第161話 ヒロインはだれ③
翌朝は雨が降っていたので俺は電車で登校していた。
さすがに雨の中、レインコートを着て自転車を漕いでまで自転車登校をしようとは思っていない。
自転車に比べると少し早めの出発にはなるけど、別にそこまで苦ではない。
ただ、通勤とも被っているのか電車がそこそこ混んでいるのは中々に苦である。
たまにしか味わないからこそ、いつまで経っても慣れやしない。これを感じる度にもう電車で登校なんてしてやるものかと思っていた。
が、しかし。
「おはよ、隆之くん。電車なの珍しいね?」
学校の最寄り駅でようやく満員電車から解放されたところで、後ろからぽんと肩を叩かれた。
「おはよ」
曇った空のようにどんより沈んでいた俺の心が晴れ空に変わったような気がした。
どきりとしたけど、それを表に出さないようにする。近頃、いつもどおりにいれているだろうかと思うことが増えた。
「雨の日はさすがにね」
「そっか。危ないしね」
俺は日向坂陽菜乃のことが好きだ。
それは確かなんだと思う。少なくとも他の人に比べて特別には思っている。
じゃあ、好きだからどうするというと、普通に考えれば関係の進展を考えるだろう。
いわゆる、彼女とかそういうの。
そのためには告白という高い高いハードルを超える必要がある。恋愛という勝負においてこれがとにかく難易度高い。
しかも過去に経験がないからどうしていいか分からないのだ。
告白というのはワンチャン狙った博打ではない。今の俺が気持ちを伝えてもいい返事があるとは思えない。
確かに俺は陽菜乃と仲良くしている。クラスメイトと比べても一緒にいる時間は長いだろう。
けど、それと告白のオッケーはイコールではない。俺と柚木がそうだったように。
「けど、そういうことならたまには雨の日も悪くないね」
じゃあどうするんだ。
結局、問題はそこに戻っていく。それに対して俺はまだ答えを出せていない。
ゆっくりしていると愛想尽かされるのは間違いない。けど、急いで自爆するのも愚かである。
ここは慎重に、一つひとつのことをこなしていくべきだよな。
「そう?」
「うん。だって、ほら、こうして隆之くんと登校できるし?」
ひひ、とからかうように笑いながら陽菜乃がこちらを向いた。
そんなこと言われるとめちゃくちゃ嬉しいじゃないかありがとうございます。
「……そうだな。それも悪くない」
「ほんとに?」
「ああ。むしろ、良いまである」
「そかそか。それは嬉しいな」
別にこれまでの景色が灰色だったわけではないけれど、好きと自覚したときから世界は確かに色づいている。
こんな雨の日でさえ、気分は鬱々とならない。こうして二人で登校できた時点で気分は上々だ。
「そういえばね……」
「ん?」
ボツボツボツ、と傘に雨が当たって鈍い音が続く。
学校へと続く道。周りには同じように傘を差して歩く生徒が多くいる。
そんな中、陽菜乃がふと思い出したように口を開いた。
が。
「やっぱりなんでもない」
笑って誤魔化した。
陽菜乃にしては珍しいように思えて、俺は「なにかあったか?」と尋ねてみる。
しかし、陽菜乃は口を噤んで考える素振りを見せるだけだった。
「気になるから話してくれた方が助かるんだけど」
「……うん。えっと」
やはり歯切れが悪い。
よほど言いづらいことなのだろう。そうなればなるほど気になって仕方ない。
「やっぱり今じゃないかな。また今度、タイミングを考えて訊くことにするよ」
「モヤモヤ晴れないんだけど」
「あはは、ごめんなさい」
なんとか話してくれる方向に向かわないだろうかと試行錯誤してみたけど、結局陽菜乃は学校に到着するまでそれについて話すことはなかった。
*
その日のホームルームは昨日に引き続き、文化祭の催し物について話し合う時間となった。
クラスメイトそれぞれがどれがいいか一票の投票を行い、まずは数を絞るところから始める。
シンデレラ。
白雪姫。
オズの魔法使い。
ユニバーシティ・ミュージカル。
キミの天気は。
明日、晴れるかな。
君のいる夏景色。
ラプンツェル。
ロミオとジュリエット。
不思議の国のアリス。
幻影の島ラプエル。
隣にトロロ。
ノミネート作品はざっとこんなところだ。
誰もが知る有名作品から近年流行った映画、昔からある名作まで種類は本当に様々だ。
なにがいいかは昨日から今日にかけて、ある程度みんな決めてきているはずだから投票はすぐに行われた。
紙を用意するのは面倒だということで、シークレットにする必要もないだろうと一人ひとりに聞いていく形となった。
さて、俺はどうしたものか。
別になんでもいいんだけど、陽菜乃のためにせめてヒロインの負担が少なそうな作品にしようかね。
……どれが負担少ないか分からない。詰んだ。
男役はともかく、ヒロインはどれも出番多そうだな。うん、これは無理ですね。俺にできることはなさそうだ。
着々と投票が済んでいく。
票数を稼いでいるのは三作品。
一つ目は『シンデレラ』。ベタだけど、だからこそどうとでもできるある意味自由のきく選択肢だな。
二つ目は『君のいる夏景色』。俺は観たことないけど、数年前に話題になっていた映画だ。長尺だから脚本作りが大変そう。
三つ目は『不思議の国のアリス』。知っているようで詳細は知らない作品だ。なんか変な世界に行って変な猫に絡まれていろいろあって大変な話。
「おい、志摩」
「ん?」
ぼーっと考え事をしていたせいでよばれていたことに気づかなかった。いつの間にか樋渡が俺の席の前まで来ていた。
「あとお前だけなんだよ」
「なにが?」
「投票」
嘘だろ、と思いながら改めて黒板を見る。最悪の展開だ。その三作品がすべて同じ票数で止まっている。
そして、俺が最後ということは俺の投票で決まってしまう。
「悪いけど票数一緒に三つから選んでもらっていいか?」
「……できればそういう重要ポジションは避けたいんだけど」
「まあまあ」
にたにたと笑いながら樋渡が言う。こいつもしかしてわざとじゃないだろうな。
いや、俺は窓際一番後ろの席なので逆の方から席順にすれば……やっぱりわざとじゃない?
「絶対にシンデレラ!」
立ち上がったのは木吉大吾だ。
皆の注目を集め、そのまま「やっぱりみんな知ってる作品のがやりやすいって!」と続ける。
「いや、あたしは君夏を推すよ」
木吉に対抗するように声を上げたのは柚木だ。木吉と同じように、そのあとに「夏は終わっちゃったけど、夏の名残りのある今だからこそシナリオに共感してもらえる! それに話題になったし知名度もある!」と推す理由を述べる。
そうなると三人目も続く。
「いや、みんな分かってないね。不思議の国のアリスこそ最適解!」
誰かは知らないメガネの男が立ち上がる。容姿だけ見れば隅っこにいそうな地味な感じだけどここで意見できる意思を持っている。
メガネくんは「日向坂さんが一番似合うのはアリスのコスプレ! つまり、日向坂陽菜乃の魅力を最大限発揮できるのは不思議の国のアリスなのだ!」と同じように自分の意見を言った。
「確かに!」と秋名が声を出すと、クラスメイトはざわざわと盛り上がりだす。
「さあ、選んでくれ」
「鬼かお前は?」
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