第191話 あなたの隣にいるために②


「おはよう」


 教室に入ると、昨日に引き続き大盛りあがりを見せるクラスメイトがすでに登校していて中々に騒がしかった。


 荷物を置いた俺は一人でスマホをいじっていた秋名のもとへと向かい話しかけた。


「おはよ。クラスの英雄さん」


 周りに比べて少し落ち着いているテンションは珍しいような気もするけど、全体で見ればこんなもんだったかもしれない。

 俺たちといるときは、どちらかというとテンション高めだからこういうところは違和感を覚えるな。


「そういう言い方やめろ」


「なんでさ、いいじゃん。事実なんだし」


「別に英雄になった覚えはない。ところで、秋名は今日はどうするんだ?」


 秋名の軽口に付き合うのもほどほどに、俺は話題を変える。もしかしたら陽菜乃という相棒を失ってぼっち文化祭になっているかもしれないからな。


 まあ。


 秋名に限ってそんなことは有り得ないか。こいつの交友関係は太平洋よりも広いからな。


「今日は主に部活の方に参加するつもりだよ。昨日ほとんど顔出せなかったからね」


「ああ、そういや部活の方でもいろいろやってるみたいなこと言ってたな」


「そういうこと。だから、気兼ねなく陽菜乃とのデートを楽しみなよ」


「……なんのこと?」


 俺、陽菜乃と二人で回ることは言ってないはずなんだけど。普通に陽菜乃から聞いてるという可能性はあるが。


 とりあえずとぼけてみる。


「あれ、陽菜乃と回るんじゃないの?」


「ソースは?」


「いや、推測だけど」


「推測?」


 うん、と秋名は手にしていたスマホを置いてこちらを向き直る。そんな改めて話すようなことでもないだろうに。


「うん。陽菜乃はああ見えて意外と心開いてる相手って少ないでしょ?」


「……そう、なのかな」


 陽菜乃のことを嫌いだと言っている奴を見たことはない。誰もが彼女のことを好いていることだろう。

 一人でいるところはあまり見かけないし、常に誰かしらと一緒にいる。

 けど、確かに特定の仲良い人を想像しようとするとその数は意外に少ない。


「まず第一に誘われるであろう私は誘われてない。くるみや他の友達という可能性はゼロではないけれど、私でない場合にまず考えるのは志摩だよ」


「そういうもんか?」


「そういうもんだよ。現に正解みたいだしね」


 俺も陽菜乃も分かりやすすぎないか? 一番面倒な絡みをしてくる二人にしっかりバレてるんだけど。


「安心してよ。私も暇じゃないからね、邪魔とかしないし」


「暇じゃなければ邪魔してたのか?」


「もちろんそんな無粋なことはしないよ。せいぜい後ろをついていきながらニヤニヤするくらいだ」


「たちが悪い」


 今日、秋名がちゃんと忙しくて良かった。

 俺がほっと胸を撫で下ろしていると樋渡がやって来た。隣には柚木もいる。


「おはよ、隆之くん」


「おはよう」


「なんの話をしてたんだ?」


「志摩が陽菜乃とのデートにうはうはしてるのをからかってた」


「根も葉もない嘘を言うのはやめろ」


「楽しみにしてないの?」


「言い方に悪意があるんだよ」


 秋名はくすくすと笑う。この反応を見せられると全部思い通りのリアクションをさせられているような気がして非常に気に入らない。


「いいなあ、文化祭デート」


「こっち見ないでもらえます?」


 からかう気満々の笑みで俺を見てくる柚木にツッコむと、彼女は「冗談だよ」と楽しそうに笑った。


 冗談になってないんだよ。


「柚木は今日はどうするんだ?」


「ん? そうだねー、今日はしなきゃいけないこともないし全力で文化祭を楽しむつもりだよ」


「友達と回るの?」


 秋名の質問に柚木は「うん」と答える。


「振られたから彼氏もいないしね」


 一言余計なんだよ。


「まあ、今から誘いに行くんだけどね。手当たり次第に声かければ誰かは一緒に回ってくれるでしょ」


 言ってみたいなそんなセリフ。

 柚木は柚木で友達多いからな。むしろ友達じゃないやついるのかなってくらいみんな友達だからな。


「樋渡が今のところぼっちらしいぞ」


「そうなの?」


 俺が言うと、柚木は驚いたように樋渡の顔を見る。柚木や秋名と比べると少し劣るけど樋渡も友達は多い。

 俺の周り、友達多いやつしかいないんだけど。


「まあな。くるみと同じで、これから相手を探すんだ」


「じゃあ一緒に回ろうよ」


 なんでもないように、まるで朝の挨拶でもするくらいの気軽さで柚木は樋渡を誘う。

 柚木のこういうところは本当に尊敬するべきところだ。


「そっちがいいなら僕としては嬉しいね」


「全然だよ。むしろイケメンと回れてラッキーって感じ?」


「適当なこと言って」


 樋渡が口角を上げると、柚木も「あは」と楽しそうに笑った。樋渡の文化祭問題も解決してなによりだ。


 これで俺も心置きなく陽菜乃と二人で文化祭を楽しむことができる。


 なんてことを考えたときに、はてと気づく。


「そういえば、陽菜乃遅いな」


 時計を見やると、始業の時間まであと五分ほどしかない。もともとあまりギリギリに来るタイプではないし、昨日だって早めに来ていたのに、今日はまだ教室にいない。


「確かにいないな。珍しい」


「たまに遅い日はあるけどね。まあ珍しいことに変わりはないけど」


 言いながら、秋名はスマホを取り出しシュッシュと操作して耳に当てる。どうやら陽菜乃に電話をかけているようだ。


「せっかくの文化祭なのにね」


「そうだな」


 秋名が話し始めないところ、陽菜乃が電話に出ていないようだ。電車の中とかだと通話はできないけど、この時間に電車の中だと遅刻は免れないぞ。


「……出ないね」


 眉をひそめながら秋名が言う。


「どうしたんだろ、陽菜乃ちゃん」


「妙なことに巻き込まれてなければいいけどな」


 柚木と樋渡も心配そうな声を漏らす。もちろん俺だって心配している。どこかで助けを求めているなら全力でそこへ向かいたいくらいだ。


 けど、情報がなにもない。


「……」


 ああ、くそ。

 めちゃくちゃ心配じゃないか。


 なにもなければいいけど……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る