第137話 妹と妹と兄と姉④
昨夜。
梨子の日にちのリクエストを陽菜乃にラインで送った際、すぐに既読がつき、返事が来るのかと思いきや着信が入った。
突然のことに俺は毎度のごとくスマホを落とす。このとき毎回ベッドの上なのが不幸中の幸いで、今になってもスマホの画面が割れてはいない。
「もしもし?」
この感じは何回経験しても慣れない。
それは陽菜乃も同じなのか、話し方に緊張が伴っているように感じる。
『あ、隆之くん? ごめんね、夜遅くに』
現在の時刻は夜の八時二十五分。夜遅くに、というほどでもないのだが、こちらに対するさり気ない気遣いに感心する。
「いや、それは全然。どうしたの?」
『あ、あのね』
『おねーちゃん! ななも! なーなーもーっ!』
陽菜乃がなにかを話そうとしたとき、後ろからの幼い声がそれをかき消したというか、阻止した。
陽菜乃が家で電話をしていると考えると、その幼い声がななちゃんのものであることは容易に想像できた。
「ななちゃん?」
『そうなの。あのね、えっと』
『ななもおでんわしーたーいーっ』
『ちょっと、なな。いったん落ち着いて。プール連れて行かないよ!』
『……』
聞き分けいいなあ。
陽菜乃に言われたななちゃんは、まるで電源を切ったラジオのようにぴたりと音を発するのを止めた。
『あのね、明日のプールなんだけど、ななも連れて行っていいかな? 準備してるとこ見られちゃって。行くって言ってきかないの』
「ああー、なるほどね」
梨子は小さい子ども、どうだっけな。
なんてことを考えてみたけど、さすがにあのテンションのななちゃんを連れてこないというのは難しいだろうし、可哀想だ。
「梨子には俺から言っておくよ」
『梨子ちゃんが嫌って言うなら連れて行かないから。そのときはちゃんと連絡してね?』
「ああ、了解」
そうして、通話を切った俺は梨子の部屋へと向かう。前回痛い目を見ているので、今回はさすがにノックを忘れない。
中からの返事を待ってから部屋に入る。梨子は勉強机に向かっている。
明日はプールに行くから、今日はいつもより頑張っているようだ。我が妹ながら感心である。
「実はかくかくしかじかで」
先ほどの陽菜乃との会話をそのまま伝えたところ、梨子は表情をぴくりとも変えることなくふんふんと頷いていた。
「そんな感じなんだけど」
「別にいーよ」
「いいのか?」
「あたし、小さい子どもはきらいじゃないもん」
そうなんだ、と俺は小さく言って、その場で陽菜乃にラインを送る。すぐに既読がついて、『ありがとう』というスタンプが届いた。
「勉強しすぎて寝坊するなよ」
「だいじょうぶよ。ばかにしないで」
ふん、と鼻を鳴らして梨子は再び机と向き合ったので、邪魔はしないでおこうと俺は部屋を出た。
翌朝。
梨子は遅刻するほどではなかったものの、予定よりもずっと遅い起床により慌てながら準備することになった。
*
そんなわけで、本日の予定にななちゃんが緊急参戦することとなり、四人でプールへ向かうことになった。
「おねーちゃん、だぁれ?」
「あたしはねー、梨子っていうんだよー」
知らない顔である梨子に興味を示したななちゃんに、梨子はしゃがんでななちゃんに高さを合わせ、でれでれ顔で自己紹介をした。
「りこちゃん!」
「そー、梨子ちゃんだよー」
ぐへへ、とだらしない笑みを浮かべる梨子に若干引いていたのだが。
「どうしたの?」
俺と同じように二人の様子を眺めていた陽菜乃が尋ねてくる。
「いや、梨子がだらしない笑顔浮かべてんなって」
「隆之くんもあんな感じだよ?」
「嘘でしょ」
「ほんとに。兄妹だなぁって実感しちゃった」
俺もあんな感じなのか。
けど仕方ないよな。ななちゃんは地上に舞い降りた天使なんだから。彼女を見て幸せにならない奴は存在しないのだから。
いつまでも駅前にいるわけにもいかず、俺たちは施設に向けて出発する。
梨子とななちゃんが手を繋いで楽しそうに歩いている後ろを、俺と陽菜乃が並んで歩く。
梨子め。
ななちゃんを独り占めしやがって。あいつがいなければ今頃あそこでななちゃんと手を繋いでいたのは俺だったはずなのに。
ななちゃんもななちゃんだよ。
梨子に浮気するなんて、振られた俺はどうしたらいいんだぁぁあああああああああああああ!!!!!!!
「どしたの?」
俺がよほど恨めしそうに前の二人を見ていたからか、陽菜乃が怪訝そうにというか、もはやそれを通り越して心配そうに顔を覗き込んできた。
「……いや、なんでも」
さすがに実の妹に嫉妬していたなんて言えないし、まして浮気をしたななちゃんを責めていたとも言えまい。
俺はだんまりを決め込んだのだが。
「そんなにななと手を繋ぐ梨子ちゃんが羨ましい?」
全部バレバレだった。
なんでなの?
この人エスパーかなにか?
それとも、それだけ俺が分かりやすかったのだろうか。恥ずかしい。もっとポーカーフェイスになりたい。
「いや、そんなんじゃないけど?」
ついつい陽菜乃とは反対側の青空へ視線を逸らしながら誤魔化すように言ってしまったが、これはもう自白したようなものだな。
自分の分かりやすさが嫌になる。
「隆之くんってたまに嘘つくの下手くそだよね」
俺もそう思う。
がっくりと項垂れていると、陽菜乃はどうしたものかと視線をきょろきょろ泳がせながら、思いついたように手をぐしぐしと自分の服で拭いた。
そして、照れながらその手をこちらに差し出してくる。
「わたしたちも手を繋ごっか?」
「……いや、それはさすがに恥ずかしいよ」
「ななとは恥ずかしくないのに!?」
なんでなのー!? と陽菜乃は声を荒げる。いや、同年代の女子となにもないところで手を繋ぐとか、普通に恥ずかしいでしょ。
「ななちゃんはまだ子どもだから」
「人生という長い道のりで考えると、わたしだってまだまだ子どもなんですけど?」
「ななちゃんはまだ幼女だから」
「人生という長い道のりで考えると、わたしだってまだギリギリ幼女なんですけど?」
「それはさすがに無理があるだろ」
俺と陽菜乃がはしゃいでいると、さすがに気になったらしい梨子とななちゃんがこちらを振り返る。
「お兄も陽菜乃さんも、イチャついてないでさっさと行くよ」
「い、イチャついて!?」
梨子に言われて、陽菜乃は分かりやすく動揺した。この暑さもあってか、彼女は茹でダコのように顔を真赤にした。
「……イチャついてねえよ」
一応、せめて否定しておこうかなと呟いた俺の言葉は梨子に届くことはなく、夏の暑さに溶けて消えてしまった。
いやぁ、この日差しのせいか顔が熱いよ。ほんとに困ったもんだ。
俺はぱたぱたと手で顔を扇ぎながら二人を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます