第138話 妹と妹と兄と姉⑤
施設に到着した俺たちは精算を済ます。招待券といっても割引券なので料金は発生するのだ。
「陽菜乃さんはななちゃんの分も払ってるよ。いいお姉ちゃんだね?」
「遠回しに言ってるつもりか?」
「うん」
素直に頷くな。
遠回りどころかしっかりショートカット使った近道なんだよ。
「子どもじゃないんだから自分で払いなさい、と言いたいところだけど、勉強頑張ってる梨子へのご褒美として、今回は俺が出すことにしよう」
なんて言ってはいるが、母さんから小遣いを貰っているので俺の財布へのダメージはないのだ。
「お兄が素直に出すなんて……なにかおかしい」
怪訝そうに眉をひそめながら呟く梨子。なんで大人しく奢るとそれはそれで疑うんだよ。
「もしかして、あたしにナイショでお母さんに言ってお小遣いとかもらったとか?」
そしてやけに鋭いのほんと困るわ。
ドンピシャで当てられるとこっちもリアクションに困るじゃないか。
まあ、バレたなら仕方ない。ここは正直に白状するとしよう。
「そんな感じだよ。だからもともと出すつもりだった」
「じー」
「そんな恨めしそうな眼差しを兄に向けるんじゃありません」
精算を済ませ、施設内で使えるリストバンドをもらう。
どうやらこのリストバンドで施設内のあらゆる精算が可能であり、最後にまとめてお会計をする仕組みらしい。
便利なもんだ。
「これ、失くしたら終わりだからな。気をつけろよ」
「だいじょうぶだよ」
そうは言うが心配ではある。
梨子はしっかりしているようで、意外と抜けていたりするからな。
普段はそんなことないだろうから、それはつまり気を抜いているということなんだろうけど。
受付からさらに奥へ向かうとエントランスがある。そこから男女別々の更衣室に繋がっているので、ここで一度別れることになる。
「そういえば、今日水着は?」
隣を歩く陽菜乃に訊いてみる。
なんでそんなことわざわざ訊いてくんの? みたいな顔をしながら、陽菜乃は「下に着てきたよ」と答えたのだが、そのときに俺の発言の意図に気づいた。
「さすがに今日はだいじょうぶだよ!」
「……ならいいけど」
顔を赤くしてぷくっと頬を膨らませる陽菜乃を見て、俺はついぷぷっと笑ってしまった。
「ほんと隆之くんはいじわるだよね」
「心配してあげたのに」
「絶対してないよ」
ふんす、と頬を膨らませながら鼻を鳴らす陽菜乃は前を歩く梨子とななちゃんに続いて女子更衣室へ行ってしまう。
一人になった俺はとぼとぼと男子更衣室へと向かうことにした。別に寂しいとかそんなことないんだからね。
更衣室へ入るとロッカーがズラリと並んでいる。どうやらリストバンドがロッカーとリンクしているらしく、解錠施錠もこれで行えるんだとか。
ほんと最近の施設はどこもハイテクだからついていけない。
ほんとにこのリストバンド一つで全てが解決できてしまうのだから恐ろしい。
逆に言えばこれを落とせば全て終わるまである。まじで気をつけないとな。
周りにはそこそこ人がいる。
友達同士で来ている中学生は互いの股間を見比べながらキャッキャと騒いでいた。
最近どこかで見た光景だなと、少し記憶を遡ってみたところ、海に行ったときに樋渡と大学生が同じようなことで盛り上がっていたことを思い出した。
中学生も高校生も大学生も、きっと小学生だって。あんまり変わらないだなとある意味感心してしまう。
そんな人たちもいれば、もちろん家族連れもいる。夏休みの思い出の一ページにワクワクくる無垢な笑顔を浮かべる少年。
俺にもあんな頃があったなと懐かしく思う。
いつしか家族でプールには行かなくなって、こうして友達と来るようになった。
これを成長とするのかはともかく、時間の経過と共に俺の周りも変わっているのは確かだ。
ふと、この楽しい時間はいつまで続くんだろうと考えてしまう。
が、こんな気持ちのままではプールを楽しめないと思い、俺はすぐにそんな考えを振り払った。
下の服を脱ぎ、水着を穿く。もちろん海で着たものと同じだ。上の服を脱いでロッカーに放り込む。
海と違って、上に服を着ている人はあまりいない。休憩中に羽織ったりすることはあるんだろうけど、あまり荷物を増やさないほうがいいようにも思う。
別に取りに来ればいいだろうと、俺はリストバンド以外のものは一度ロッカーに預けることにした。
装備がリストバンドと水着のみとなった俺は更衣室を出てプールエリアに足を踏み入れる。
更衣室との連絡口は男女隣り合っているので、ここで三人の到着を待つことにした。
待つこと五分。
姿は見えないが、入口の奥の方から「わー」という聞き覚えのあるエンジェルボイスが俺の耳に届いた。
声一つで人を幸せにしてしまう天使はどこのどいつだい、とその声の主が正体を現すのを今か今かと待っていると。
「おにーちゃーん!」
と、俺を呼ぶななちゃんが現れた。
桃色のワンピースタイプの水着はところどころにひらひらとしたフリルが施されている。
なにを着ても可愛いことは揺るがないけど、この水着はななちゃんの可愛さに拍車をかけていた。
これが世にいう相乗効果というやつか(多分違う)。
「ななちゃん!」
てててと俺のところに駆け寄ってきたななちゃんは俺に飛びついてきたのでそれを受け止める。
「こら、なな! 走ると危ないよ!」
「陽菜乃さんも走ると危ないですよ!」
ななちゃんを追いかけて陽菜乃と梨子もあとからやってくる。
「おにーちゃん、どう? みずぎかわいい?」
ぱっと俺から離れたななちゃんがくるりと回ってみせる。え、今どきの子ってこんなことしちゃうの?
感想とか求められたら、作文用紙に俺の中にあるあらゆる語彙を用いて感想を綴りたいところだけど、生憎そんな暇はない。
そもそも俺にそんな語彙力はない。
もっというとさすがにそれは気持ち悪い。
「かわいい! 可愛いの世界大会優勝間違いないね! 可愛いという言葉はななちゃんを形容するために作られた言葉なんだろうね!」
「?」
「つまり、めちゃくちゃかわいいってことだよ!」
「ありがとっ!」
ぎゅっと抱きついてくるななちゃん。相変わらずななちゃんの可愛さは俺を縛る鎖から解き放ってくれる。
そのせいで少々……いや、だいぶテンションを狂わされてしまうのが玉に瑕だ。
「隆之くん」
「お兄」
ななちゃんに遅れて二人が到着する。
「これでみんな揃ったな。それじゃあ行こうか」
よっこらしょと立ち上がった俺だけど、二人は慌てたように「ちょっと待って」と声を揃える。
「なにか?」
俺はどうかしたのかなと振り返る。
「一応、わたしたちも水着なんだけど。その、感想とかいただけたらなーって感じでして」
もじもじしながら陽菜乃がちらっと俺を見ながら言ってくるのだが。
「その水着に関しては海のときに感想言ったと思うんだけど」
陽菜乃は海のときと同様に水色のシンプルなビキニだ。あのときも思ったし、今も思っているけど普通に可愛いし似合っている。
けど、それはあのとき伝えたしなとと思う。
俺に語彙力があれば千の言葉を用いてその可愛さを伝えたいところだけど、残念ながら持ち合わせていない。
「あたしは?」
「ん?」
「あたしは初見でしょ?」
陽菜乃に変わって梨子が前に出る。
正確に言えば初見ではない。先日、リビングで着ているところを目撃している。
水色と白の花柄ビキニ。
我が妹ながら容姿に関しては文句なしなので、ビキニももちろん似合っているのだろう。
陽菜乃に比べると胸元が少し寂しいけど、中学生という点を考えれば及第点ではある。
けどなぁ。
だってなぁ。
「妹の水着姿に感想もなにもないだろ」
「元も子もないこと言うなぁ!」
なぜか蹴られた。
その後、陽菜乃と梨子は少しの間不機嫌だった。
やっぱり、女心というのは分からないし、妹心というのも分からない。
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