第156話 二学期スタート


 長い長い夏休みが終わった。

 昼まで寝ていることが多かったから、朝早くに起きるのが本当に怠かったけれど、それが学生の宿命故、俺は眠たい目をこすりながら起き上がる。


「おい、梨子。起きろよ」


 昨日、梨子の終わっていない宿題を徹夜で終わらせた。限界を迎えて眠りについたのは四時頃だったので普通に眠たい。


「あ゛あ゛あ゛」


「女の子がそんな声出すんじゃない」


 元はと言えば自業自得だろうに。

 なんで毎年痛い目見るのに改善しないんだろ。年々、面倒くさがりに拍車がかかってる気がする。


 洗面所に向かい顔を洗って目を覚ます。冷たい水をぱちゃぱちゃと当てているとようやく意識がスッキリしてきた。


 両親はすでに仕事に向かったらしく、テーブルの上には二人分の朝食が準備されていた。

 目玉焼きとソーセージ。あと簡単なサラダ。トーストは自分で焼いてねというのがいつものパターンだ。


 俺はトーストを焼きながら学校へ向かう準備を進める。制服に着替えてリビングに戻ると、タイミングを見計らったようにトーストが焼き上がった。


 テレビをつけてニュースを眺めながらトーストをかじる。ちらと梨子の部屋を見てみたけど出てくる気配はなかった。

 二度寝したな。


『みんな、グッモーニン! サンシャインサニ子の星占いの時間だよ! 今日一日の運勢を占っちゃおう!』


 毎度おなじみの占いが始まる。

 別に信じてはいないけど、占いを見るのはきらいではないわけ分からない民族です。


『おめでとう! 今日の第一位はいて座のあなた! これまでいろいろ大変なこともあったよね、でももうだいじょうぶ、気分一新今日から新しい自分を始めよう! 特に今日は恋愛運が超超超超超超超超超ラッキー! 気になるあの子と幸せな時間を過ごせるかもネ!』


 ほんと、朝に見るにはテンション高すぎるんだよな。うざいまである。けど不思議と見てしまう中毒性があるというか。


 トーストとおかずを食べ終え、コーヒーをずずずと読んでいたとき。


「寝過ごしたぁ!」


 ようやく梨子が起きた。



 *



「いってきまーす」


 俺と梨子は一緒に家を出る。しかし、方向は逆なので家の前でお別れだ。

 

 短時間で身支度を整えた梨子はさすがに朝ご飯を食べる余裕はなく、食パンをかじりながら行ってしまう。


「転校生とぶつかったりするなよ!」


 返事がないので届いたかは分からないけど、梨子の姿が見えなくなったことを確認して、俺も自転車を漕ぎ始めた。


 夏休みは終わったものの、かといって夏が終わったわけではない。なので、日が昇れば普通に暑いし、日差しに照らされれば汗もかく。


 そんな中のせっせと自転車を漕ぎ登校すれば、学校に到着したときにはそこそこの汗をかく。シャワー浴びたくなる。


 駐輪場に自転車を起き、扇子で仰ぎながら昇降口へ向かう。

 ふひー、なんて暑さだと日光から逃げるように昇降口に入ると、ひんやりした空気を感じた。


 日差しないだけで暑さも全然違うな。


「あ」


 思わず声が漏れ出た。


 ちょうど靴を履き替えようと靴箱のところへ行くと、そこに柚木の姿があった。


 普段通り。

 これまで通り。

 それは分かってるんだけど、そうしようと決めてきたんだけど、いざ彼女を前にすると頭が真っ白になった。


 が。


「おはよ、隆之くん」


 柚木はそう言って、これまでと変わらないにこやかな笑顔を浮かべた。その笑顔は、俺の中にあったモヤモヤを吹き飛ばしてくれる。


 ……強いな、この子は。


「お、おはよ」


 俺はなんとか挨拶の言葉を吐いて、自分の靴箱の前へ行く。上履きに履き替えて教室へ行こうとすると、隣にはまだ柚木がいた。


「どしたの?」


 俺が驚いた顔をしていたのか、柚木は不思議そうに首を傾げた。てっきり先に行ってるもんだと思ってたけど、本当にこれまで通りに振る舞ってくれている。


「いや、なんでも」


「なになに? もしかしてあれかな、こいつ俺に振られたのになんで変わらず接してきてんだ? あれ、振ったよな? もしかして夢だった? とか思ってる?」


「そこまでは思ってない」


「ちょっとは思ってるんだね。でも安心して、ちゃんと振られたから」


「あんまりその辺抉ってこないで?」


 なんでここまで言えるんだよ。

 これじゃ、あれだけ考え込んでいた俺が馬鹿みたいじゃないか。


 ……とは、思わないが。


 もちろんこれは柚木なりの俺への気遣いに決まってる。俺が気にしないように、これまで通りでいられるように、彼女は頑張ってくれているんだ。


「振られたからってじゃあお友達でもないよね、ってなるのは寂しいじゃない?」


「それはそうだけど」


「だから、これからは普通にお友達だよ。まあ、隆之くんの恋が必ず成就するとも限らないし、そのときあたしがまだフリーなら考えてあげるよ」


「急に上からだな」


 そんな話をしながら教室へ向かう。

 夏休み終わりの校内は、まだ気分が抜けてないからかどこか浮ついた空気が漂っていた。


 廊下には知らない生徒がちらほらいて、皆楽しそうに夏休みのイベントの報告会をしてる。教室ですればいいのに。


「それで?」


 並んで廊下を歩いていると、不意に柚木がそんなことを言い出した。心当たりのない俺は「それで、とは?」と訊き返してしまう。


「陽菜乃ちゃんのことを好きだと自覚した隆之くんは、これからどうするのかと思って」


「それ訊きたいか?」


 自分で言うのもなんだけど、好きだった男子の恋愛事情だぞ。そんなもん嫌でも耳に入れたくないだろ。


「気になるよ。隆之くんも陽菜乃ちゃんも、あたしの大切で大好きなお友達だもん」


 きゃぴきゃぴと楽しそうに話していた柚木だが、その言葉を吐くときはいつにも増して真剣な表情だった。


 どこか遠い目で。

 どこかさみしげで。

 けど、どこか温かい。


 そんな感じがした。


「分からないよ。だから、これから考えていく」


 初恋はあった。

 けどあの頃は恋愛がどうとかは気にしてなくて。

 気づけば好きになっていた。だから告白をした。それだけだ。


 好きな子ができて、その子に好きになってもらえるように行動したわけじゃない。


 だから、どうしていいのか分からない。


「そっか。まあ、焦る必要はないと思うけどね。どこかの誰かさんみたいに振られちゃうし」


「その自分いじりそろそろやめて?」


「いじりでもしないとやってられないもん」


 これはとうぶん続きそうだ。

 それくらいの方が、こっちも気が楽なのかもしれないけど。現に今はもうこれまで通りに接することができている。


 柚木は本当に凄いやつだ。


「けど、ゆっくりし過ぎるのも考えものだよ?」


「誰かに取られるとかか?」


 陽菜乃はモテるからな。

 これまで告白されているところを何度も見てるし。良い人が告白してきたらきっと受け入れるだろうし。


「いやいや、そうじゃなくて」


「じゃあなに?」


「あんまりゆっくりしてると、愛想尽かされるよ」


「リアルな意見だなぁ」

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