第129話 エンジョイSUMMER⑮
「生意気だねー。ちょっと周りの奴より強いから調子乗ってるのかな?」
「あんまり調子乗ってると痛い目見るけどどうする? 今謝るなら許してあげるよ?」
男二人はもちろんそいつを見ても怯むことはない。どころか、扱いは俺と大差ないくらいだ。
そりゃそうだよな。あったからしたら高校生のガキであることには変わりないわけだし。
でも。
そいつは俺とは違うだろ。
見た目もそうだけどなにより、そいつ――財津翔真はピアスの男が振るった拳を掴んだんだぞ?
「謝るくらいなら出しゃばってねえよ」
俺とは違って、毅然とした態度で立ち向かう財津。信じられない光景を前にして、止まっていた頭がようやく回り始める。
「なんでお前が……?」
ようやく吐けたその言葉に、財津はいつもと変わらない鋭い目つきをこちらに向けてくる。
「ンなことはどうだっていいだろ」
が、それだけを吐き捨ててすぐに男二人に向き直った。俺に構っている余裕なんてないのだろう。
その証拠に、澄ました顔こそ作っているが財津の表情には余裕がない。じっと見ているとその緊張感がひしひしと伝わってくる。
確かに問題はそんなことじゃないな。
この場をどう乗り切るかだ。
「じゃあ、調子に乗ってるボクちゃんをボコりまーす」
ピアスの男が一歩前に出る。
財津は喧嘩が強いのだろうか。
嫌な性格してるだけで、暴力を振るわれたわけではないから、そこは不明瞭だ。
リア充グループにいる人間は喧嘩が強いという決まりだってない。もしかしたら普通に負けてしまう可能性だってある。
ただ。
財津はさっき、ピアスの男の拳を見切ったんだよな。
少なくとも、俺のように一方的にボコられるという展開にはならなさそうだが。
そんな俺の予想は的中だった。
案の定、財津はピアス男の攻撃を次々に躱していく。ギリギリのところではあるけれど、全部避けているので彼はまだノーダメージだ。
だが。
「オラァ!」
もう一人、長髪の男が参戦し、財津の背中に回し蹴りを喰らわせる。さすがにそれを避けることはできなかったようで財津はよろけながら距離を取る。
「手こずりすぎ。見てらんねえよ」
「悪いな」
「……ガキ一人に二人がかりとか、卑怯とか思わないのかよ?」
財津は口角を上げながらあざ笑うように言ったが、二人は「全然」とか「むしろ正攻法だろ」と気にしていない様子だ。
二対一。
これじゃあ勝ち目はない。
俺も財津に加勢するしかないか。助けになれるとは思えないが、一人よりはマシだろう。
そう思い、財津の隣に立ったが。
「なにしてンだ?」
「あ? 加勢だけど?」
つっかかってきたのはまさかの財津で、こちらを挑発するように言ってきた財津に合わせたテンションで返してしまう。
「お前がいたところで足しになんねえっつーの。むしろ足手まといだ」
「……いや、それは、まあ」
言い返せないのが悔しいけど、財津の言うことは尤もだ。じゃあどうしろと言うんだって話だけど。
そこでうずくまりながらお前らの喧嘩見とけっていうのか? 二人がかりで来られたらさすがに勝てないだろうし、そうなると結局なにも変わらないじゃないか。
俺がしがみついてでも奴らの足止めをするとか。俺が囮になってる間になんとかするとか。とにかく俺はボコられる未来しかないな。
「言ってる意味分かんねえか? お前がここにいてできることはないって言ってんだよ。邪魔だから退いてろ」
「……」
今のうちに柚木を連れて逃げろとでも言うのか?
そもそもそれが可能ならば、どれだけ無様で惨めで格好悪くともやってやるけど。
それをあいつらが許してはくれないだろう。
じゃあなんだ?
俺がここにいる意味はない。
ここでできることはない。
つまり、ここでないならできることはあるし、財津は俺にそれを求めてるということか?
ここを移動して、できること。
この事態を解決するために必要なことは……。
「じゃあ、悪いけど任せるわ。俺は怖いから逃げることにする」
「おいおい。せっかく颯爽と駆けつけたのに、女の子置いて逃げんのか?」
ピアスの男が煽ってくる。
暴力抜きの口撃ならば俺だってなんとでもやり過ごすことはできる。
「ええ。痛いの嫌なんで。せっかく助けようと思ったのに、さっきみたいなこと言われたらね。まあ言われた通り役立たずなんで仕方ないですけど」
「ダッセぇなぁ」
「なんとでもどうぞ。結局、人間っていうのは自分が一番可愛いんですよ」
それだけを言い残して、柚木と財津を置いて俺は走り出した。
ちらと後ろを見てみたが、無様に逃げた俺に興味を失ったのか、追いかけてくる様子はなかった。
よかった。
あの二人が見た目通りにバカで。
普通に考えたら分かるだろうに。それとも、冷静さを欠かそうと財津が煽ったりしたのだろうか。
あいつも性格悪いからそういうのは得意そうだしな。その辺は、俺と似てるかもしれない。
つまり、どういうことかと言うと。
簡潔に端的に言うならば、俺はライフセーバーのお兄さんに助けを求めに向かっている。
格好悪いって?
みっともないって?
それで友達を助けることができるなら、俺はなにを言われても構わないよ。
*
その後。
駆けつけたライフセーバーのお兄さんによって喧嘩に終止符が打たれ、この問題は解決した。
さすがにライフセーバー相手に喧嘩をしようとは思わなかったのか、到着して注意を受けてからはこれまでの行いが嘘かと思うほどに、随分と大人しかった。
まるでボスにヘマが見つかった子分のような様子だった。
どこかに連れて行かれたから、なにかしらの処置を受けているのかもしれないが、それは俺には分からないことだ。
ともあれ。
そんなわけでようやく解放されたわけだが。
「なんで助けに来てくれたんだ?」
俺が逃げてから数発は喰らったのか、財津はところどころ傷ができていた。
俺の質問に、財津は立ち上がりながらこちらを睨む。
「勘違いすんな。別にお前を助けたわけじゃねえ」
そして、言いながら財津は柚木の方を見た。それで言いたいことは何となく理解する。
「ありがとう、翔真くん」
ぺこり、と柚木は深々と頭を下げる。
やはりというかなんというか、二人は知り合いということなのだろう。
財津はこんなだけどクラスカーストトップにいた男だし、柚木は柚木で誰とでも仲良くなるコミュ力お化け女子だ。
二人の間に何かしらの接点があってもおかしくはない。
「……ああ。まあ、無事でよかったよ」
「本当に助かった。ありがとう」
俺も頭を下げる。
「お前はついでだよ」
そう言われても、頭は上げない。ちゃんと言うべきことは言わないといけないし、伝えるべきことは伝えないといけない。
「それでもだ」
「……」
財津が来ていなかったら、きっと俺たちはどうしようもなかっただろう。
今頃、想像もしたくないような不幸に見舞われていたかもしれない。
返事がないので、俺はゆっくりと顔を上げていく。
俺にお礼を言われて、財津はバツが悪そうに頭を掻いていた。
そのときだ。
「おーい、翔真! なにしてんだー? みんなもう行っちまうぞー」
少し離れたところから、財津の友達らしき人影がこちらに呼びかけてくる。
「あー、もう戻るわ!」
財津も大きな声で返して、もう一度だけこちらを振り返った。
「せっかくの海で見たくもねえ顔見ちまった。もう二度とごめんだぜ」
ピクリとも笑わずに真顔でそんなことを言うと、本気か冗談か判断に悩んでしまうじゃないか。
まあ、本気だろうけど。
「……そうか。それは残念だ」
恋愛が絡んで、俺と財津はあまりいい関係を築くことはできなかったし、きっとこれからもそれは変わらないだろう。
仲良くなんてなれないし、仲良くなんてなろうとも思わない。
けど、やっぱり、そんなに悪い奴ではないんだろうな。
なんて、そんなことを思う。
歩いて行ってしまおうとする財津の名前を呼ぶと、ピタリと足を止めて、興味なさげな顔でこちらを振り返ってきた。
これ以上、感謝の言葉を並べても多分あっちも気持ち悪がるだけだろうし、だったら精一杯の感謝の気持ちを込めて会話をしよう。
「もう演技はいいのか?」
財津がこれまでずっと被っていた仮面。続けてきた演技。クラスの人気者であるための努力。
柚木と話したところを見ても、彼が良いやつを演じようとしていないのは分かった。
「誰かさんのせいで本性バレちまったからな」
鋭い目つきでこちらを睨みながら財津は言う。けれど、不思議とそこに敵意は感じなかった。
だから俺はもう一言だけ返してやることにした。
「自業自得だろ?」
今度はからかうように笑って、精一杯厭味ったらしく言ってやる。
すると財津はおかしそうにハッと笑って。
「……うるせえよ」
小さく吐き捨てて、行ってしまった。
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