第170話 友よ、幸あれ③


 ちょうど喫茶店をしているクラスの前を通りかかったので、女子二人が「ここで話しよ!」とうきうきしながら入っていく。


 躊躇った沢渡くんの手を柚木が掴んで引っ張っていき、そのあとを俺と樋渡がついていく。


 中はそこまで混んではおらず、待ち時間はなくそのまま案内された。

 机を四つ合わせたものにテーブルクロスをかけたもので、別のところからイスを一つ持ってきて五人で座る。


 昼前なので小腹は空いているけど、なにか食べると中途半端にお腹が膨れると考えてドリンクだけにしておいた。


 なので提供までに時間もかからずすぐに運ばれてきた。俺と陽菜乃はオレンジジュース、樋渡はファンタ、柚木と沢渡くんはアップルジュースだ。


「それでそれで?」


 ちゅる、とアップルジュースを一口飲んだ柚木が目をきらきらさせながら沢渡くんに問う。


 ぐぬぬと唸りながらメガネを触った沢渡くんは、諦めたように肩を落として口を開いた。


「好きな子がいるんだよ」


「おお」

「恋バナだ」


 なんだと思っていたのか、陽菜乃と柚木がそんな声を漏らした。


「二次元にしか興味がなかった中学時代に比べると、随分と成長したもんだな」


 そういう子いるよね。

 俺もどちらかというとそのタイプだった。

 別に女子が嫌いとかそういうのではなくて、どうしても恋愛というのがどこか無縁なように思えたんだ。


 自分に自信がないから、そんな自分が誰かに好かれるなんて有り得ないと心のどこかで思っていた。


 まあ。


 そんな考えも、榎坂によって簡単に変えられてしまったわけだが。本当に恐ろしい手腕だった。


「いい感じなの?」


「まあ、割りかしね。たぶんだけどおれに気があるだろうし、今度デートに誘おうかなって思ってて」


 顔を赤くしながらも、沢渡くんは赤裸々に語る。恥を忍んでデートのアドバイスなんかも求めていた。


 すごいな、と思った。


 その行動力には感心する。俺なんて中々動き出せずにいるというのに、もしかしたらという曖昧な状態でも頑張って前へ進もうとしているのだ。


 俺も……。


 隣にいる陽菜乃の方をちらと見ると、柚木と一緒に懸命にデートの相談に乗っていた。


 その横顔を眺めつつ、視線をオレンジジュースに戻す。そのとき、前に座っていた樋渡のにやにやした顔が視界に入る。


「なんだ?」


「いや、なんでも」


 そう言いながらも、やっぱり樋渡の顔はにやついたままだ。


「沢渡と恋バナってほどじゃないけど、データについて語り合った夜があったんだ」


「いつだよ」


 そんな機会あるか?


「修学旅行の夜だ」


 楽しいやつか。


「そのときはさ、現実のデートは選択肢が出てこないから絶対無理だって言ってたんだよ」


 ゲーム脳だなあ。

 そう思いながらも、口にはせずにジュースを飲む。


「そんな沢渡も、女子とのデートを気にするようになったわけだ。泣けてくるね」


「その割には随分にやついていたけど?」


「それはお前を見てだよ」


「なんで俺を見てにやついてた?」


「言っていいのか?」


「言わなくていい」


 その後もひたすらに沢渡くんの恋愛相談に乗っている女子二人を、俺と樋渡はぼーっと眺めていた。



 *



 喫茶店を出てから、樋渡と沢渡くんが少し別行動をするということで俺は陽菜乃と柚木の三人で校内を歩いていた。


「ねえ、あたし邪魔かな?」


 柚木、俺、陽菜乃の順で横に並んでいたのだが、陽菜乃には聞こえないくらいの小さな声で耳打ちしてきた。


「そんなことない」


「ほんとに?」


「微塵も思ってないからそんなこと言わないでくれ」


「……ごめんね。ちょっといじわるだったかな」


 もちろん、からかい半分なのは分かっていたけど、だとしても柚木を邪魔だと思うことなんてこれまでもこの先もあるはずがない。


 柚木もぺろっと舌を出して可愛らしく謝ってきた。そんなところでこの件は終わりにしよう。


「なにふたりで話してるの?」


 そう思ったけど、陽菜乃が俺と柚木の様子に気づいてしまった。どうしたものかと言い訳を考えていたが、柚木が先に口を開く。


「んーん、なんでもないの。優作くんたちどこ行ったのかなって」


「ああ。なんだろうね」


 俺を挟んでそんなことを話し合う二人。今ので誤魔化せてしまっていいのだろうか。ガバガバすぎない?


「二人でゆっくり話したいこともあるんじゃないか。俺たちがいると、やっぱり気を遣うだろうし」


「そうかもね」


「そういうわけで両手に花状態な隆之くんはあたしたちをどこに連れて行ってくれるのかなー?」


 ぎゅっと俺の腕に抱きついてきた柚木が焚きつけるように言う。そんな柚木を見て、陽菜乃はむうっと悩むように表情をしかめた。


 そして。


「どこに連れて行ってくれるのかな?!」


 柚木のは反対側の腕をがしっとホールドしてきた。そんな陽菜乃とそれに狼狽える俺を見て、柚木は楽しそうにくすくすと笑う。


 そんなこと言われても、と俺はこれからのプランについて考えるが一つもいい案が出てこない。


 そのときだった。


「あっれぇー?」


 前からやってきた女子生徒がそんなことを言った。

 金髪で化粧たっぷりのギャルっぽいギャル。なんかこっちを見ていたような気がするんだけど。


 そう思っていると、ばっちり目が合った。むむ、と眉をひそめてさらにこちらに寄ってくる。


 他校の、しかもあんなギャルに知り合いなんていないんだけど。


「女子二人連れて歩くタイプとは思わなかったし。ウケる」


 言葉通りに、ひと通りウケたところでそのギャルはこちらの言葉を聞くこともなく行ってしまう。失礼が過ぎないか?

 いや、確かにそういうタイプには見えないだろうけど初対面のギャルに言われる筋合いはないと思う。


「どちら様かな?」


 隣がなんだか熱かった。

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