第157話 報告【女子会】
新学期初日の独特の空気感はわりと好きだ。
夏休みは終わったというのに、まだ夢の中にいるようなふわふわした雰囲気が教室内に漂っているから。
かくいうわたし、日向坂陽菜乃もそうなのだけれど。
久しぶりに会ったお友達と夏休みの間にあった出来事について話し合う。いわば報告会のようなものが開かれていた。
「そうそう聞いてよ。美紗ね、佐田くんと付き合ったんだって!」
「ちょ、なんでそれ言う!?」
「こんなもん言うしかないだろ一人抜け駆けしやがって」
夏休みってなんとなく気持ちがオープンになるというか解放される期間だから、いろいろと環境が変わることがしばしばあると聞く。
夏をともに過ごした相手と気持ちを通わせるというのも、よくある話だよね。
「いいなぁ、羨ましい」
「陽菜乃ちゃんはどうなの? そういうのなかったの?」
「気になるー」
「……あはは、まあ、なかったかな」
「なにそれ誤魔化してる!?」
「正直に吐けー!」
ほんとになにもなかったんだけど。
と思いながらも、二人は中々信じてくれなくて弁明が大変だった。
そういう話で言うならば。
先日のことを思い出す。
隆之くんとくるみちゃんは二人で花火大会に行ったらしい。海での告白宣言もあったし、きっとそこでくるみちゃんは隆之くんに告白をした……はずだ。
結果を聞くのが怖くてくるみちゃんには連絡できていない。そもそもわたしが花火大会に二人で行ってることを知ってることを知らないはずだし。
隆之くんにはラインを送ってみたけど全然返事がなかった。あれが、彼女できたから他の女とは連絡取らない的な意味だとしたらショックだ。
ともあれ、そんなわけでわたしはそのことにモヤモヤしながら夏休みの終わりを迎えて今日に至る。
今日の隆之くんとくるみちゃんの様子を見れば、なにかしら分かるはずだ。
どこかぎこちない感じがあれば失敗したっぽいし、そうでないなら成功したことになる。
いろいろあって結局告白できなかった、という線もゼロではないだろうけど。
そんなことを考えているとガラガラと教室のドアが開かれて、「おっはよー」と聞き慣れた明るい声が教室内に響いた。
くるみちゃんの声だ。
わたしは意を決してドアの方を見る。
「……へ?」
そして、驚きのあまり間抜けな声を漏らしてしまった。
隆之くんがくるみちゃんと一緒に登校している。
え。
え?
え……。
「陽菜乃ちゃん?」
「どったのー?」
しかも、普通に仲良さげに会話してるー!?
え、どっち?
どうなってるの?
誰か教えてよ!
でも訊くの怖いよう!
「……陽菜乃、どしたの?」
「あ、秋名ちゃん。おはよ」
「おはー」
「おはよ。それで?」
「なんかくるみちゃん見てこうなった」
「愛しの志摩くんがくるみちゃんと仲良く登校してるのがショックだったのかも」
「……ふぅん」
*
「ちょ、梓? どこ行くの?」
「校舎裏とか?」
「なにしに!?」
「女子会」
「たぶん場所のチョイス間違えてるよ!? あとタイミングも今じゃない!」
始業式が終わって、体育館からダラダラとみんなが戻っていく中、わたしは梓に手を引かれて校舎裏に連れて行かれていた。
次のホームルームまで少し時間はあるけれど、一体どういうつもりなんだろう。
結局、抵抗も虚しくわたしは校舎裏に連行されてしまう。夏だというのに少しひんやしした空気は、きっと校舎が日差しを遮断しているからだ。
ほんとに校舎裏に来ちゃったんだけど。
「どういうつもり?」
「だから、女子会だって」
梓の意図が読めない。
たまに変なことをするのは今に始まったことじゃないけれど、ここまで梓の考えが分からないのは初めてだ。
わたしは戸惑う。
なにをするつもりなんだろうって。
「おまたせー。ごめんね、ちょっと友達に捕まっちゃって」
けれど。
それは次の瞬間に解決した。
梓の意図をようやく理解したから。
申し訳無さそうにしながら校舎裏にやってきたのはくるみちゃんだ。こちらに早足で駆け寄ってくる。
「えっと、それで……あたしはなんで呼ばれたのかな?」
言葉とは裏腹にくるみちゃんの表情にはどこか余裕のようなものが見える。分かっていてわざとそう言っているように感じた。
「報告することあるんじゃないかなーと思って。志摩と二人で花火大会行ったらしいじゃん」
「情報早いなあ。ソースは?」
「志摩の妹」
「なるほどね」
くすくす、とくるみちゃんにはやっぱり焦りとか動揺は見えない。告白、したんだよね?
振られたのにこのリアクションできる?
え、もしかして付き合ったの?
「告白した?」
梓があっけらかんとした様子で訊く。わたしは緊張しっぱなしなのに。
「したよ」
やっぱりしたんだ。
くるみちゃんも梓と変わらない調子で、なんでもないように言うものだから、不安でいっぱいのわたしが間違っているのかなと思わされる。
「ごめんね。ちゃんと言うつもりではあったんだけど、タイミングがなくて」
「いや、それはいいんだけど。ほら、結果次第で私らの対応もいろいろ変わってくるじゃん」
「そうなの?」
「付き合ったなら盛大にからかいたいし、振られたんならとりあえずはそっとしとくでしょ?」
それ、ちょっとしたらからかうってことじゃないよね?
いずれにしても、かける言葉が祝福か慰めかの違いじゃないところが実に梓らしい。
「それで、その、どうなの?」
もう答えが気になって他のことに頭が回らないので、わたしは意を決して答えを訊くことにした。
すると、くるみちゃんはこちらを向いてにこりと笑う。屈託のない子どものような純粋無垢な笑顔。
わたしの中の不安は膨れ上がる一方だ。
けれど。
「振られちゃった」
と、くるみちゃんはどこまでもそうは思わせない感じで続ける。
「もし付き合えてたらその日の夜にでも電話しようと思ってたんだけど。さすがに立ち直るのに時間かかったよ」
振られちゃったんだ、とわたしは頭の中でもう一度くるみちゃんの言葉を繰り返した。
安心しちゃった。
ほっとしちゃった。
自分の性格の悪さが嫌になる。
けど、どうしようもないよ。溢れてきちゃうんだもん。
でも、だからといってくるみちゃんの不幸を喜んでいるわけではない。好きな人が同じじゃなければ全力で応援したのに。
ここでわたしがくるみちゃんを慰めても、くるみちゃんにとっては厭味ったらしく思えるかもしれない。
こういうことがこれまでなかったから、こういうときにどういう顔をしていればいいのか分からないや。
「そういうわけだから、陽菜乃ちゃん」
「……はい」
「がんばってね。あんまりゆっくりしてると、あたしがもっかいアプローチ仕掛けちゃうから」
にひ、とイタズラな笑みを浮かべてくるみちゃんはそんなことを言ってきた。
だからわたしは精一杯の笑顔で返すことにした。
「うん。がんばるね」
そろそろ時間がやばいということでわたしたちは教室に戻ることにした。
その道中に、ふと今朝の光景について思ったことを訊いてみる。
「振られたのに、一緒に登校してきたんだね?」
「んー。結果は結果として受け入れたし、落ち込んだけどもう吹っ切れたし。別に振られたからもう会いませんっていうのは悲しいでしょ? けど、最初を間違えるとずっとそのままかもしれないから、ちょっとがんばったんだ」
「……すごいね、くるみちゃんは」
「ほんとに。強いよ、くるみは」
わたしと梓が口を揃えて言うと、くるみちゃんはこそばゆそうにして笑った。
そうやって前に進んでも、こうして変わらずにいられるってすてきなことだな。
けどそれは当たり前なんじゃなくて。
いろんな人のがんばりがあって成り立ってるんだなって。
改めて、そう思った。
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