第177話 困惑②


「映画とか観ない?」


「えー、あり!」


 女子二人がすっかり意気投合したようで、僕たちはそれに付き合い映画を観ることになった。

 沢渡的には嬉しい話だろう。

 そう思いながら見てみると、やっぱりちょっと嬉しそうだった。


「なにか観たいのあるのか?」


「ない」


「ないんかい。榎坂さんは?」


「私はなんでもいいけれど」


 ちら、とこちらを見てくる。

 そういうことならここは沢渡に任せてみるか。ここでグッドチョイスをすれば評価アップだろ。


「どれがいいと思う?」


 沢渡に振ると「え、おれ?」みたいなリアクションしてくる。チャンスをチャンスとしてちゃんと捉えろよ。


「んんー」


 上映作品を順に見ながら沢渡は唸る。

 好きな子ができた、とはいえこういうことはしてこなかっただろうから、やっぱり難しいかな。


 ゲームの知識でどうこうなる問題でもなさそうだし。


「榎坂さん、ちょっと一緒に選んであげてよ」


「え? ええ」


 急に言われて驚いたものの、彼女は素直に沢渡のところへ行って一緒に選んでくれた。


「これってあれかな。沢渡くんと絵梨花ちゃんのデート的な?」


「察し良すぎだろ」


 女子の勘って凄えな。

 っていうか、怖えな。



 *


 

 映画を観終えたあと、僕たちはハンバーグのお店に入った。ジャングルの中に案内されたような気分になる内装だ。


 注文を終わらせたところで、くるみがトイレに向かった。それと同時に沢渡もトイレに行ってしまい、僕と榎坂さんが二人になった。


 ちょうどいいやと、僕はさっきのことを話題にしてみた。


「そういえば、今日は友達枠でわざわざ僕を指名したって聞いたんだけど?」


「ええ。聞いたのね?」


「まあね。なんかお詫びがしたいみたいなことを言ってたらしいけど?」


「そうだったかな。正直、適当に言ったから覚えてないわ」


 はて、と榎坂さんは白々しくとぼけて見せた。

 

「……どういうこと?」


 澄ました顔で、なんでもないように言うものだから、僕も混乱ほどではないけど戸惑ってしまう。


「ぶっちゃけ言うと、あなたともう一度会いたかったのよ」


「それは、光栄だね」


 動揺を出さないようにしたつもりだけど、少しだけ言葉を詰まらせてしまった。


「けど、なんで?」


「なんでだと思う?」


 僕を試すように、妖艶な笑みを浮かべる榎坂さん。最初に会ったときとも、話しているときとも、どれとも違う新しい印象だ。


 頭に浮かぶのは疑問ばかり。


 彼女は沢渡といい感じなんじゃないのか?


「おまたせー。なに話してたの?」


 ちょうどそのとき、トイレからくるみが帰ってきた。助かったような、もうちょっと聞きたかったような。


「この前の文化祭のことよ。思い出話に花を咲かせてたの」


「えー、あたしもまぜてー?」


 くるみが戻ってきたことで、女子二人が話し出す。僕はそれをぼーっと眺めながら榎坂さんの言ったことをずっと考えていた。



 *



 帰り道、女子二人が相変わらず前でなにやら話しているので、いい機会なので僕はもう一度確認しておくことにした。


「なあ、沢渡」


「なんだ?」


「お前と榎坂さんって、いい感じなんだよな?」


「ああ」


 迷いなく答える。

 そこまで迷いがなく、曇のない瞳で言われると疑うのも悪く思える。


 けれども。


「それはお前がそう思ってるだけじゃなくて?」


「当たり前だろ。客観的に見て、だよ」


「例えば、どういうところを見てそう思ったんだ?」


 僕が訊くと、沢渡はううんと唸りながら考える。そうだなあ、と小さく呟いた沢渡はゆっくり口を開く。


「例えば、朝登校したら荷物を置いて真っ先におれのトコ来てくれたり」


「へえ」


 まるで志摩のところに行く日向坂のようだ。あれ本人気づいてるのか知らないけど、最近はクラスの中で密かに話題になってんだよな。


「他には?」


「んー、おれが勧めたアニメを観てくれる」


「ほう」


 脈ナシ、とバッサリ切るには態度が割と好意的だな。前者は言うまでもないし、後者も結構な面倒事だ。好きでもない相手ならばとてもじゃないがやらないだろう。

 好きな人の好きなものだからこそできること。


「他にもあるぞ?」


「いや、もういい。十分分かったから」


 榎坂さんが沢渡に取っている態度を考えると一概に脈ナシとは言えない。どころか十分に脈アリと考えることができる。


 であれば。


 店でのさっきのアレはなんだったんだ?


「えらく気にするな?」


「いや、まあ」


「あれだけ可愛いし、無理もないか。けど好きになるのは勘弁してくれよ。樋渡レベルのヤツに言い寄られたらさすがに勝てないし」


 自嘲気味に沢渡は笑う。


 別にそんなことはないと思うけどな。

 現に僕は彼女いないし。

 まあ、告白をされないわけではないし、そのどれもを断っているのは僕だけれど。


 志摩に偉そうなことを言ったが、僕だって恋愛のことは全然分かっていない。


 好きという感情を理解していない。


 むしろ、今となっては日向坂のことを好きだと自覚した志摩の方が一歩先へ進んでるとさえ思う。


「お前にはお前のいいところがあるよ。それは僕にはないもので、沢渡にしかないものだ。だから、沢渡を好きな人が僕を好きになることはないんじゃないか?」


「イケメンが言っても説得力ないんだよ」


「酷い言われようだな」


 沢渡と榎坂さんのデートに付き合う程度のことだと思っていた。

 けど、榎坂さんは沢渡の呼ぶ友達に僕を指名した。

 お詫びがどうこう言ってたらしいけど、訊いてみればそれは僕を呼ぶための言い訳だったらしい。


『ぶっちゃけ言うと、あなたともう一度会いたかったのよ』


 だとしたら、あれは一体……。


 一瞬、僕に気があるような素振りにも見えたけど、沢渡への態度を考えるとそれもないよな。


「どうした?」


「いや、なんでもない。お前の恋が上手くいけばいいなって考えてただけだよ」


「絶対嘘だろ」


 嘘だけど。


 そうだとは言えないだろ。


 僕にはもう彼女の気持ちも考えも全然分からない。考えれば考えるほど分からないことばかりだ。

 

 だから僕はただ、言った言葉が嘘にならないように、上手くいくよう祈ることにするよ。

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