第171話 友よ、幸あれ④
志摩たちと別れた僕、樋渡優作は沢渡と二人で並んで歩いていた。
せっかく久しぶりに会ったんだし、やっぱり周りを気にせず話してもおきたいと思ったのだ。
志摩たちも快く了承してくれて、僕は沢渡と文化祭を回っている。
「しかし、お前の口から恋バナが出てくるとは思わなかったよ」
それは本当に驚いたことだ。
中学時代の沢渡は恋愛とは無縁の場所にいたから。
それは別にモテないとかそういうことじゃなくて、こいつの考え方がそういうふうだったというだけ。
「笑うか?」
不機嫌そうに言ってくる沢渡。
だから僕はあえて笑ってやる。
「そりゃ、あれだけ二次元にしか興味ないって言ってた奴の口から恋だの何だのって出てくれば笑うって」
ただ。
中学のときから思ってはいたことだけど、そもそも別に無縁だとは思っていない。
確かに見た目は少し地味かもしれないし、多少なり女子から敬遠される部分もあるかもしれない。
けど、喋れば面白いし普通にいいヤツだ。接していればそれはすぐに分かる。
「おまッ」
「ただ、無理とは全然思ってないよ。むしろ、なんでわざわざ自分から突き放すんだってずっと思ってたし」
こいつは自分で最初から無理だと決めつけて、する前から突き放していた。
やってみればそんなことないのに。
「……樋渡」
「一目拝んでみたいもんだな。同じクラスなのか?」
「まあな」
沢渡は恥ずかしかったり動揺したり、なにかしら心境に変化があるとメガネを触る癖がある。
長い時間一緒にいると、どういう意図で触ったのかも何となく分かってくる。
「へえ。どんな子なんだよ? 可愛いのか?」
「可愛いぞ。クラスでも一位二位を争うレベルだ」
「……そんなに?」
人によって好みはある。
ある人が可愛いと言った女の子を別の人が見たときにそうでもないと評価することがあるように。
けれども、クラスでも一位二位を争うレベルとなると話は別だ。周りの誰もがその子を高く評価している。あるいは、自他ともに認めているレベルでさえあるかもしれない。
「ああ」
「そんな子がお前のこと好きなの?」
さっき、そんなことを言っていたような気がして、僕は訊き返す。すると、沢渡は「ああ!」と元気よく答えた。
いや、無縁ではないとは思っているけどさすがにそれはどうなんだ。いいヤツだけど、クラスでも一位二位を争うレベルの子はもっとレベル高い男を狙わないか?
そう思ったんだけど。
志摩の例がある。
くるみは間違いなく上位に入るレベルの可愛さだ。そんなくるみが志摩のことを好きになった。
もちろん、あいつのいいところは知っているし、知っているからこそ驚きはしなかったけど、それでも本来ならば周りからの評価で言えばやはり釣り合わないと思うだろう。
それでも、そうなった。
事実は小説よりも奇なり、とは言うけれどまさにそういうことか。周囲でそんなに多発するか?
「いまクラスにいるのか?」
「どうだろうな。ちょっと行ってみるか?」
「ああ」
是が非でも一目見てみたいものだ。
一体どれほどのレベルの女子が、沢渡に好意を抱いているのか。
モテない男子は勘違いしたりするからなあ。悪い女子に狙われてなければいいんだけど。
*
「だから、知らない人だって」
「でもあの人は明らかに隆之くんを見ていたと思うんだけど」
「柚木はどっちの味方なの!?」
「陽菜乃ちゃん」
「やっぱそうか」
「それで? どちら様なの?」
低い声の陽菜乃が迫ってくる。
考えろ、俺。
本当にあのギャルのことは知らない。しかし、あのギャルが俺を見ていたのは確かだし、初対面っぽくなかったのも事実だ。
あっちだけが一方的に俺を知っていたパターンか?
にしては、印象に決めつけが過ぎていたような。一方的に知っているという割には、俺のイメージが彼女の中で固まっていた。
どこかで確実に会ったんだよな。
「そろそろやめてあげよっか」
俺が困っているのを見て、ようやく柚木が助け舟を出してくれた。さっきからずっと困ってたんだけどね。
「……しょうがないなあ。嘘つくのが苦手な隆之くんがここまで白々しくいれるとは思えないし」
「褒められてる気はしないけど、ありがとうございます」
どうやら許しを貰えたらしい。
本当に知らなかったので、許しを貰う必要があったのかも謎だけど。
助かった。
「さて、それじゃあ改めて隆之くんにエスコートしてもらおー!」
柚木が歩き出し、腕に抱きつかれている俺も必然的に引っ張られる。そして逆の腕に抱きついている陽菜乃も連鎖的に前に進む。
……助かってなかった。
*
「ふう」
沢渡のクラスはいわゆるメイド喫茶的な催しをしているらしい。覗いてみたけどそこに目当ての女子生徒はいなかった。
それはとりあえず諦めて沢渡のクラスの催し物を楽しむことにした僕たちは中に入り注文を済ます。ドリンクを飲みながら初めての萌え萌えキュンをしたりして楽しんだ。
その途中でトイレがしたくなって、僕は一度教室を出た。
用を足し、トイレから出たところで立ち止まる。
どうして慣れ親しんでいない学校だと、廊下が迷路に思えるんだろう。どこもかしこも景色が同じだから意識してないと迷ってしまう。
そして、それが今の僕だ。
トイレを探すのに必死だったから周りを全然見てなかったな。
「こっちかな」
階段は使ってないし、この階のどこかだろうととりあえず歩き出そうとしたそのとき。
「きゃっ」
どんっ!
と、人とぶつかり、僕は数歩後ずさる。僕はそれだけで済んだけど、相手の人は思いっきり尻もちをついてしまっていた。
「いったぁ」
表情を歪めながら小さく言うその女子生徒に僕は手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?」
「まじどこ見て……」
キッと睨むようにこちらを見上げたその女子生徒は、僕の顔を見て表情を緩めた。
そして、伸ばした手を掴んで立ち上がる。
「ありがとう、ございます」
さっき一瞬見せた気の強そうな態度とは打って変わったしおらしい態度に驚く。
まあ、女の子ってこういうもんかとすぐに自分を納得させたけど。
しかし、この子……。
「こっちこそ、前見てなくて……ごめんなさい」
ブラウンの長い髪。
スラッとしたモデルのようなボディライン。
なにより、自分のことをよく理解している化粧で整えられた綺麗な顔立ち。
「怪我がなくてよかった」
「ふふ」
……クラスでも一位二位を争うレベルの女子生徒だな。
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