第176話 困惑①


「んー」


「どしたの?」


 午後は相変わらず文化祭の練習に当てているわけだけど、もちろんずっと練習しっぱなしというわけではない。


 休憩がてら他の班の様子を見に行ったりだってする。


 そんな中、僕、樋渡優作がスマホに視線を落とし唸っていると後ろからたまたま通りがかったのか、くるみが覗き込んできた。


「人のスマホ覗き込むんじゃねえよ」


「見られて困るものだった? あたし、わりとエロにも理解ある方だよ? 優作くんの性癖くらい知ったところで軽蔑とかしないし」


「だとしても知られたくはないし、そもそも僕の性癖が軽蔑レベルだと勝手に決めつけないでくれ」


 ツッコミを入れると、くるみはくすくすと笑う。ひとしきり笑ったあと、ふうと一息ついてこちらを向き直った。


「それで、なんだったの? 女の子に告白でもされた?」


「だとしたら嬉しい話だけどね。そうじゃなくて」


 言いながら、僕はくるみに自分のスマホのディスプレイを見せた。そこにはラインのページが開かれていて、くるみはそれを上から読んでいく。


「これ、沢渡くん?」


「そう」


 突然『晩飯でも食べに行こう』と連絡がきたのだ。それ自体は特に問題ないんだけど……。


「女の子を連れて行くって書いてあるね?」


「そうだな」


「優作くんも女の子を連れてくるように書いてあるね?」


「そうだな」


 どういう思いつきでそうなったのかは分からないけど、ダブルデートというほどではないけど、お互い異性の友達連れて四人で飯を食おうというよく分からない提案をしてきたのだ。


「行かないの?」


「……こういうときに誘える相手がいればいいんだけどね。なんか面倒事っぽいし、こんなのに付き合ってくれる人は」


 わざわざ女の子を連れてくるように行ってきているのがよく分からない。そんなことを言うようなやつじゃないはずなんだけど。


 連れてくる女の子は恐らく榎坂さんとやらだろう。周りに自慢したくなるようなレベルの容姿ではあったけれど、それを僕にしてくる理由がない。

 僕はもう彼女を見たし、十分に理解したんだぞ。

 

 僕が言っていると、くるみがにこーっと笑いながら自分のことを指差している。


「いいのか?」


「いいよ」


 くるみなら気は遣わないし、コミュ力的にも百人力だ。あちらから乗ってくれるのなら願ったり叶ったりだけど。


「助かるよ」


「ごちでーす」


 にひ、と小悪魔チックにくるみが笑う。

 

 こいつめ、ナチュラルに奢ってもらおうとしてやがる。いや、しかしな、それくらいしてもいいか。


 むしろ、それくらいでいいのなら喜んで奢ってやろ。



 *



 放課後。

 僕とくるみは電車に乗り街の方に出た。時間が時間なので人の通りは多い。


 寄り道というには少し遠いけど、放課後に遊ぶという気持ちならばここにくればとりあえずなんでもある。


「それで、待ち合わせは?」


「この辺でいいはず」


 改札を出てすぐのところに広場がある。他にも何人か待ち合わせをしてる人がいるけど、見た感じ沢渡の姿はない。


「沢渡くんが連れてくる女の子ってさ」


「ああ。多分だけど、あいつの言ってたいい感じの相手だと思うよ」


「それは楽しみだなぁ」


 うきうきした調子のくるみに安堵する。こういうとき、少なからず上手くやれるかとかどんな相手だろうかとか、そういう不安があるはずだ。


 けど、それよりも楽しみという気持ちが勝つ彼女はやっぱり心強い。

 知らない人と合うことに躊躇いも恐怖もないのだ。僕も誰とでも話せるつもりではあるけれど、ある程度の不安は持っている。


 今回は一応二人とも知っているということで、リラックスできてはいるけど。


「おーい、樋渡!」


 すると、改札の方からぶんぶんと手を振ってくる沢渡の姿が見えた。その隣にはやはり榎坂さんがいた。


 この前も思ったけれど、やっぱり美人だな。クラスシャツにスカートというラフな格好でも十分だったのに、制服に袖を通しているだけでその魅力はさらに増す。


 カッターシャツにネクタイ、下は紺のスカートでカーディガンを羽織っている。極々普通の格好のはずなのに、おしゃれに見えるのが不思議だ。


「待ったか?」


「いや、さっき来たところだ」


 僕はちらと榎坂さんの方に視線を向ける。彼女はただにこりと笑って軽く会釈してくるだけだった。


「とりあえず移動するか」


「そうだな」


 僕と沢渡が歩いていると、くるみと榎坂さんが二人になる。さすがに初対面の彼女らをそうするのは酷だよな、と思ったけれど。


「絵梨花ちゃんって呼んでもいい?」


「ええ。じゃあ、私もくるみちゃんって呼ぶわね」


「えー、嬉しい」


 速攻で打ち解けていた。

 さすがとしか言いようがないな。あの感じなら心配はいらないか。


「くるみちゃんは彼の恋人とか?」


「ちがうちがう。連れてくる友達いないらしいからついて来てあげたの」


 事実そうだけどわざわざ言わんでもいいだろうに。それに榎坂さんは「そうなの」と軽く笑う。


「けど、仲良さげよね。もしかして狙ってたりするのかしら?」


 それは僕の前でするべき話ではないだろうと思いつつ、触れはしないでおく。


 何となく、くるみが言うことは予想できるし。


「んー、優作くんはいい男だけど、今はそういうこと考えてないかな。あたし、最近振られちゃって失恋療養中なんだ」


「え、くるみちゃん振られたの!?」


 まあね、とくるみは笑い飛ばす。

 ああやってちゃんと向き合って受け入れて前を向けるのは、くるみのいいところだよな。


 今の志摩とくるみにそんなことがいったような空気はもうないし。


「それで、なんで今日は誘ってきたんだ?」


 女子二人の会話から、隣を歩く沢渡に意識を戻す。沢渡は少し言いづらそうにしていたが、やがて口を開く。


「榎坂さんをご飯に誘ったんだよ」


 ほう、と僕は相槌を打つ。


「すると、いきなり二人だと緊張するし友達とか誘ってみんなで行かないか? って言われたんだよ」


 いきなり二人は確かに緊張するけど、そこにほぼ知らない相手を呼ぶのはなお緊張するように思うけど。


「それで、なんで僕なんだ? お前、学校に友達いないのか?」


「いるわ。それも榎坂さんが」


「そうなのか?」


「ああ。文化祭に来てた彼とか誘ってみたらって言われてさ。なんか、お詫びとかしたいみたいなこと言ってたが?」


「お詫び?」


 さっぱり思い当たることがない。

 あるとしたら、初めて会ったときにぶつかったことだけど、あれはお互い様だしあちらからお詫びをされるのはおかしい。


「なんかあったのか?」


「いや、思い当たる節はないけど。まあ、あとで彼女に聞いておくよ」


 つまりあれか。

 今日は沢渡が榎坂さんとディナーデートをするために駆り出されたってわけだ。


 そういうことなら、まあ付き合ってやるか。 

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