第130話 エンジョイSUMMER⑯
一人の時間がきらいだった。
一人でいるよりも、誰かと一緒にいたほうが楽しいから。
だから、自慢というわけではないんだけれど。
あたし、柚木くるみは小さい頃から友達が多かった。
小学生になる前、『一年生になったら』という童謡を聴かされて、あたしは友達を百人作ることを目標にした。
そしてそれは見事に達成された。
同じクラスの子とは全員話した。いろんな話をして、仲良くなった。
クラスが変わるたびにそれを繰り返しているうちに、同じ学年の子はみんな友達になった。
学年が違っても、機会があればとにかく仲良くなろうと話しかけた。
中学生になっても、あたしの気持ちは変わらなかった。
中学生にもなると、やっぱり合う合わないっていうのがあって、あたしは気にならなかったけど相手の人は気にするみたいで、残念だけど仲良くなれない人もいたけれど。
それでも、友達には恵まれた方だと思う。
そんなあたしも高校生になって、友達とは違う特別な関係というものにも興味を抱くようになる。
中学生のときにも、実は興味はあったんだけど口にするのが恥ずかしくて言えなかった。
恋人。
彼氏。
特別な存在。
あたしも誰かを好きになって、その人にもあたしのことを好きになってもらって、そうしてドキドキな毎日を送るんだ。
そう思っていた。
そう願っていた。
『はじめまして。あたし、柚木くるみ。同じクラスだよね? よろしく!』
高校生になって、あたしはまず同じクラスの人と仲良くなろうとした。
そういう目標はあったとしても、友達が多いに越したことはないという考えは変わっていないから。
『あ、いや、僕はこのクラスじゃないんだよ』
入学してすぐのこと。
まだ名前も顔も覚えていないからこういうこともあった。
たまたま教室の中で視界に入った三人の男の子に声をかけたんだけど、そのうちの一人はどうやら他のクラスの生徒だったらしい。
『まあいいや。せっかくだし、お話しようよ。名前は?』
『樋渡優作』
躊躇うように、というか恥ずかしそうに自分の名前を口にした彼はすぐにあたしから視線を逸らした。
これまでいろんな人と話したけど、その中には女の子と話すのが苦手な人もいた。
この人もそんな感じなのかな? とは思いながらも、けれどそのタイプの人が放つ敬遠オーラは感じなかった。
『俺は加藤佑。よろしく』
『おれは平野晋太郎だ』
『優作くん、佑くん、晋太郎くんだね。覚えたよ! あたしのことはくるみでいいからっ!』
それが彼との出会いだ。
端的に結論を言うならば、出会ってから数カ月後。あたしは平野晋太郎くんに告白された。
同じクラスで、たまにお話していた男の子。悪いイメージは一切なくて、良い人なんだろうなとは思っていた。
けど、彼のことを好きだとは感じていなかった。
いろんな男の子と友達として接する時間が長かったから、あたしの中で男の子に対する好意というものが曖昧になっていたのかもしれない。
だから、あたしはその告白を受け入れた。
好きになってから付き合うっていうのは極々普通の流れだと思うけど、付き合ってから少しずつ好きになることだってあるかもしれない。
あたしはその可能性を信じた。
だって。
良い人で、面白くて、楽しいのに特別な好意を抱けていない、そんな自分が怖かったから。
『なあ、くるみ。俺たちももう付き合ってるんだしさ。な? 今日うち、誰もいないんだよ』
『それってどういう意味で? ただのおうちデートのお誘いじゃないよね?』
付き合ってから二週間くらい経った頃だろうか。ずっとそういうことを考えていたのかな、と思うとちょっとだけうんざりした。
そうなんだろうな、と思いながらも一応確認したんだけど。
『まあ、そういう意味だよ。付き合ってるんだから、いいだろ?』
やっぱりそうだった。
『あたしはまだ、そういうのは早いと思う……』
もちろん、恋人になった以上はそういうことをするんだろうなっていうのは思っていた。
これまで体験したことのない経験に対して、怖さがあったのはたしかだ。
けど、それ以上に恥ずかしさみたいな当たり前な理由があって、心の準備がやっぱりできてなくて。
結局、そのときは諦めてもらったんだけど。
彼は諦めきれなかったみたいで、それからも何度も何度も交渉というか、提案をされた。
いつまでも断っているのは彼にも悪いだろうと思って、夏休みのある日、あたしは彼を受け入れた。
怖さはあったけど。
恥ずかしかったし、やっぱりちょっと躊躇いはあったけど。
でも、その行為を経験することで、あたしの気持ちは変わるんじゃないかって。
そう思った。
けど。
やっぱり変わらなかった。
一度許したからか、彼はそのあとも味をしめたように何度も何度も誘ってきた。
あたしはあんまりその行為が好きじゃなくて、断ることは多かったんだけど、それじゃ彼は納得しなくなって。
気持ちがすれ違って、あたしたちは友達に戻った。
すれ違って、というよりは。
そもそもあたしと彼の気持ちは交わってすらいなかったんだと思う。同じ方を向いていなかったんだ。
彼と別れたあと、気持ちが楽になって、恋人に対して憧れはあったけど少しの間はこれまで通りでいいかと思っていた。
そんなとき。
あたしは彼に出会ったのだ。
クリスマスの日、男の人にしつこく絡まれていたあたしを、見ず知らずのあたしを彼は助けてくれた。
自分にメリットなんて一つもなかったはずなのに、どころかリスクだけが伴う行動のはずなのに、それでも彼は踏み出してくれたのだ。
彼に手を引かれながら、街の中を駆け回ったとき、あたしの心臓はドキドキしっぱなしだった。
そのときだろう。
あたしが彼に心惹かれたのは。
けど、もう会うことはない。
人が行き交うクリスマスの夜にたまたま偶然巡り合っただけのあたしと彼に二度目はないと、本当にそう思っていたのに。
同じ学校で、しかも同じ学年だったと知ったとき、これまでにない胸の高鳴りを感じた。
運命だと思った。
この人しかいないと思った。
なんとかして、まずは関係を築かなければ。いつもみたいに何でもないように話しかければよかったんだろうけど、失敗が怖くて、あたしは初めて話しかけることを躊躇った。
結局、同じ中学だった秋名梓に仲介してもらって、あたしはようやく彼と出会った。
それからのことは、今でも鮮明に思い出せる。それくらいに、彼との時間はあたしにとっては大切な
「悪いな」
ナンパしてきた男の人たちがライフセーバーの人に連れて行かれて、助けてくれた翔真くんと別れたあたしたちは、みんなのいるところに戻ろうととぼとぼ歩いていた。
そのとき、ふいに彼が口を開いた。
「えっと、なにが?」
あたしは本当になんのことか分からなくて、そう訊き返してしまう。
彼の行動を思い返してみても、悪かったことなんて一つだってなかったはずなのに。
なにを謝っているんだろう。
「いや、助けに入ったのに結局なにもできなかったから。財津が来なかったら、俺は柚木を助けられなかった」
すっと目を細めて、あたしに見られたくなかったのか顔を背けながら彼はそんなことを言った。
そんな彼を見て、あたしの胸はきゅっと痛くなる。
「あの男たちを倒せるくらい強かったら良かったんだけど」
「そんなことないよ」
彼の言葉を遮るように、あたしは言った。ちょっとだけ語気が強くなってしまったことを申し訳なく思う。
それに驚いて、隆之くんはこちらを見た。
「あのとき隆之くんが来てくれなかったら、そもそもあたしはあの人たちに連れて行かれてたんだよ? 翔真くんが来てくれて助かったのはそうかもしれないけど、隆之くんがなにもできなかったって思うのは違うよ! 自分よりも強そうな人たちなのに、それでも助けようとしてくれたんだよ? 隆之くんはかっこよかったよ! わかる!?」
どうしてだろう。
言っているうちに、涙が頬を伝って地面に落ちる。一度流れ出した涙は止まることはなくて、ボロボロと次々にこぼれていく。
それでもあたしの言葉は止まらなかった。
ありがとうって言いたかっただけなのになぁ。
「わ、分かったから。落ち着けって」
どうどう、と隆之くんはあたしをなだめてくれたけど、一度爆発した感情はどうしても止まらなくて。
あたしはしばらく、溜まっていた恐怖を吐き捨てるように涙を流し続けた。
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