第126話 エンジョイSUMMER⑫


 三人のところに戻ったあたしは一組の人たちからもらったゼリーを広げる。


 白桃、みかん、グレープ、パイナップル、梨の五種類。


「一組の人たちがおすそ分けしてくれたの。どれがいい?」


 あたしが言うと、みんながううんと悩む。その気持ちはわかる。どれも美味しそうなのだ。


 それもあるけど、それぞれ種類が異なるということはお好みのものが被った場合、どちらか一方は譲る形になってしまう。


 だから、こういうときの選択はあまり好きではない。誰かが悲しむようなことは極力避けたいと思うのはおかしいことではないはずだ。


「悩むな」


 むむ、と悩みながらゼリーをまじまじと睨む隆之くんを見る。こんなことでも真剣に悩んでいるところが好きだ。


 そのあと、あたしはちらりと陽菜乃ちゃんに視線を移す。

 どうしようかな、なんて呟きながらゼリーを見ているんだけど、時折ちらと視線が隣にいる隆之くんに向かう。


 そういうところを見ると、やっぱり彼女は隆之くんのことが好きなんだなと実感してしまう。


 恋というのは残酷だ。


 好きな人に好きになってもらえることは奇跡に近い。

 フィクションの世界における恋のように、必ず結ばれるエンディングが用意されているわけではないから。


 もし、誰かと好きな人が被ってしまったら。


 それが、あろうことか仲のいい友達だとしたら。


 選ばれなかった方は悲しみ、傷つき、涙を流すに違いない。


 それがあたしだったら、と考えると胸につんとして痛みが走るけれど。


 もしそれが大好きな友達だったら、と考えると胸がきゅっとなる。


 譲りたいけど。


 譲りたくない。


 譲ってほしいけど。


 譲ってほしくない。


 ちぐはぐな感情がいつも、あたしの頭の中をぐるぐると徘徊する。


「決めたか? それじゃあ、せーので指差そうぜ」


 優作くんがそう言うと、みんなそれぞれが頷いて見せる。もちろんあたしも、覚悟を決めてこくりと頷いた。


「いいか? いくぞ、せーの!」


 優作くんの言葉を合図にそれぞれが選んだゼリーを指差した。


 隆之くんはみかん。


 優作くんはグレープ。


 梓は梨。


 陽菜乃ちゃんは白桃。


 あたしも、白桃。


「あ」


 と、声を漏らしたのは陽菜乃ちゃんだ。きっと、あたしと同じで気まずさのようなものを感じたんだと思う。


 あたしと違うのは。


 彼女は優しくて。


 あたしは優しくないところ。


「くるみちゃんも白桃がいいんだ?」


「……うん。陽菜乃ちゃんもなんだね」


 どうしよっか、と言いながら陽菜乃ちゃんはちらとあたしの様子を伺ってくる。


 あーあ。


 本当に、自分の性格の悪さがいやになる。


 けれど。


「……本当に陽菜乃ちゃんは白桃がいい?」


 彼女の目を見ながら言う。


 すると彼女が、


「……わたしは、パイナップルでもだいじょうぶだよ」


 そう口にするのをわかっていながら。


「くるみちゃんが白桃食べて?」


 その優しさはあたしのためであって。


 そうでしかないのに。


 まるで余裕を見せつけられているような気分になって、心の中がざわついてしまう。


 それを自覚したとき、自分の性格の悪さに心底うんざりする。


「いいの? ゆずっちゃって」


「うん。パイナップルも好きだし」


「……そっか」


 ねえ。


 もしもこれがゼリーじゃなくて。


 もしもこれがあなたの大切な人だとしたら。


 それでもあなたは、そうやって笑ってゆずってくれるの?


「……ありがとね、陽菜乃ちゃん」


 後ろめたさとか申し訳なさとか、そんな感情がぐちゃぐちゃになりながら口にした白桃ゼリーは、あまり味がしなかった。



 *



 ゼリーを食べ終えると、少しまったりした空気が流れていた。

 さっきのことがどうしても忘れられなくて、ここにいることに勝手に気まずさを覚えたあたしはゆっくりと立ち上がる。


 そして、本当になんでもないように明るくあろうと意識しながら口を開く。


「ちょっと、海の家の方見に行ってくるね」


 言うことはなんでもよかったけれど、とにかく一人でどこかに行きたかった。


 お手洗い、と言えば陽菜乃ちゃんか梓がついてくると言い出すかもしれなかったから、そんなことを言った。


「俺も行こうか?」


 あたしに気を遣って、隆之くんが立ち上がろうとした。

 二人でゆっくり散歩というのは悪くはないけれど、今のあたしにそんな資格はないように思えて。


 ちょっと、そういう気分になれなかった。


「大丈夫だよ。散歩もしたいから、一人で行くね」


 とにかく一人になりたかった。


 あたしがそう言うと、隆之くんは「それならいいけど」と座り直す。

 けど、その表情は少し複雑で、のどに骨が刺さったときのような気持ち悪さが浮かんでいた。


 ちゃんといつもと変わらないように振る舞っているつもりだけれど、もしかしたら違和感を覚えられたのかも。


 あたしが下手くそなのか。

 隆之くんがすごいのか。


 どっちでもいいことを考えながら、あたしはその場を離れてとりあえず海の家の方へ歩き出す。


 とはいえ、お腹が空いているわけではないし海の家に用事もないので、適当なところで回れ右と進行方向を変えて、ふらふらとあてどなく歩く。


 砂浜から一つ上がったコンクリートの道を歩きながら、広い海を見下ろす。


 本当にいろんな人がいるなあ、と当たり前の感想を今さらながら抱いてしまう。


 あたしたちのように友達同士で遊びに来ている人がいる。

 恋人と二人きりでイチャイチャしている人もいる。

 お父さんに遊んでもらって上機嫌な子どももいる。


 そんな人たちで溢れていた。


「……」


 太陽にじりじりと照らされている中で肌寒さを感じたわけではないけど、なにか一枚羽織ってくればよかったかなと思う。


 水着にサンダルという超軽装。


 この場では当たり前だけど、一人で歩いているとちょっとだけ恥ずかしい。


 隆之くんに可愛いって思ってほしくて、いつもより大胆な水着を選んだのだ。


 慣れない露出度に、実は少しだけどきどきしていた。


「ねえ、お姉さん」


 声がして、知らない声だったけれどあたしはそっちを振り返った。


「一人? 暇してるなら、オレらと一緒に遊ばない?」

「楽しいことしようよ?」


 男の人が二人。

 体は筋肉質で、気持ちあたしの倍くらいあるように感じる。

 金髪。

 ピアス。

 女慣れした笑顔とセリフ。


 ひと目見て、この人たちは苦手だなと思った。


 それと同時に。


「……あの、えっと」


 自分が今置かれている状況の危険さを、このときようやく理解した。

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