第128話 エンジョイSUMMER⑭
樋渡と別れてコンクリートの道を歩きながら、海の方を見渡す。
少しでも早く進みたい気持ちを抑えて、ここはじっくりと間違い探しをするように眺める。
似たような人がいて、思わず体がそちらへ向かおうとするけどよく見たら違って、ということが何度かあった。
しかし、やはり。
柚木の姿は見当たらなくて、俺の中の焦燥感は膨らむ一方だ。
「……いないな」
俺の考えすぎだったかな。
もしかしたら散歩の先でまた一組の友達と遭遇して、盛り上がっているだけかもしれない。
どうしてこんなに不安になるんだろう。
この程度、席を外すくらいきっと普通のことなのに。これまでこういう経験がないから、だから危険な目に遭っているのではないかと不安になるのか。
柚木の様子がおかしかったのはいつからだ?
海に来たときは普通だった。
日焼け止めを塗らされたときもいつもと変わらなかったと思う。
一組から戻ってきたとき?
その後くらいか?
彼女の中でなにがあって、なにを考えていたのかは分からないけれど。
仮に事件に巻き込まれていなくても、思い詰めて変な行動を取っていなければいいが。
たまたま柚木を見かけて。
樋渡と合流して、そのときあいつが『志摩が変に心配してさ』なんて笑いながら言って。
心配ないのに、と柚木にも笑われて。
それでいいんだけど。
それならいいんだけど。
「……あの、ほんとに、やめて……」
どうして、そう上手くいかないんだろうか。
と、俺は思わず息を吐く。
これは柚木を見つけたことに対する安堵の息か。
それとも現在進行系で起こっている面倒事に対する溜息か。
そんなの、どっちでもよかった。
俺はビーチサンダルをペタペタ鳴らしながら走る。
相手は男二人。
一人はきらりとピアスを光らせる金髪の男で、もう一人は長い金髪を揺らす男。
いずれにも共通して言えることはガタイが良くて強そうでとにかく怖いということだ。
もしもケンカに発展した場合、五秒と経たずにノックアウトは免れないだろう。
話し合いで穏便に事が済めばいいんだけど、そうなるだろうと思わせない雰囲気が彼らにはあった。
そういえば、と俺は去年のクリスマスのことを思い出す。
思えばあれが俺と柚木の出会いだった。偶然の出会い。あれがなければ今の俺たちの関係はなかっただろう。
あのときも、柚木くるみはナンパされてたなあ。
俺が柚木を心配していたのは、もしかしたら無意識のうちにそのときのことを思い出していたのかもしれないな。
あのときはクリスマスの人混みに紛れるという形で何とか追手を撒いて事なきを得たけれど、結局話し合いでは解決していない。
めちゃくちゃ追いかけ回された。
今回も人はいるけど、人混みというほどに密集はしてないから紛れるのは難しいだろうし、逃げ切るのは厳しそうだ。
「あの!」
こちらがビビっていると分かれば相手は強く出てくるに違いない。そもそも強く出てくるだろうから、せめて平然を装って俺は声を出した。
もちろん、内心はビクビクである。
「ああ?」
「なんだ、お前?」
俺の声は無事二人に届いてしまったらしく、男二人はこちらを振り返り鋭い目つきで睨んでくる。
「その子、嫌がってると思うんですけど」
平然を装え。
怖くないと態度で示せ。
自分に何度もそう言い聞かせながら俺は言う。声が震えないようにするので精一杯だけど、そんな素振りは決して見せてはならない。
お前らなんか全然怖くないぞ。
そういう態度で常にいろ。
「……たか、ゆ……くん……」
涙目の柚木の顔が男二人の間から僅かに見える。少し風が吹いただけでかき消されそうなほどにか細い声で彼女は俺の名前を呼んだ。
「ん? 知り合い?」
「お友達かなー?」
俺と柚木の顔を交互に見ながら二人は余裕たっぷりに言ってくる。
高校生ではないけれど、大人というほど大人びても見えない。おそらく大学生だと思うけど、俺にとっては十分に分が悪い。
歳上というだけでもしんどいのに相手は俺よりも強そうで、その上人数で負けている。
せめて樋渡がいてくれれば、と思ったけどそれでも数が同じになるだけで不利な状況には変わらない。
つまり現在、絶望的である。
「可愛い女の子の前だからカッコつけたのかな?」
「いいねぇ、青春だねぇ。その甘酸っぱいエピソードに満足して諦めてあげようかね」
お、なんだ。
もしかして話の通じる良い人たちのパターンだったか?
人は見かけによらないパターンのやつか!?
「なんて、言うと思ったかよ! こんな上玉放っておくわけねえだろ!」
ピアスの男がこちらをバカにするように笑いながら大きな声で言う。ですよね、と俺は小さく肩を落とした。
どうやら、話の通じる相手ではないらしい。
となると、強行突破以外に助ける手段はないわけだが。
俺が犠牲になって柚木を逃がす以外の案が思いつかない。
それも、二人の足止めが成功した前提だし、もしも一人逃がしてしまえば意味がない。
いずれにしても俺が痛い目を見ない未来は思いつかない。
力づくとか、そういうのは柄じゃないんだよな。実は力隠してて最強でしたなんてオチももちろんないし。
やっぱり、その案は最終手段だな。
なんとか話し合いで解決できないか、と俺は無理だろうと思いながらも頭を下げる。
「あの、本当にお願いします。彼女を放してあげてください」
俺の言葉を聞いて、二人は「はぁ?」とこちらを完全に舐めきったリアクションを見せる。
ザッ、ザッ、と足音がこちらに近づいてきたので俺はゆっくりと顔を上げた。
「誠意が足りねえよ。お願いするなら頭を地面にこすりつけろ。そしたら考えてやる」
「……」
俺は言われるがままに地面に膝をついた。そんな俺を見て柚木が「隆之くん!」と名前を呼んでくるけど俺は止まらない。
考える必要なんてない。
これで助かるのならプライドなんていくらでも捨ててやる。土下座くらい躊躇いなくやってやるさ。
膝をつき、手をついて、俺はそのまま頭を地面につけた。
「お願いします。彼女を放してあげてください」
僅かな沈黙が起こる。
俺の誠意が届き、彼らの気持ちが変わってくれるのを願う。
頭は上げない。
ただ、彼らの言葉を待った。
「そうだな。言うとおり土下座したんだから、約束守らないとな。こっちもちゃんと考えないとな」
優しい声色だった。
まるでこれまでの悪行をすべて流してしまったような変わりように、俺はゆっくりと顔を上げていく。
「オレはこれでもこういうのに弱いんだよ。初々しい二人に免じてここは引いてあげようかな」
「……本当、ですか?」
顔を上げて、ピアスの男を見る。
さっきまでの迫力はなく、そこには優しさのようなものさえ見えたように思えた。
「そう思うんだけど、どうよ?」
ピアスの男が柚木の近くにいる長髪の男に尋ねる。
すると。
「無理」
端的に即答した。
「だってさ?」
途端に厭らしさ満載な笑顔を向けてきた。このとき、俺は最初からからかわれていたのかと自覚する。
やっぱり、話は通じないようだ。
「おい、もういいだろ。そんな奴ほっといて行くぞ」
「そうだな」
長髪の男が柚木の肩に手を回して、無理やり連れて行こうとする。
「や、やめてっ!」
柚木が必死の思いで抵抗するが、力で勝てるはずもない。彼女の抵抗は虚しく終わってしまう。
もうこうなったら四の五の言ってられない。俺は立ち上がり、彼らに追いつこうと走り出す。
「ちょっと待ッ」
が。
走り出したタイミングで腹部に激しい痛みが起こる。気づいたときには息が止まっていて、次の瞬間には俺は地面に膝をついていた。
「……ゲホ」
ああ、俺はお腹を殴られたんだとようやく理解する。
痛みが激しくて立ち上がれない。表情は歪んだままだが、なんとか顔だけは上げる。
「しつこい男は嫌われるぞ?」
まるで虫けらでも見下ろすようにあざ笑いながらピアスの男が吐き捨てた。
「……それ、は、そっちだろ」
噛み付くように言い返すが、そんな弱者の戯言には耳を傾けず二人は歩いて行く。
ここで倒れて終わりでどうする。
ここで踏ん張らずにいつ踏ん張るんだよ。
立て!
立てよッ!
志摩隆之!!!!
「待てッ」
俺は足に力を入れ、痛みに表情を歪めながら、それでも立ち上がって彼らを追った。
俺の声に後ろを振り返ったピアスの男がさっきと同様に見えもしない拳を振るってくる。
さっきは全く見えなかったけど、今度は意識していただけにかろうじて初動が確認できた。
まあ。
確認できただけなので、これを避けることなんて俺にはできないのだが。
「……ッ」
ダメだと分かっていても、つい反射的に目を瞑ってしまう。
しかし、いつまで経っても拳は飛んでこなくて。
どころか。
「誰だお前」
「こいつの連れか?」
そんな言葉が聞こえてきた。
誰がやってきたんだろう、と俺はゆっくりと目を開けた。
「……お前」
目の前にいた男の姿を見て、俺は思わず言葉を失う。
男二人に言われたことが気に食わなかったのか、心底うざったそうに表情を歪めたそいつは、これでもかと眉間にシワを寄せた顔で二人を睨む。
「はァ?」
なんで、こいつがこんなところに?
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