第165話 放課後のカラオケ②
ホームルームの最中にそんなことを話していたことを、帰り道に陽菜乃に伝えたところ、彼女は「たしかに」と笑った。
「伊吹くんだとキラキラしすぎてる気はするね。そもそも髪色が設定と違うし」
「まあ、俺はキラキラしてないからね」
「けど、ほら、キラキラ輝く星は手の届かない夜空に浮かんでいるからきれいなんであって、いつも隣にいて輝かれてたら眩しいだろうししんどいに違いないよ」
「つまり?」
「眺めているくらいがちょうどいいっていうこと」
そういうものだろうか、と俺は陽菜乃の言ったことを頭の中で反芻してみた。
観賞用的な意味でクラスにいるのは大いに賛成だけれど、友達……というか、恋人にするにはいろいろとしんどいという意味かな。
だとしたら。
そういう意味で言ったのだとしたら。
じゃあ、陽菜乃はどういう人がいいんだろう。
「じゃあ、陽菜乃はどういう人の隣がいいって思うんだ?」
少し緊張する。
もしも自分に重なる部分があればな、と期待する反面、もしも自分とは全く異なる部分が上げられたら、という不安もある。
「それって、好みのタイプっていう意味だよね?」
「……まあ、そんな感じかな」
改めてそう口にされると、そんなことを訊いたことが恥ずかしくなってくる。
俺は自分の顔を見られたくなくて、一度視線を逸らした。
「んー、そうだなぁ」
唸りながら考える。
「たとえば二人でいて、特に話すことがなくても気まずくなかったり。なんでもない、その日あったたわいない話をして笑い合ったり。ふと時計を見たら思ってたより時間が経ってて、お別れするのが惜しいなって思える人とか」
一つひとつの言葉を慎重に選びながら、陽菜乃はさらに続けた。
「自分のしたことをわざわざ自慢したりしない謙虚な人とか。そういう人ってきっと、誰かに褒められるために何かをしてるわけじゃないんだよね。ただ自分の在り方がそうなだけで。けど、だからこそしっかり見ていてあげたい。気づいて、すごいねって言ってあげたいかな」
はにかむように笑って、陽菜乃はこちらを向いた。ようやく気持ちが落ち着いたので彼女の方を向いて話を聞いていた俺と目が合う。
目が合うと、陽菜乃は可愛らしくにこりと笑った。
「輝いてる必要はないの。皆から人気者である必要もない。もちろん、それがダメなわけではないけれど、わたしにとってその人が一番なら、周りがその人をどう思っていようと構わない。わたしがその人を一番好きで、その人がわたしを一番好きになってくれたら、それでいい」
陽菜乃は少しずつ前を向き直り、どこか遠くを見つめた。まるでそこに理想の未来があるように、幸せな姿を羨むように。
もしかしたら、陽菜乃にはすでに思い描く理想の未来があるのかもしれない。
そんな物言いにも思えた。
「だからね」
と、しんみりしそうになった空気を吹き飛ばすように、陽菜乃は明るい声色を意識したように言う。
「つまりは、人それぞれ良いところがあるんだよってことを言いたいんだよ」
「そうだったか?」
陽菜乃の言葉を思い返すと、そうとも思えるしそうでないようにも感じた。
「伊吹くんにも、樋渡くんにも、もちろん隆之くんにも、それぞれ違ったいいところがあるよ」
「そうだといいな」
俺の良いところはどこかと自問自答したときに、何ひとつ思い浮かばなかった。
俺は自分のことをすごいとは微塵も思っていない。せめてマイナスな方向には進まないよう気をつけているだけだ。
なにか一つでも、誇れることがあればいいんだけど。
「ところで、演劇の練習はどんな感じ?」
ぐるぐると考えてしまいそうだったので、俺は話を切り替えることにした。
陽菜乃もそれに乗ってくれる。
「台本出来てから初の練習だから、まだなんとも言えないけど。伊吹くんがしっかり演じれてたかな。セリフとか多いのに覚えちゃってた。もちろん全部ではないけどね」
俺の良いところを探している間に、また一つイケメンのすごい部分が露見してしまった。
「それに引き換え、わたしときたらセリフは覚えられない舌が回らないと問題が次々出てきて困りものだよ」
「まだ初日だし。伊吹が異常なだけで、普通はそんなもんだと思うけど」
「でもね、やっぱり迷惑はかけたくないの。たしかになんでも卒なくこなしちゃう人はいるし、それを才能って言葉で勝手に納得して諦めることは簡単だけれど、それでもわたしはがんばりたい。たとえ追いつけなくても、追いつこうとはしたいの」
だからね、と陽菜乃は改めてこちらを向いた。足を止めた彼女を、俺は数歩進んでしまってから振り返った。
「隆之くん、今日このあと時間あるかな?」
真剣な顔。
日向坂陽菜乃の気持ちがこれでもかと伝わってくる。瞳の奥でやる気の炎がメラメラと燃えているのが見えた。
もちろん、陽菜乃がこれから口にする言葉は分かっている。容易に想像することができる。
そして。
「特に予定はないよ」
「ちょっと、付き合ってもらってもいい?」
俺の返す言葉も、すでに決まっている。
*
学校の最寄りの駅から少し歩いたところにあるカラオケがある。俺たちはそこへやってきた。
最近はスマホで受付を済ますことすらできてしまうのだから、世の中のあらゆるものの利便性は高まる一方だ。
ドリンクバーでジュースを準備し、指定された部屋に向かう。
中はそこまで広くなく、普通に座れば四人くらいがちょうどいいくらいの広さだ。なので、二人でいる分には困らない。
どうしてこんなところにやってきたのかというと、もちろんカラオケを楽しみに来たわけではない。
陽菜乃の劇の練習に付き合うためだ。声を出しても周りに迷惑がかからない場所となると、必然的にここになる。
「隆之くんはあんまりカラオケ来ないんだよね?」
「そうだね。だからこういう部屋にも一向に慣れないよ」
この独特の雰囲気は本当に落ち着かない。カラオケに来たのは去年のクリスマス以来な気がする。
「なにか歌ってみる?」
「いや、練習しに来たんじゃないの?」
「発声練習の意味もかねてね。ほら、一曲どうぞ?」
「それなら、まず先に陽菜乃が歌うといいよ。俺はその間になにを歌うか考えるから」
そう言うと、陽菜乃はぎくりと口角を引きつらせる。陽菜乃は自分があんまり歌が上手くないの自覚してるんだよな。
それでも楽しそうに歌うから歌うこと自体は好きなんだろうな。俺はその姿、嫌いじゃないんだけど。
すると陽菜乃は曲を選ぶでもなく、マイクを手にするでもなく、パンと手を叩く。
「さて、練習しよっか」
誤魔化したな。
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