第125話 エンジョイSUMMER⑪


「そういや、最近がんばってるみたいじゃない!」

「詳しく教えてよ、くるみ」


 一年生のときに同じクラスだった鮎川遥香と水戸部早姫が詰め寄ってくる。


 あたし、柚木くるみはそれに対して、どうしたものかと苦笑いをしてみせた。


 別に隠すことでもないんだけど、だからといって言いふらすことでもないだろうから。


 少なくとも、こんなビーチのど真ん中でする会話でもないような気はするけれど。

 

「まあ、それはいいんだけど」


 桃色のメッシュを入れたセミロングの女の子が鮎川遥香。みんなからはぱると呼ばれている。


 そして、その隣にいる黒い長髪で左目の泣きぼくろが特徴的な女の子が水戸部早姫。あたしは早姫って呼んでるけど、人によっては彼女を「ミトちゃん」なんて呼んでいたりする。


 二年生になってクラスが別々になってからはあまり話す機会がなかったけど、一年生のときには仲が良かった二人だ。


 一組のみんなも海に来ていると聞いて、顔を見に来たのだ。

 ちなみに一緒に来た優作くんも向こうで友達と他愛ない雑談に花を咲かせている。


 同じタイミングで戻ろうという話はしているので、しばしの間フリータイム。


「それで? あれだよね、たしか去年のクリスマスのときに会ったとかいう」


「そうだよ。隆之くん」


 ぱるは興味津々といった感じで声を弾ませている。


 去年のクリスマス、あたしは隆之くんに出会った。あの頃はまだ同じ学校だってことすら知らなくて、二度と会えないと思っていたけど、だからこそ友達には話してしまった。


 まさか、その後校内で再会するとは思わなかったんだよね……。


「くるみのことだから、グイグイいってるんでしょ?」


 ぱるに対して早姫は落ち着いている。テンションの高いぱるをクールダウンさせるのはいつも早姫の役割だった。


「う、うん。まあ、どうなんだろ」


 あたしなりに、アピールはしているつもりだけど、手応えはあまり感じていない。


 あたしと出会うよりも前に陽菜乃ちゃんとは仲が良くて、彼女に対して特別な感情を抱いているのかと思ったけど……そういうふうにも見えなくて。


「くるみのアプローチで落ちない男子がいるんだね。私も見てみたいよ、そのタカユキくん」


「それはやめて。恥ずかしいし」


 冗談であることは分かっているので、あたしも冗談っぽく返しておく。

 まあ、その隣にいるぱるの「えー、会いたいよー」というのは本気だろうけど。


「でもそうなるとホモを疑うよね。女に興味ないんじゃない?」


「えー、なにそれ引くー」


「……そういうのではないと思うよ」


 優作くんと仲は良いけど、そういうのではないはず。二人を見ていてそう感じるというのもあるけど、そうであって欲しくないという気持ちが半分だ。


 陽菜乃ちゃんを選んで負けてしまうのならば百歩譲って納得できるけど、優作くんに負けるのは納得できないし。


「となると、他に好きな人がいるとか?」


 早姫は鋭い。

 さすが、これまで多くの男を手玉に取ってきただけのことはある。あたしは早姫の彼氏が途絶えたところを見たことがない。


「それはあるかもしれないんだよね」


「え、誰だれ!?」


 あたしの肯定に、ぱるがグイグイと反応してくる。


 けど。


「それはプライバシーもあるから言えないよ」


 クラスの人たちの中にはなんとなく気づいている人もいるだろう。


 でも、あたしの口から広めるようなことじゃない。


「可愛いの? くるみよりいい女?」


「うん。悔しいけどね」


 本音だ。

 陽菜乃ちゃんは本当に可愛い。

 客観的に見て、あたしも別に自分が容姿に恵まれていないとは思っていないけど、それにしても彼女は群を抜いている。


 それだけじゃなくて。


 気さくさも優しさも、奥ゆかしさも面白さも、その他もろもろも兼ね備えている。


 あんな子に勝てるのかな、といつも不安にさせられてしまう。


「そりゃ大変だね。でも、まだ付き合ってはいないんでしょ?」


「そうだね。さすがにそんなことになれば言ってくれるはずだし」


「すでにその子のこと好きなのか」


「それが……わからないんだよね」


 そう言うと、早姫はどういうこと? と眉をしかめる。説明を求められると難しい。


 どう言葉にしようかな、と悩みながらあたしは唸る。


「なんか、アプローチしたときの反応が、そういうリアクションじゃないように見えるんだよね。もっと別のことを気にしてるような」


 心ここにあらず、みたいな感じではない。

 ちゃんと隆之くんの心はあたしの方を向いているのに、けどどうしてかそれがこっちにまで届いていないというか、むしろこっちの気持ちが向こうに届き切っていないというか。


 うん。

 やっぱり説明するのは難しいな。


「……小さいのかしら」


「なにがー?」


「そりゃ男の子のアレよ」


「ああ、ちんちん?」


「真っ昼間だし周りには小さなお子さんもいること忘れないでね!?」


 真面目な表情でなにを言うのかと思えば普通に下ネタだった。

 早姫はそういう方向に対しても躊躇いとかないから、たまに反応に困ってしまう。

 ぱるもノリがいいから、いつもあたしだけ置いてきぼりなんだよね。


「でも付き合うなら大事よ。そういうトコも」


 でしょ? と早姫はあたしの方を見る。大きさとかはどうでもいいけど、意識の一致が大事なのはすごく分かる。

 

「……まあ」


 付き合う前からそういうことを考えるのはやっぱり違うと思うんだよね。


「でも、そういうのは付き合ってからだから」


 それが好きな相手ならば、きっとそう思うはず。思えるはずだ、とあたしは自分に言い聞かせる。


「付き合ってからは思う存分満足いくまでやりたいと?」

「朝までガッツリコースですかね?」


「もーっ! からかわないで!」



 *



 一組の友達と話し終えたあたしたちはお土産を持ってみんなのところへ戻ることにした。


 お土産、といっても買ったものではなく友達にもらった五人分のゼリーだけど。


「結構盛り上がってたね、くるみ」


「まあ。久しぶりに話したからね」


 話した内容が下賤なので、あたしはついつい眉をしかめてしまう。それを察してか、優作くんはそれ以上は触れてこなかった。


「鮎川と水戸部だっけ?」


「そうだよ。優作くんは誰と話してたの?」


「僕は加藤と……平野だよ」


「佑くんと晋太郎くんか」


 優作くんは一瞬言葉を詰まらせたようにしてから吐き出した。それがどういう意味なのかはわかるけど、気にしないでもいいのにと思う。


「三人も仲良いよね?」


「まあな。二年になってからは話す機会も減っちまったけど」


「それはあたしも同じだよ。久しぶりに話すと楽しいよね」


「それな」


 昔話に花を咲かせるのもいいけれど、今の友達もあたしたちにとっては大切だから。


「お、みんな集まってるぞ」


 優作くんが先に気づく。

 あたしも彼に習って見てみると、隆之くんと陽菜乃ちゃん、梓の三人がブルーシートのところでお話していた。


「早く戻ろ」


「そうだな」


 たぶん、友達は多い方だと思う。

 同じクラスの人も、そうでなくても関わりがあれば友達になってきたから。


 でも、ぱると早姫が特別仲良かったように。


 今のあたしにとっては、この四人が大切で特別なお友達。


 いつまでも、こうして仲良くしていたいと思うけれど。


 もしかしたら。


 あたしの選択一つで。


 二度ともとに戻らなくなるかもしれないんだよね。


 前に進むっていうのはそういうことなんだって、ちゃんとわかっている。


 それでも、きっと。


 前に進む足は止められないと思う。

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