第120話 エンジョイSUMMER⑥


 あそこの岩にタッチして先にこっちに戻ってこれた方が勝ちな、というよくありそうな勝負を提案してきた樋渡。


 負けた方は買った方にジュース奢りというペナルティルールつき。

 

 断る理由もないので俺もその勝負に乗って、よーいスタートの合図で同時に出発。


 そもそも運動が特別苦手というわけではない俺だけど、かといってじゃあ得意なのかと言われるとそれはそれでそんなことないわけで。


 水泳だってもちろん中の中、良く言っても中の上であり、得意とする相手には敵わない。


 じゃあ樋渡はどうなのかと言うと、どうせ得意分野で盛大に力の差を見せつけてくるんだろうなと思っていたけど、そんなことなくて至って平凡。


 俺とそんなに変わらない実力だった。


 岩にタッチしたのはギリギリ俺の方が早いかなくらいで、そこから折り返しの際に一度抜かれたけれど、さらに俺が抜き返して見事俺は勝利を勝ち取った。


 いや、俺勝つんかい。


 と、心の中で思いながら樋渡の到着を待つ。といっても、数秒後にはゴールしたんだけど。


「負けたかー。お前結構やるな」


「……平凡レベルだと思うけど。そんなに俺運動ダメと思われてたのか?」


「んー、まあ、得意ってよりは苦手寄りだとは思ってた」


 自分の運動能力を評価するのは非常に難しいと自分でも思う。

 得意か苦手かと言われたらおそらく苦手寄りなんだけど、でも苦手の中では得意寄りというか。


 そんな中途半端な実力なおかげで、こうして棚ぼた展開に遭遇できるわけだが。


「じゃあジュースよろしく」


「しゃあねえな」


 さほど悔しくはないように呟いた樋渡。どころか楽しそうでさえある。

 きっと勝利そのもの自体が目的だったんだろうな。


「だーれだ」


 そんなことを考えていると、突然視界を奪われてしまう。誰かの手が俺の目を覆っているわけだが、果たしてこの手は誰なのかしら。


 なんて、そんなこともはや考える必要さえない。

 この『だーれだ』というゲーム、声で分かってしまうのが難点だと思う。


 声を知らない相手からされれば声が判断材料にならない分考える必要が生まれてくるかと思いきや、それはもう答えすら分からないクソゲーである。


 つまり茶番だな。


「柚木だろ。声でバレバレだ」


「ほんとにあたしでいいの? ファイナルアンサー?」


「ファイナルアンサー」


「間違ってたらどうする?」


「可能な範囲でなんでも言うこときいてやるよ」


「言ったね?」


「負けたら隆之くんは言うことをなんでもきくんだね?」


「ああ。ただし俺が勝ったら逆になんでも言うこときいてもらうぞ?」


「いいよ。それを踏まえて、あたしでファイナルアンサーだね?」


「ファイナルアンサーだ」


 俺が言ったところ、ゆっくりと視界を覆っていた手が離される。さっきまで真っ暗だった中、突然の光に暫し目を開けないでいた。


 後ろを振り返り、ゆっくりと目を開く。


「残念。わたしでした」


「は?」


 後ろにいたのは陽菜乃で、その隣に柚木がいる。

 しまった、嵌められた。

 考えが浅はかだったようだ。この圧倒的不利なルールであそこまで自信満々だった理由はこれか。


 どうして俺はこれを一対一の勝負だと思い込んでいたのか。


 正解は日向坂陽菜乃(CV.柚木くるみ)でした。


「あたしたちの勝ちだから、それぞれの言うことをなんでもきいてね?」


「……ずるくないか?」


「ずるくないよ。作戦だよ」


「ねー?」


 ご機嫌な様子でにこにこ笑い合う陽菜乃と柚木。数でも負けているし、ここでなにを言っても勝てないだろうし、諦めるしかないか。


 無茶なことは言ってこないだろうし。


「ところで隆之くん」


「水着。どうかな?」


 柚木と陽菜乃に言われて、改めて俺は彼女たちの水着に視線を落とす。


 陽菜乃は水色のシンプルビキニ。

 彼女のモデル顔負けのスタイルがこれでもかと強調されている。

 派手な装飾はないけど、だからこそ陽菜乃の魅力が前面に出ていて、彼女に一番似合っている水着を選択したのではないだろうか。


 対して。


 柚木は赤色を基調としたオフショルダーのビキニだ。

 肩紐がないだけでここまで水着はセクシーになるのかと驚かされる。

 体型だけで見れば陽菜乃と比べて劣ってしまう柚木だけど、そこを水着のチョイスでしっかりカバーしていた。


「……よく似合ってると思う、かな」


「ほんとに?」


「良かったぁ」


 不安げに言う陽菜乃と、安堵したように呟く柚木。そのリアクションから、それぞれ水着の評価が気になっていたのだということが伺える。


 それがなんだか照れくさく、俺は後ろで見ていた樋渡にヘルプサインを出すように話を振った。


「似合っているよな?」


「あー、そうだな。でもせっかくだからもっと具体的にどこが良いか志摩の意見を教えてくれないか?」


「お前は敵に回るんじゃねえよ」


「いつから僕が味方だと錯覚していた?」


 真面目な顔で言ってくる。

 え、お前味方じゃなかったの?


「え、ちょっと気になるな。どうなの、隆之くん」


「わたしも、詳細とか教えてくれるなら嬉しいけど?」


「そうだねそうだね。ついでだから私も教えてもらおうか?」


「なんで秋名が参加してくるんだよ」


 いつの間にか陽菜乃、柚木に並んでいた秋名にツッコミを入れると彼女は不服そうに唇を尖らせる。


「志摩は私に対して特別厳しい気がする。もっと優しくあれ」


「そんなつもりはない。あと、詳細を語るつもりもない」


 女子勢からブーイングを受けながら、俺はそれから逃げるように海から出た。


 感想の内容を事細かに言えだと?


 そんなこと言えば絶対にキモいだなんだと言われるのがオチじゃないか。

 

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