第162話 ヒロインはだれ④
クラスメイトの注目が俺に集まる。こういう役回りは本当に苦手だ。できるだけ静かに目立たず過ごしたいのに。
しかし、どうやら避けられないらしいので真剣に考えることにしよう。
面白さはどれも一緒だ。世間で人気があったり長年語り継がれているのだから間違いない。
難しさだって変わらないだろう。どれも大変なのは容易に想像できる。
そうなると、他に判断できるファクターはなんだろうか……。
シンデレラ。
君のいる夏景色。
不思議の国のアリス。
「……じゃあ、君のいる夏景色で」
「オッケー。みんな、決まりだ。僕たちのクラスは『君のいる夏景色』をする!」
結局、どれを選んでも大盛り上がりだった。うちのクラスってこんな活発な雰囲気だったっけ。
陽菜乃や秋名、柚木や樋渡とは絡むけど他のクラスメイトとは最低限の絡みなので、そういうのがまだ分かっていないらしい。
これを機に知れればいいなと思った。
*
「帰ろっか、隆之くん」
無事、ホームルームが終わったところで陽菜乃が俺の席までやってくる。
「ああ。片付けちゃうからちょっと待ってくれるか?」
「うん」
最近、ちょっと困ったことがある。
この夏休みを通して、正式に俺と陽菜乃は名前で呼び合うようになった。
海に行ったときに、どういう心境の変化があったのか無理やりにそういう流れに持っていかれた。
それはまあいい。諦めた。開き直った。
そのとき、その場にいたのは秋名と柚木と樋渡で、そいつらは冷やかしみたいなことはあれどそれ以上のことはないからいいんだけど……。
学校が始まってからはちょいちょい視線を感じるようになった。今もどこかから見られているように感じる。
けど、周りを見ると誰もいないんだよな。
この夏、なにかあったと思われているのかもしれない。
実害があるわけではないので、困っているというのもちょっと違うんだけど。
ただ、ずっと落ち着かない。
けど今さら『日向坂さん』『志摩くん』に戻すのもおかしな話だし陽菜乃も納得しなさそう。なにより、ようやくその呼び方に馴染んできたので逆に違和感が生まれるかもしれない。
開き直り切るしかないのかな。
「お待たせ。行こうか」
そんなわけで、今日も不思議な視線を感じながら教室をあとにする。
周りからすると、なんて日向坂陽菜乃と誰か知らない地味な男が一緒に帰ってんだよって感じなんだろうな。
これまでなら遠慮して距離を置いたほうがいいかな、なんて考えていたかもしれない。
けれど。
今の俺は違う。
こういうことも乗り越えていかないといけない。陽菜乃と一緒にいるというのは、きっとそういうことだから。
「ねえ、訊いていい?」
「ん?」
昇降口で靴を履き替えていると陽菜乃がそんなことを言ってくる。断る理由もなく、俺は視線で続きを促す。
「演劇の投票、なんで君夏にしたの?」
「インスピレーション」
「うそだ。結構真面目に考えてたでしょ? そもそも、あの重要な場面で直感で選ぶようなこと、隆之くんはできないよ」
そんなことないと思うけどなあ。
とはいえ、実際インスピレーションではないので言い当てられたような気分になる。
俺はふんと鼻を鳴らしながら頭を掻く。まさか理由を、しかも陽菜乃から訊かれるとは思ってなかった。
適当な言い訳用意できてないぞ。
まあ、別にいいか。
「シンデレラと不思議の国のアリスは、シンデレラとアリスが主人公だろ?」
詳しい内容はともかく、そうであろうことは分かる。主人公ということはつまり語り部の役割を担っているということだ。
「そうだね」
歩き出しながら俺は話を続ける。
「つまり、その二つをやることになったら陽菜乃はシンデレラやアリスを演じることになる」
「そう、なるね」
そのことを考えて、陽菜乃はげんなりしたように肩を落とす。実際、その未来は回避したのだからそこまで落ち込むことないだろうに。
「君のいる夏景色は、主人公は男だからその男の子視点で物語が進む。だからだよ」
語り部が男か女か。
端的に言うなら、その違いだけで選んだ。これがどれも女主人公だったりしたらもっと困ってただろうな。
「……それって、もしかしてわたしの負担をちょっとでも減らそうとしてくれたってこと?」
「まあ、そう捉えてくれてもいいよ」
俺はまっすぐ見られていることに照れてしまい、視線を逸らしながら前髪をいじった。
随分前髪も伸びたな。
そろそろまた散髪をしないといけないだろう。そんなどうでもいいことを考えて、必死に熱くなった顔を冷ます。
「ありがと」
「……」
しかし、文化祭か。
去年は最低限の参加だけだったのでこれといった思い出はないんだよな。
準備も言われたことを黙々としていただけだし、当日も課せられたシフトをこなしただけ。あとは一人でぶらぶらしてたから何かした覚えもない。
ああ、あと終わってからだけど先生に面倒事を押し付けられたんだっけ。
「どうしたの?」
「去年のことを思い出してた」
「文化祭?」
「うん。ろくな思い出なかったなって」
ただ、と俺は言葉を続ける。
「うちの文化祭って妙な投票するじゃん?」
「ああ。恋人にしたい云々の?」
「そう」
それがどうしたの? 隆之くん無縁じゃない? みたいな顔をこちらに向けてくる。
「去年、その投票を集計する役割を押し付けられたんだけど」
「うん」
「陽菜乃はぶっちぎりの一位だったなって」
「真面目な顔してなにを言うのかと思ったらっ!」
陽菜乃は顔を赤くしながらツッコミを入れてくる。ぺしっと軽く叩いてはくるけど痛くはなかった。
「でも、やっぱり嬉しいものでしょ?」
「……まあ、そりゃ嬉しくないことはないけど」
でも、と陽菜乃は風に飛ばされそうな弱々しい声色で続ける。ちら、と俺の方を見てきた瞳はゆらゆらと揺れている。
「わたしが欲しいのは百人からの一番じゃなくて、一人からの一番だから。嬉しいけど、それ以上はないんだ。嫌な言い方かな?」
そう、自嘲するように笑った。
素敵な考え方だなと思う。多くの人から好意を寄せられるのは決して悪い気はしないだろう。
それを羨む人もいる。
けど陽菜乃は、そうではなくたった一人から思われればいいと言う。陽菜乃だからこそ、説得力のある言葉だなと思った。
その一人になれればいいな、と俺は心の底から思う。
「いや、陽菜乃らしくていいと思うよ。俺なんて……」
「俺なんて?」
全然モテないからそんなこと言ってみたいな、みたいなことを言おうとしたんだけどふと思い出す。
「そういや、秋名から言われたんだけど俺にも一票入ってたんだよな」
「……そ、そうなんだ?」
「ああ」
結局あれが誰なのかは分からないまま。そもそも本気だったのかも、今となっては謎である。お祭りだからってやつだったのかも。むしろ、そっちのが納得できる。
柚木じゃ、ないもんな。
「隆之くんはその一票、嬉しかった?」
「そりゃね。嬉しくない男子はいないよ」
そう言うと、陽菜乃はふふっと楽しそうに、あるいは嬉しそうに笑った。
「今年ももらえるといいね?」
「期待はしないけど。もらえるといいな」
その人からじゃなくても。
その人からでも。
けど、どうせなら……。
そこまで考えて、俺は考えるのをやめた。それ以上は期待することになってしまうように思えたから。
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