第173話 好奇心にご用心
文化祭まで残り一週間になると、午後の授業が文化祭の準備に当てられる。
部活なんかで中々練習に参加できなかった生徒もここからは本格的に準備を始めることになる。
うちのクラスもようやく賑わってきた感じだ。劇の練習をする人たちは他の場所に移動し、衣装班もミシンがある部屋に向かった。
教室に残ったのは大道具班だけだ。
俺は五人グループで校舎のオブジェを造っていた。黙々と作業をするのもなんなので、各々雑談程度に言葉を交わしている。
こういう状況になると、自然と普段関わることのない生徒とも会話する機会がある。
樋渡とは違うグループになったので、俺の周りにいるのは基本的に知らない生徒。
五人のうち三人は女子である。
そのうちの一人、堤真奈美がこんなことを言った。
「そういやさ、志摩って日向坂さんとどうなの?」
瞬間、動いていた手がぴたりと止まる。
「どう、とは?」
「まんまの意味だよ」
「えー、なにそれ気になるー」
「あたしも気になってたんだよね」
堤さんの発言に、女子二人もキャッキャと乗っかってくる。これは良くない流れですねえ。
「別に、普通だけど」
そもそも、この「どうなの」という質問の回答ってなんなの。「いい感じ」とか言えばいいの? 自惚れが過ぎない?
「でも、二人でよく一緒にいるよね?」
逃さないとでも言うように堤さんがさらに踏み込んでくる。
樋渡や柚木が忙しいせいで俺と陽菜乃が二人でいる時間は増えたのは事実だけど。
「この前一緒に帰ってるの見たよ!」
女子生徒Aがさらなる目撃情報を口にする。
「別に友達なら普通だろ」
「普通じゃないよ」
女子生徒Bがキッパリと言い切った。俺は食い気味なその発言に驚いてしまう。
前髪パッツンのロングヘア。にょんにょんと揺れるアホ毛が気になる女子生徒。
「女の子は好きでもない男の子と二人で帰ったりしないって」
アホ毛さんはなおも自信満々な様子で言う。
「そうなの?」
俺が訊くと、今度はくるみ色の髪をしたぽわぽわ雰囲気の女子生徒Aが続く。
「たしかにそうね。同性ならともかく、異性ってなると二人きりにはあんまりならないかな」
「そうなの?」
「うん。だって変な勘違いされたら面倒だし。男子ってちょっと優しくしただけで思い上がるじゃない?」
口悪いな。
事実だからなにも言い返せないけど。俺にもそういう時期はありました。その結果トラウマになるような一件に発展したわけだし。
「二人きりで帰りなんかしたら勘違いされるに決まってるもの」
「それなー」
ぽわぽわさんの言葉にアホ毛さんが同意した。女子には女子でいろいろ思うところあるんだな。
「しかも日向坂さんといえば可愛くて優しくて気さくで欠点を見つけるほうが難しいレベルのモテ女子じゃん? 勘違いなんか幾度となくされてきてると思うんだよね」
「まあ」
「にも関わらず、二人でいるということは少なくとも好意的な気持ちはあるよ」
「それに、日向坂さんって男子とは一線引いてるっていうか、距離感ちゃんと考えてるように思うのよね」
堤さんに続いてぽわぽわさんがそう口にする。それにさらに乗ってきたのはアホ毛さんだ。
「あ、わかる。近づきすぎないっていうのを意識してる感じ」
あんまり意識したことはないけれど、そういうものだろうか。
俺に対して、一線引いているようには自分でも思わない。あれで一線引いてるなら引いてないときどんだけ距離近いんだよってなる。
「ちょっと訊き方変えるけど、志摩的には日向坂さんはどうなの?」
「あんなに可愛い女の子と一緒にいて、なにも思わないわけないわよね? もしそうならホモかインポよ」
ぽわぽわしてるくせに口悪かったり平気で下ネタぶちこんでくるし、この人なんなの。
「そりゃ、なにも思わないことはないけどさ」
だよねー、と俺が肯定的なことを口にすると女子三人は口を揃えて言った。
そこからさらに続けたのはアホ毛さんだ。
「なんで告白しないの? あんなんオッケー確定みたいなもんじゃない?」
「……いや、そうとは限らんだろ。陽菜乃はみんなに対してあんな感じだし」
「いやだから態度は明らかに違うって。なに、志摩ってそこそこ整ってる顔してるくせにチンコ切断してんの?」
「褒めるか貶すかどっちかにして」
「チンコないのか?」
ぽわぽわさんが追い打ちをかけてくる。
「女の子っていうのはね、男からアプローチをしてほしいものなのよ。いつだってお姫様でいたいの」
「はあ」
「脈アリサイン出してもらってるんだから、志摩の方からもっと行かなきゃだめよ」
それなー、とぽわぽわさんの言葉に同意する女子二人。どうあっても数では勝てないな。
けれど。
これは女子の意見だ。男の俺では考え至らないようなことも言ってくる。
俺からしたら、陽菜乃は誰に対しても平等に優しいと思っていた。けど、女子からするとそんなことはないらしい。
脈アリサイン、なのかな……?
「なんの話してるんだ?」
そんな俺たちの会話に入ってきたのは他のグループで作業をしているはずの樋渡だった。
「どうして日向坂さんはベストオブイケメンの伊吹くんでもなく気回しの達人の樋渡でもなく、地味男子の志摩なんだろって話してた」
「そんな話してないだろ」
堤さんのおどけた返事に、樋渡はくくっと笑った。
「そりゃあれだよ、みんなが知らない志摩のいいとこを日向坂は知ってるんだよ。イケメンよりも気を回せるよりも大事なことを、日向坂は分かってんだろうぜ」
自分のことも言われているのに何でもないように言えてしまうこいつはやっぱりすごいなと思う。
普通に考えれば、樋渡の方が断然いい男なんだよな。変な意味はなく。
「私は樋渡くん派ー」
「あたしはもちろん伊吹くん!」
「んー、私も樋渡かな」
ぽわぽわさん、アホ毛さん、堤さんの三人が好き勝手に口にする。俺派一人もいないじゃん。
「志摩派いないのかよ」
くくっと、笑いながら樋渡が言う。
「だって、ねえ」
「うん」
「意味ないしね」
「確かにな」
樋渡も一瞬で寝返った。
ていうか、目の前で自分に好意的な意見飛んできたのに動揺しないのほんとにすごい。
俺が感心していると、樋渡はこほんとわざとらしく咳払いをして注目を集めた。
「けど、こいつら今はデリケートな時期だからさ。あんまり冷やかしとかはしないでやってくれな」
そして、そんなことを言った。
「遠くから眺めてにやにやする程度にしてやってくれ」
そう言われた女子三人は顔を合わせて楽しそうに「はーい」と返事をした。
できれば遠くから眺めてにやにやするのもやめてほしいんだけど。もう放っておいてほしいんだけど。
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