と秋名は楽しそうに笑ってこちらを見てくる。俺をからかってくるときのいつもの顔だ。この顔のときはロクなこと言わないんだよな。


「私もそれ読んだけどさ、ヒロインの子、ちょっと陽菜乃に似てるよね」


「気のせいだろ」


 まあ。


 気のせいじゃないんだけど。


 表紙を見てそんな気がして、中をパラパラ覗いてみると気のせいじゃないように思った。だからこれを選んだ、なんて口が裂けても言えないのに秋名がほとんど言ってしまった。こいつまじなんなんだよ。


 まあ、肯定はしていないからセーフだろう。


「あとで陽菜乃も見せてもらえば?」


「わたしに似てるって言われると、ちょっと怖いような」


「男の方はちょっとだけ志摩に似てるかもよ」


「じゃあ見てみようかな。あとで貸してね、隆之くん」


「……あとでね」


 この男の方が俺に似てるって?

 冗談だろ。

 俺、こんなにイケメンじゃないんだけど。



 *



 漫研を出てどこへ行こうかと再び廊下を歩いていた。

 その間、陽菜乃はまたスマホを触っている。かと思えば周りをきょろきょろと見渡していて、なにかを探しているようだった。


 けど。

 

「なにか探してるのか?」


 と尋ねても。


「んーん。だいじょうぶ」


 と返ってくるだけ。

 そう言われればこちらからは何も言えないので仕方なく黙って歩くことに。


 しばしそうして歩いていたときのことだ。


 俺は陽菜乃がスマホを触っていた意味を理解する。



 

「おにーちゃーん!」




 え、え、え。


 この声、え……。

 ちょっと待って嘘でしょ。


 そんな、なんで。


 と、テンパりながら俺は声の方を振り返った。

 

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