第127話 エンジョイSUMMER⑬


『俺と付き合ってください!』


 なんで。


 どうしてこんなときに、あのときのことを思い出したんだろう。


 自分でもわからないけれど、自分よりも倍近くある男の人二人に声をかけられたそのとき、あたしはいつかの告白を思い出していた。


 少し考えて、思い至る。


 あたしの体を見る二人の目が、彼によく似ていたからだ。


 男の子なんだし、仕方ないと割り切っているけれど、やっぱりこの目は苦手だ。


「なあなあ、いいだろ?」


 金髪でピアスで、ツリ目の男の人が一歩あたしに詰め寄ってきた。だからそれに合わせるように一歩後ずさったんだけど。


「逃げないでよ」


 長い金髪の男の人が後ろに回ってあたしの退路を断ってしまう。


「……あの、あたし急いでて」


 声が震える。


 なんとか絞りだしたけど、ちゃんと届いたかどうかさえわからないような細くて弱々しい声だった。


「そんな感じじゃなかったでしょ」


「怖がんないでよ。ちょっと楽しいことするだけだからさ」


 二人はあくまでも怪しさ満載の笑顔を崩すことはなくて。あたしにとってはその笑顔がより一層恐怖を感じさせる。


「ね?」


 ピアスの男の人があたしの肩に手を置いた。その瞬間にぞわりと悪寒のようなものが体全体に走って、慌てて振り払う。


「おいおい、振られてんじゃん」


「うっせーな。ちょっと驚いただけだよね?」


「……もう、やめてくだ、さい。人を呼びますよ?」


 震える声で。


 精一杯の強がりを言ってみる。


 人を呼ぶなんて、できることならもうやっている。


 声を絞りだすのがやっとで、とてもじゃないけど誰かに助けを求めることなんてできそうにない。


「そんなこと言わないでさ」


 今度は後ろから両肩に手を置かれる。ぎゅっと肩を掴まれて、あたしは思わず「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。


「絶対楽しいよ。それに、気持ちいいって」


「オレたちに任せておけばいいからさ。行こうぜ?」


「……」


 なんで。


 どうして。


 男の人って、しか考えられないの?


 にしか、女の子を見れないの?


 楽しくお話するだけじゃだめなの?


『なあ、くるみ。俺たちももう付き合ってるんだしさ。な? 今日うち、誰もいないんだよ』


『それってどういう意味で? ただのおうちデートのお誘いじゃないよね?』


 付き合って、まだ一ヶ月も経っていなかったけど、待ちわびていたと言わんばかりに彼は言った。


『まあ、意味だよ。付き合ってるんだから、いいだろ?』


『あたしはまだ、そういうのは早いと思う……』


 なんとかあたしの気持ちを汲んでもらって、その場は収めることができたけれど。


 それは問題の解消じゃなくて。

 問題の先送りでしかなくて。


 どうして、こんなことを思い出したんだろう。


「……やめてよ」


 こぼれ落ちるあたしの言葉は彼らには届かなくて、あたしの気持ちなんてお構いなしに彼らの手はあたしに伸びてくる。



 *



「……柚木、遅くないか?」


 柚木がここを離れてから体感では随分と時間が経っていた。実際はたぶんそこまでなんだろうけど。


 なんとなくざわつく心臓が俺にそう思わせている。

 

 彼女の様子がなんだかおかしいように感じて、一人にしないほうがいいのかなと思ったから一緒に行こうとしたけど拒まれてしまった。

 

 しつこいのも悪いだろうと思い諦めたけど、やっぱり一人にさせるべきじゃなかったか?


「そうか? 散歩してるんならこんなもんだろ」


「いや、でもほら、海っていろいろ物騒だろ?」


「というと?」


 樋渡はまるでピンときていないようなリアクションだった。

 

 普通の人からしたらそんなこと考えもしないのかもしれないが、海に対して偏見を持っている俺としては心配でならない。


 海というのは陽キャの巣窟。

 獲物を狙う肉食動物がうようよとそこら中にいるのだ。

 

「ナンパとか。柚木が一人でいたら声かけられるだろ」


 俺が言うと、樋渡はふむと唸る。

 

「まあ、かけられてもおかしくはないな」


 俺の言葉に、樋渡は唸りながらも一応納得してくれた。


 大丈夫だと思うけど、もし万が一面倒事に巻き込まれていた場合は助けてあげたほうがいいだろうし。


 もし俺の考えすぎで、そんなことにはなっていなければ戻ってくればいいだけだ。

 

「ちょっとそこら辺見てくるわ」


 俺が立ち上がると、樋渡もよっこらしょと立ち上がってこちらを見る。


「じゃあ、僕も行くよ。日向坂たちはここで待っててくれ」


「うん」


「りょー」


 行くか、と言う樋渡と共にとりあえず海の家の方へ向かうことにした。

 確か柚木は海の家に行く的なことを言っていたし、もしかしたらそこでなにか食べているだけの可能性だってある。


 なんてことを考えながら海の家へ向かった。


 海の家に到着した俺たちはぐるっと回って中を探してみたけど、そこに彼女の姿はなかった。


「いないな」


「海の家を出て、どっかに行っちまったのかね。それか、そもそも海の家には来てないか」


 いずれにしても、ここにいないとなると探し出すのは中々に苦労する。

 

 ここから見渡しても、数え切れないだけの人がいる。まるでウォーリーをさがせをしているような気分だ。


 ざっと周辺を見渡してみたけど、柚木の姿はない。


「あいつ小さいからな。こういうとき、人に紛れちまうのかも」


 言いながら、樋渡は「どうする?」とこちらの意見を伺ってくる。


 なにか起こることの方が珍しいだろうし、とりあえず一旦陽菜乃たちのところに戻ってもいいんだけど。


 でも。


 なんか、妙な胸騒ぎがするというか。

 嫌な予感がするというか。


 不慣れな環境と、柚木に感じた違和感が俺の不安感を煽る。

 

「もうちょっと探してみようと思うんだけど」


「そっか。じゃあ手分けするか」


「手分け?」


「ああ。ここから海の方を見ればある程度見渡すことができるだろうし。右と左に別れて探した方が手っ取り早いだろ?」


 確かにそうだ。

 どうしてその考えが浮かばなかったのか不思議に思う。別れた方が効率がいいのは明白なのに。

 

 もしかしたら、知らず知らずのうちに冷静さを欠いていたのかも。


 なにも起きていないのに、おかしな話だ。


「どっちに行く?」


「……どっちでもいいけど。そうだな」


 右か。


 左か。


 どうするか。

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