第150話 夏の夜に咲く恋の花④


 たこ焼きの屋台には数人のお客さんが並んでいて、俺たちはその最後尾についた。


 お祭りといえばたこ焼き、とイメージする人が多いのか繁盛しているらしく、現在たこ焼きを鋭意調理中である。


 並んでいる間は別にはぐれる心配もない。繋いでいる手はどうしたものかと悩んでいたけど、柚木の方から放す気配はないのでなんとなくそのままにしておく。


「たこ焼きって二種類あると思うんだよね」


「ソースかだしかみたいな?」


 明石焼きだっけ。

 食べたことはないけど、話には聞いたことがある。そう思ったけど、柚木はかぶりを振った。


「そうじゃなくて、生地がカリカリかふわふわかみたいな」


 ああ、と俺は小さく呟く。

 たこ焼きと言われて思い浮かぶイメージはまるっとした形をしたものだろう。

 あれは外がカリッとしている。油を多く使ってるんだっけか。詳しくは知らないが。


 しかし、へにゃっとつぶれたたこ焼きもある。これは外の生地もふわふわしている。カリッとしたものと味に遜色はない。

 つまり、どちらが好きかという問題は、シンプルに好みの違いである。


「俺はカリッとした方が好きかな」


「あたしも。好みが合うね」


 柚木は嬉しそうににひっと笑う。

 だとしたら、ここのたこ焼きもそうならばいいんだけど。


 ようやくたこ焼きが出来上がったようで、列が動き始める。出来上がってしまえば捌くのは速い。

 コミマのときの柚木にも引けを取らないスピードだ。


 ということで、あっという間に俺たちの順番が回ってきた。


「お待たせね。どうする?」


 チクチク髪にタオルをねじりハチマチのように巻いたおじさんがニカッと笑いながら言う。


「たこ焼き、一つお願いします」


 柚木はそれに対して丁寧に答える。「あいよッ」と威勢のいい返事をしたおじさんは一瞬視線を下に落とす。


「お嬢ちゃんたちは高校生かい?」


 手際良くたこ焼きをトレイに乗せながらそんなことを訊いてきた。


「はい。そうですけど」


 柚木が答えると、おじさんはカカッと笑う。


「いいねぇ、青春だねぇ!」


 在りし日のことを思い出しているのか、あるいは在って欲しかった日のことを考えているのか、ともあれ楽しそうに言う。


 たこ焼きを入れ終え、それにソースをささっと塗り、マヨネーズをかける。青のりとかつお節をまぶしてトレイを輪ゴムで縛った。


「あいよ。おまけしといたから、二人で仲良く食べなね」


 柚木はお金を払ってたこ焼きを受け取る。次のお客さんがいるのですぐに俺たちは横にズレた。


 おじさんは次のお客さんにも「お待たせね」とさっきと変わらぬテンションで接する。

 あの感じを見るに、すべてのお客さんにあの接客してるな。接客業の鑑だよ。


「いいおじさんだったね」


「ほんと。尊敬する」


「尊敬するの?」


 俺が何気なく言った言葉に柚木はこてんと首を傾げる。


「普通、これだけ多くの客を相手にしてたら疲れたりうんざりしたりするだろうに、仮にそうだとしてもそう感じさせない対応を続けるのは素直に尊敬するよ」


「それはそうかもね。また買いたいなって思えるし、そう思わせてくれるのはすごいことなのかも」


 俺たちは歩きながら、そんな言葉を交わす。


「それで言うなら、柚木もすごいと思うよ」


「急にあたし褒められたんだけど、心当たりないよ?」


 本当にないらしく、柚木はクエスチョンマークを頭の上で踊らせている。

 あのおじさんもそうなんだろうけど、本人ってほんとにそれを何でもなくやってるんだな。


「この前、秋名に誘われて行ったコミマ。いっぱいいたお客さん一人ひとりを丁寧に対応してた。横で見てて、すごいなって思ったよ」


「……そう、かな。普通だと思うけど」


 戸惑うような声だけど、どこか弾んでいるようにも思えた。

 そんな柚木の手がじんわりと熱を帯びた。きゅっと力が入ったのは無意識だろうか。


「それを普通だって言えるところもな」


「……褒め過ぎだよ」


 ぱたぱたと赤くなった自分の顔を手で仰ぐ柚木。俺はそんな彼女を微笑ましく思いながら眺めていた。


 場所を変えて、たこ焼きを食べてしまうことにした。ちょうどよく座れる場所はなかったので、人のいない場所を探してそこで立ち止まる。


 トレイを開くとたこ焼きからほんわりと湯気が上がる。その湯気に乗って、空腹を刺激するいいにおいが届いてきて思わず生唾を飲み込んでしまう。


 さすがにこのままでは食べれないので繋いでいた手は放した。


 たこ焼きには二本の爪楊枝がささっていた。たこ焼きは爪楊枝一本だと上手く食べれないので、基本的には二本使う。とろとろのたこ焼きだとなお食べるのは難しい。


「とろとろだな」


「とろとろだね」


 カリカリではなかった。

 まあ、これはこれで普通に美味しいからいいんだけど。


「先食べなよ」


「いいの?」


「お腹空いてるだろ?」


 俺が言うと、柚木は恥ずかしそうに「もうっ」と呟きながら、二本の爪楊枝でたこ焼きを持ち上げ口に運ぶ。


 たこ焼きって外の生地以上に中身が熱かったりする。口に入れたときにいけるなと思って噛んだ瞬間にめちゃくちゃ熱いことがあって油断ならない。


 柚木ははふはふと舌の上でたこ焼きを転がしながら咀嚼する。ごくりと飲み込み「おいしい!」と素直な感想を漏らした。


「ほら、隆之くんも食べなよ。あーん」


「あーん!?」


 柚木がたこ焼きをさっきと同じように持ち上げて、トレイごと俺の方に差し出してくる。


「ほら、早く食べてくれないと落ちちゃうから!」


「自分で食べるけど……」


「いちいち渡したりするの面倒でしょ。ほら、いいから。あたしは全然気にしないから」


「俺は気にするんだが」


 そうは言っても折れない柚木。結局こっちが先に折れることになった。諦めた俺は差し出されたたこ焼きを口にする。


 ほんのり熱い生地の中から熱々の中身が飛び出してくる。


 けど、これは美味い。


「うまッ」


「でしょ? これは当たりだよねー」


 嬉しそうに呟きながら、柚木は二つ目のたこ焼きを口にする。なんの躊躇いもなく。


 仲のいい男子も多いし、こういう機会とか結構あるのかな。

 柚木は間接キスとか気にならないらしい。


 意識してるのがこっちだけだと思うと、ちょっとバカバカしくなるな。


 俺も気にしないようにしよ。

 そんなこと考えてる時点で、もう気にしちゃってるようなもんだけど。

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