第168話 友よ、幸あれ①


 金曜日。

 最近にしては珍しく五人で昼食を取っていたときのことだった。


「明日って空いてる人いるか?」


 これまた珍しく、樋渡からそんな声かけがあった。結果として一緒に出掛ける機会はあったけど、樋渡発信というのはあまりない。


「俺はもちろんないけど」


 言うと、樋渡は「もちろんなのか……」と小さくツッコミを入れてきた。


「実は中学のときの友達から文化祭に誘われててさ、暇なら一緒にどうかって。ほら、近くに樟葉高校ってあるだろ?」


「ああー、あそこね」


 そう言ったのは柚木だ。陽菜乃も秋名も似たようなリアクションをしているので、その高校にピンときてないのは俺だけらしい。


 なんとなく一人だけ知らない感じが嫌だったので「ああね」と小さく言っておいた。


「お前絶対知らないだろ」


 普通にバレた。


「それで、他のみんなはどうだ?」


 改めて樋渡が俺以外のメンツにも声をかける。各々、スマホを手にしてスケジュールを確認していた。え、俺確認するまでもなかったんだけど。


 と、思ったけど確認せずに返事をするやつがもう一人いた。


「私はごめん、パスで」


 秋名だ。


 何だかんだ言いながら多忙なイメージ。部活もあるし友達も多い。予定を入れようとすると一ヶ月前とかじゃないといっぱいみたいな。有名レストランか。


「漫研で文化祭に向けて作品作ってるのよ」


「そりゃ残念だ」


 漫研って結構活動してるんだな。夏休みも忙しそうにしてたしな。


 しかし。

 

「あたしはだいじょうぶだよ」


 柚木はそう答えた。

 あれ、この子も漫研じゃなかったっけ?


「くるみも漫研だろ?」


 樋渡も同じことを思ったらしく、俺の疑問を代わりにぶつけてくれた。


「そだよ?」


 だからなに? とでも言いたげに首を傾げる柚木。そんな彼女に代わり答えてくれたのは秋名だ。


「漫研は自由活動なところがあるからね。そもそも、描く人と読む人がいるからね」


「そうなのか」


 秋名と柚木を見ていて薄々思ってはいたけれど、漫研だからといって全員が描くわけじゃないのか。


「どちらかというと漫画が好きな人が集まるってイメージ」


「でもあたしたちも一応文化祭に向けての活動はしてるんだよ?」


「というと?」


 全く活動をしていないと思われていると感じたのか、柚木がそんなことないよと声を上げる。


「われわれ読み専が熟考に熟考を重ねたレビュー本を鋭意制作中だからね」


 ピースピースと指を立てて開いたり閉じたりする柚木は中々にドヤ顔だった。

 鋭意制作中とはいえ、作画がない分、描く人と比べると時間があるということか。


 秋名は不参加、柚木は参加。あとは陽菜乃だが、と自然と視線は陽菜乃に集まる。


「わたしも参加しよっかな」



 *



 そして翌日。

 多分そこまで遠くはないんだろうけど、場所があまりピンときてないしわざわざ地図アプリで調べるのも面倒だったし、なにより他の全員が電車だからという理由で俺も電車を利用した。


 最寄り駅の改札前に集合することになっていて、俺は例によって十分前には到着していた。


 待ちながら、なんとなく見覚えのある光景に思考を巡らせている。どこかで見たし、なにかで来たような気がする。


「どうしたの?」


 考えることに夢中になっていた俺は目の前に人がいることに気づかなかった。


「うおッ」


「わっ」


 俺のリアクションが想像と異なるものだったのか、日向坂陽菜乃も同じように声を出して驚いた。


 白シャツと花柄フレアスカート。半袖だと少し冷えるからか、上は薄めのカーディガンを羽織っている。

 髪はハーフアップにしており、あまりお目にかからない珍しいスタイルだ。


「そんなに驚かなくても」


「ごめん、ちょっと考え事してて」


「考え事?」


「なんかここに来た覚えがあってさ」


「樋渡くんのバイト先の近くだよ。たしか隆之くんも行ったんだよね?」


「あー」


 なるほど、俺は得心する。

 夏休みに一度、樋渡のバイト先の情報を入手した俺は一度その姿を拝んでやろうと、暇つぶしがてら足を運んだのだ。


 言われてみればそうだ。


「相変わらず一番だね?」


「そういう陽菜乃もちょっと早いな」


「隆之くんはまた早めに到着してるんだろうなって思ったから」


「……それ、俺はどうリアクションすればいいわけ?」


「それは隆之くん次第だよ。喜んでくれると嬉しいけどね」


 ちら、と一瞬だけこちらを見た陽菜乃はふいと顔ごと向こうに逸らす。おかげで表情は見えないけど、こちらの表情も見られずに済んで助かった。


「おまたせー」

「早いな、二人とも」


 こそばゆい空気にどうしたものかと考えていると、それをぶち壊すような明るい声がやってくる。


 助かった。


「おはよ」

「おっす」


 それに俺たちも返す。

 二人はそわそわしている俺たちを不思議に思いながらも、顔を見合わせて勝手に納得したように笑った。


 樋渡はグレーのロングTシャツにジーンズ。首元にはキラッと光るネックレスが見えた。


 柚木は白のパーカーに黒のスキニーパンツとスポーティなスタイル。黒の帽子を被っているのが珍しい。


「待った?」


「いや、全然。さっき来たとこ」


「隆之くんはいつもそう言うからなあ」


 全然信用されていない俺。

 弁明してくれと陽菜乃の方に視線を向けてみる。


「わたしはさっき来たけど、そのときにはすでに隆之くんはいたよ」


「ほら」


「裏切ったな」


 本当に陽菜乃がやって来るちょっと前に到着したのに。言えば言うだけ怪しくなるこれなんなんだ。


 そもそも別に早く来ることは悪いことではないだろうに。まあ別に責められているわけではないんだけど。


「さ、行こうぜ」


 そんな俺たちの話が一段落ついたのを見計らい、樋渡がそう仕切った。歩き出した樋渡について行く。


 歩くこと十分。見えてきた樟葉高校とやらは中々に大きい学校だった。多分、うちの学校とそこまで変わらないんだろうけど、見たことのない景色がそう思わせる。


 すでに文化祭は始まっているらしく、俺たち以外にも多くの人が出入りしていた。


「わたし、他校の文化祭ってはじめてだ」

「俺も」

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