第159話 ヒロインはだれ①
夏休みが終わり、ふわふわとした空気も薄れていくと、次第に生徒たちの話題は次のものへと移っていく。
二年生の二学期、一番大きな学校行事といえば修学旅行だろう。
しかし、その前に学校全体を巻き込んだ大型イベントである文化祭が待っている。
文化祭は十月に入ってすぐだ。
つまり、今から一ヶ月後のこと。まだ一ヶ月もあるなと思う一方、時間がないと捉える人もいる。
文化祭といえばクラス一丸となって催し物を行う。その準備期間が一ヶ月だと考えるとそう思う人がいるのも頷ける。
そんなわけで二学期が始まって最初のホームルーム。俺の所属する二年三組では文化祭の催し物についての会議が行われていた。
「じゃあなにか意見ある人ー?」
催し物を決める前に文化祭実行委員を決める時間があった。文化祭に関する諸々を仕切る役割が必要だからだ。
クラス委員長がそのまま継続するという案も出たが、それは委員長が「ふざけんな」と一蹴したので却下された。
面倒事を押し付けられる、というイメージがどうしてもあるので、こういうときに率先して手を挙げる生徒は少ないと思う。
思っていた。
けど、うちのクラスはそこはスムーズに済んだ。
「誰でも、何でも言ってくれよ。とりあえず案を募るだけだし」
女子は誰よりも先に柚木が立候補した。それを見て、男子がざわついたのは『柚木がやるならやってもいいかな?』みたいなかんじだったのだろう。
そんなわけで数人の立候補者が出たので男子はじゃんけんで決めることになった。
負けたものが嫌々請け負うパターンは見るけど、勝った人間が喜んで引き受けるパターンはこの場合においてあまり見ない気がする。
ともあれ。
じゃんけん大会を見事勝ち抜き、文化祭実行委員の座を手に入れた男子は樋渡優作だった。
柚木くるみと樋渡優作。
二年三組が誇る美男美女が文化祭実行委員になったのである。教卓付近が輝いて見えるぞ。
二人が空気感に気を遣いながら、堅い会議ではなくあくまでも雑談程度だよという雰囲気を作ることで挙手する生徒は結構いた。
「なんで候補が白雪姫とかシンデレラとか、演劇前提なんだ?」
進行は柚木がしているので、樋渡はそのサポートをしつつ、上がった案を黒板に書いていく。
そこにはそういった候補が並んでおり、去年のように喫茶店だとかお化け屋敷だとか、そういう催し物がないのが不思議だった。
「それ本気で言ってるわけ?」
席替えで前の席になった秋名が呆れたように言ってくる。今の疑問、そんなにおかしいことだった?
ちなみに秋名梓は夏休みが終わる頃に散髪をしたようで、結構短めになっていた。
本人にそのときの心境を訊いたところ、『なんとなく。そういう気分だったから』とのこと。
秋名的には髪の長さにこだわりはないらしく、気分によっては長くも短くもなるそうだ。
言われてみれば冬とかは気持ち長めだったりしたっけ。ということは今が短いのは暑いからか?
「なにか悪かったか?」
「自分の通う学校の文化祭のことくらい知っときなよってこと」
「……はあ」
去年は友達とかいなかったし、基本的にいつも一人だったから情報という情報はとにかく入ってこなかった。
まあ、俺自身が興味を示していなかったというのもちょっとはあるけど。
「うちの文化祭は一年生は教室を使った催し、二年生は体育館のステージを使った催し、三年生はそのどちらか、あるいはどちらもを選ぶことができるんだよ」
「そうなのか」
「だから、私らは今年はステージを使った催し物……つまり、演劇になるってわけ。アンダスタン?」
「アンダスタン」
そんなルールがあったのか。
けどそれは説明してくれないと知ることのないルールだ。誰もがなんとなくどこかからふわっと情報仕入れると思わないでほしい。
秋名からの説明を聞いてなるほどとなったところで改めて教卓の方へ意識を戻すと、大方の候補が出揃ったところだった。
「数は出たし、この中から選ぶってことでいいかな?」
柚木の問いかけにクラスメイト一同は賛成の声を上げる。
白雪姫やシンデレラ、ラプンツェル、キミの名は。やロミオとジュリエット、不思議の国のアリス、他にも様々なものが書かれていた。
どれもこれも、文化祭で演劇といえばこれという作品ばかりだ。その辺のことに興味がない俺でさえ聞いたことのある有名作品である。
中にはあまり聞かない作品もちょろちょろあるが。
「有名どころはみんなが受け入れやすいっていうメリットがある反面、見飽きられてるってデメリットがあるよな」
「でもその逆もそうだよ。新しい作品だと設定の説明から入らないといけない分、尺も使っちゃう。それに加えて、内容がウケる保証もない」
樋渡が言うと柚木が続く。
どちらの言い分も正しい。
有名ということは誰もが知っているということだ。白雪姫やシンデレラなんて、説明を多少省いたところで観客が勝手に解釈してくれる。
マイナー作品、あるいはオリジナルの内容を披露するとなると、話をすべて理解してもらう必要がある。
少しでも理解できない部分があると、それ以降の進行に影響を及ぼしてしまうだろう。
どちらにもメリットもデメリットも同じくらいある。
「そもそも演劇に出たいって人、どれくらいいんの?」
樋渡が挙手を求めると、教室の中はざわついた。
驚いたことに、さっきまでとは裏腹に手を挙げる生徒はいなかった。これは出ることを拒んでいるというよりは、躊躇っているような、そんな感じな気がする。
この光景には樋渡も手を組んで唸る。
しかし、ここで止まらないのが柚木くるみだ。今のこの状況を見て瞬時に対策を提案してきた。
「出たい人の数からなんとなく考えようかと思ったけど厳しそうだな」
「んー、そだねー。やっぱり先になにやるか決めたほうがいいかな」
進行が難航している様子だが、しかし俺にどうこうできる問題ではない。こういうときこそ普段からキャッキャ騒いでいる陽キャの出番なのだが。
そう思ってると、一人の男子生徒が手を挙げた。
「とりあえずヒロインは日向坂で良くね?」
そして、そんなことを言うものだから陽菜乃が「へぁッ!?」みたいな声出して立ち上がった。
そりゃ、そうなるわな。
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