第152話 夏の夜に咲く恋の花⑥
どん。
どんどん。
バーン!
バババン!!!
ぱちぱちぱちぱち。
花火が打ち上がっているあいだ、あたしも隆之くんも、周りの人もみんな言葉を発しなかった。
これはたぶん、周りの迷惑にならないように口を噤んでいたんじゃなくて、きれいな花火に思わず言葉を失ったといった方が正しいんだと思う。
ちら、と隆之くんの横顔を見る。
『花火って、もちろん綺麗なんだと思うけど。そんなに見たいもんかな』
と、ここに来る途中に吐露していた隆之くんも、瞳に色鮮やかな花火を映しながら見惚れていた。
その横顔に見惚れていたのは、誰にも言えない自分だけの秘密だ。
隣に隆之くんの存在を感じながら、話し声の一つも聞こえないその空間で二人夜空を見上げていると、まるでこの世界にはあたしと隆之くんしかいないように思えた。
もしそうなら、きっとあたしたちは自然とお互いのことを知っていきながら、共に生きていくことになるんだと思う。
でもそれは仮の話で、もしものことでしかなくて。
現実はそうではない。
あたし以外にも女の子はたくさんいて、隆之くん以外にも男の子はたくさんいる。
その中であたしは隆之くんを見つけた。隆之くんもあたしを見つけてくれたけれど、あたしたちの気持ちが同じなのかと言われるとそれはどうだろうかと不安が生じる。
「……」
敗者がいるから勝者がいることをあたしは知っている。そんなの、誰に言われるでもなく自然と気づくことだから。
それと同じように、幸せになる人がいる裏側には涙を流す人もきっといる。
ああ。
ほんとうに。
だれも不幸になんてならなければいいのに。
みんなが幸せになれればいいのに。
まるで流れ星に祈りを捧げるように。
ゆずれない願いを。
あたしは打ち上げ花火に届けようと、心の中で唱え続けた。
*
『もしもし、陽菜乃さん?』
夏休みももうすぐ終わりだな、とカレンダーを眺めていたら着信があった。
わたし、日向坂陽菜乃はスマホを手にする。
こんな時間に電話がかかってくるのな珍しいと思って、誰だろうとディスプレイを確認したら相手は梨子ちゃんだった。
志摩梨子ちゃん。
隆之くんの妹さんだ。
この前、連絡先を交換したけれど、これといってやり取りをすることはなかった。
そんな中、突然の電話とくればさすがに驚く。
「梨子ちゃん? どうしたの、こんな夜に」
『お兄、今日花火大会行ってますよ? しかも、女の人と!』
先日、隆之くんと梨子ちゃんとプールに行ったときにあたしの気持ちを梨子ちゃんに伝えたんだよね。
全然言うつもりなんてなかったけど、梨子ちゃんの不安げな顔を見たら言うしかなかった。
嘘をつくのはいやだったし。
言ってあげなきゃ、と思わされた。お兄ちゃんのこと大好きなんだもん。
まあ、そこは可愛いなって思ったんだけど。
「そうなんだ」
『あのお兄が女の子とデートに行ってるなんて由々しき事態ですよ! しかも、陽菜乃さんじゃない誰かと!』
きっと、くるみちゃんだ。
「……」
隆之くんに告白するって言ってた。
あれからどうなったんだろう、と気にはしていたけれど、わたしから訊くわけにもいかないからどうしようもなくて。
この前、たまたまイオンで隆之くんと会ったとき、いつもと変わらない感じだったからまだなのかなとは思っていたけれど。
そうか。
今日なんだ。
『……陽菜乃さん?』
電話越しに梨子ちゃんの心配そうな声が届く。わたしのためにここまで気にしてくれて嬉しいな。
でも、わたしにはなにもできない。
「心配してくれてありがと、梨子ちゃん」
もしほんとうに、今日くるみちゃんが隆之くんに告白をするんだったら、なおさらわたしにはなにもできないよ。
だって。
きっと、わたしと立場が逆だったらくるみちゃんは邪魔なんて絶対しないだろうから。
もしかしたら、がんばって! なんて言ってくるかもしれない。
さすがにそれは言えないけれど。
せめて、邪魔だけはしないように、わたしは隆之くんが答えを出すのを待つ。
「でも、だいじょうぶ。わたしは隆之くんを信じてるから」
どう言葉にしても。
なにを思っても。
くるみちゃんの不幸を願うようになってしまう。でもこれは仕方ないよね。
くるみちゃんが涙を流すのは見たくないけど、わたしも気持ちは彼女と同じだから。
隆之くんに選んでほしい。
わたしは自分の気持ちを伝えるのが怖くてどうしても一歩踏み出せなかった。
けど、くるみちゃんはその一歩を踏み出したから。
もし仮に、くるみちゃんの気持ちを隆之くんが受け入れたなら、おめでとうと言う覚悟はしておくから。
せめて、それだけは願わせて。
*
最後のド派手な一発が打ち終わり、花火大会は終幕となった。
ぞろぞろと人は流れる川のように駅の方へと向かっていく。それに巻き込まれないように、俺たちは人の波から外れた。
「人の数が落ち着くまでちょっと待つか」
「そうだね」
柚木は浴衣着てるし、動きづらいだろう。安全を確保する意味でもこの人混みは避けるべきだ。
屋台も花火大会が終わると同時に閉店となったようで、明かりの灯っていたぼんぼりも役目を終える。
少しの間待っていると人混みはなくなり、ちらほらと人が見える程度にまで落ち着いた。
俺たちは暗くなった道を、ゆっくりと歩いていく。
さっきまではあれだけ騒がしかったのに、今はもう静まり返っていて少し寂しく思えた。
駅まで向かい、電車に乗る。
疲れたのか柚木の口数はいつもよりだいぶ少ないように感じた。だとすると、話しかけるのも悪いと思い俺もぼうっとすることにした。
「家の近くまで送るよ」
最寄り駅に到着して改札から出たところで、俺は柚木に言う。彼女は「ありがと」と短く言って笑った。
柚木の歩くスピードがいつもよりもずっと遅い。気を抜くとすぐに距離が離れてしまう。
俺は彼女の歩幅に合わせるように意識しながら歩いていた。
すると。
「ねえ、隆之くん」
静かな夜道。
街灯に照らされた彼女の瞳がまっすぐにこちらを向いていた。
いつもと違う雰囲気に。
どこか妖艶さのようなものを帯びた表情に俺は足を止める。
「あたしと初めて会ったときのこと、覚えてる?」
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