第158話 報告【男子会】
始業式は相変わらず校長の長い話が続くだけの行事だなと思わされた。
それ以外にも、この夏、好成績を残した部活の表彰があったり生徒会からの報告があったりするけれど、校長の話が長すぎて全部飛ぶ。
そんな始業式も終わり、体育館から教室へ戻る道中のことだった。
「ちょ、梓? どこ行くの?」
「校舎裏とか?」
「なにしに!?」
「女子会」
「たぶん場所のチョイス間違えてるよ!? あとタイミングも今じゃない!」
聞いたことのある声がするなと思い見てみると、陽菜乃が秋名に連れ去られていた。
なんでこんな隙間時間に校舎裏に行ってんだ?
しかし、長い夏休みの間、ああいう光景を見ることはほとんどなかったので懐かしさを覚える。
夏休みが終わったんだなと、新学期が始まったんだなと、そう思えた。
「なに見てるんだ?」
俺の隣を歩いていた樋渡が俺の視線を追って二人を見つける。やはり同じ疑問を抱いたようで、樋渡もクエスチョンマークを浮かべていた。
「なにしてんだ、あいつら」
「さあ」
本当に分からなかったけれど、そのあとに柚木が校舎裏に走っていくのが見えて、俺はなんとなく彼女らの目的を察した。
多分、柚木が俺に告白してきたことを伝えるのではないだろうか。そんな義務はないけど、仲のいいグループだし言っておいた方がいいと感じたのかも。
微妙な雰囲気の違いに違和感持たれても困るしな。
そう考えると……。
「なんだよ?」
俺がちらと見ると、樋渡は眉をひそめた。
「ちょっと話したいことあるんだけど」
「愛の告白じゃなければ聞いてやるよ」
「愛の告白だったら?」
「事前に言ってくれ。以降、お前と二人きりにならないよう気をつけるから」
友達やめる、と言わないところは樋渡の優しさだろうか。
「そういうんじゃないから安心してくれ」
「じゃあなんなんだよ」
と言いながらも樋渡は大人しくついてきてくれた。
あんまり人に聞かれたくない話だし、できれば人通りの少ないところがいいんだけど。
ぱっと思いつかないな。
「どこか人気のないところあるか?」
「マジでなにするつもりなんだよ」
*
フィクションの中の学校では屋上が解放されていることが多いけれど、現実では閉まっていることがほとんどだ。
それはうちの学校も例外ではなく、すべての校舎の屋上は入ることを禁じられている。
なので、三階から屋上に上がる階段の踊り場にはほとんど人が寄り付かない。
昼休みなんかだと、友達のいないぼっち生徒がお弁当をつついたり、ひと目を避けたいカップルがイチャイチャしたりしてるけど、この時間はさすがに誰もいなかった。
「それで、マジでなんなんだよ? 言っとくけど、僕、男は恋愛対象には入らないからな?」
「俺も入らないよ」
なに言ってんだよこいつ。
しかも冗談言ってる顔じゃないからそこそこ本気っぽいし。
俺はやれやれと溜息をついてから、仕切り直そうとこほんと咳払いをしてみせた。
「ちょっと話しておきたいことがあってだな」
「さっきもそう言ってたな」
しかし、いざ話そうとすると普通に恥ずかしいもんだな。どう切り出したらいいか分からないし。
ああでもないこうでもないと悩んでいると、樋渡が呆れたように頭を掻いた。
「お前が改まって言ってくるってことは重要なことなんだろうよ。どう話していいか分からないなら、先に結論を言ってくれ」
困っているように見えたのか、樋渡は俺に助け舟を出してくれた。
「……柚木に告白された」
「はァ!?」
いつものクールな感じからは想像できない驚きっぷりを見せた樋渡。海ではっちゃけた姿見てなかったら俺も負けじと驚いていただろうな。
「……するだろうなとは思ってたけど、まさか僕の知らないところで進んでいたとは」
しかし、樋渡は樋渡でなんとなく事の展開を予想していたらしく、驚きはしているものの動揺している様子はない。
「知ってたのか?」
「まあ、なんとなくな。それで?」
訊きたいことは分かる。
伝わってると分かっているから、樋渡も敢えてそれを言葉にはしなかったのだろう。
しかし、この答えを樋渡に伝えるということはつまりその理由も同時に言うことになる。
いや、まあ、理由を言わなくても別にいいんだろうけど納得してもらえないかもしれないし。
柚木はめちゃくちゃいいやつだし、だからなんで振ったんだよって絶対なるのは分かりきってるもんなあ。
しかし伝えると決めたので思い切って言うことにする。
「断ったよ」
俺がそう言うと、樋渡は「へえ」と小さく吐き出す。そこにどういう感情が込められていたのかは俺には分からなかった。
「……それは、なんで断ったんだ?」
続けて、樋渡は至極当然の疑問を口にする。そう言ってくるのも予想通りだったけど、やっぱり言葉は詰まってしまう。
「絶対誰にも言わないって約束できるか?」
「ああ」
「絶対笑わないって約束できるか?」
「もちろんだよ」
「絶対いじってこないって約束できるか?」
「それは保証しかねるかな」
「……なんでだよ」
呆れながら俺が言うと、樋渡は「だって面白いんだもん」と無邪気に笑いやがった。
ほんと、イケメンだからってなんでも許されると思うなよ。このクソイケメン野郎が。
けれど、樋渡は「でもな」と言葉を続けた。
「僕はお前の味方だよ。応援してほしけりゃ背中を押すし、求められればアドバイスだってする。一緒に悩んでやるし、必要であればケツを蹴ってやる」
きっと樋渡が言ってることは全部本当なんだろうな。こいつはちゃんと俺の味方でいてくれるに違いない。
なんて心強いんだろう……。
「他に好きな人がいたんだ」
「ほう」
「……陽菜乃、なんだけど」
意を決してその名前を口にした。
樋渡の方からはなんの声も聞こえず、リアクションなさすぎないかとそちらを見てみる。
「それどういう反応?」
樋渡はこめかみ辺りを抑えていた。
「んー、まあ強いて言うなら感動かな」
「なんで感動してんだよ」
「いや、志摩が自分の気持ちに正直になったことがな」
「柚木がそれに気づかせてくれたんだよ。多分、柚木に告白されなかったらまだ気づいてなかったと思う」
「くるみは不憫だけどな」
「……言うなよ。気にしないようにしてるけど、まだまだ気にしてるんだから」
できるだけこれまで通り、とは意識しているけれどやっぱり完全にというのは難しい。
俺が言うと、樋渡は「わりぃ」と素直に謝ってきた。秋名と同じでちゃんと自分の中にラインがあるんだろうな。
「けど、仕方ないさ。遅かれ早かれってやつだろうし。それが恋ってやつだろ?」
「恋を語れるほどまだ俺はそいつについて多くは知らないよ」
「それを言うなら僕もだよ」
「イケメンなのにな」
なんで彼女いないんだろ。
普通にいいやつなのに。不思議だ。
「お前も僕も、きっとくるみや日向坂だって。これからもっとたくさんのことを知っていくんだろうさ」
そうなのだろうか。
分からないけれど、少なくとも俺がそうなのは確かだ。
一度は諦めたこと。
怖くて、背を向けたこと。
どうせ無理だと決めつけていたこと。
俺はこれから、それを知っていくに違いない。
そして、それを知ったときがきたら、そのときはきっと……。
「ま、頑張れよ。陰ながら応援してるぜ」
樋渡は俺の背中をパンと叩く。
同時にホームルームが始まるチャイムが校内に鳴り響き、俺たちは急いで教室へと戻った。
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