第119話 エンジョイSUMMER⑤


「……あっつ」


 俺は一人、更衣室を出て先に海の方へと向かった。だいたいこの辺で、とあらかじめ決めておいたエリアにはまだ女子たちの姿は見えない。


 どうやらまだ時間がかかっているらしい。

 水着は下に着ているらしく、服を脱ぐだけのはずなのにどうしてここまで時間がかかるのだろう。

 さすが女子。時間の使い方が未知数である。


 ちなみに樋渡優作は更衣室にいた大学生と意気投合し盛り上がりだしたので放ってきた。


 なんで誰とでも秒で仲良くなれるんだよ。陽キャすげえなと思う俺であった。


 時刻は八時半を回り、徐々に温度も上がりだす。太陽は昇り、天高くからじりじりと俺たちの肌を焼こうとしていた。


 ここの海はパラソルなどの貸出を行っているらしく、俺は先にそれをレンタルしに向かうことにした。

 たぶん先着順だし、早めに行くに越したことはないだろう。


 海の家の隣にそのレンタルエリアはあり、見てみるとパラソルの他にもブルーシートやいろんな種類の浮き輪、ゴーグルなどだいたいのものは置いてあった。


 水着さえ持ってきていれば最悪ここで全部揃うと思わされる品揃えに俺は感心の声を漏らした。


 まだあまり人はいないらしく、すんなりレンタルの受付を行うことができた。

 他に借りるものが分からないのでとりあえずパラソルとブルーシートを借りる。


 大きなパラソルを抱えてさっきの場所に戻っていると、見知った顔が一つあった。


 他の二人はまだなのか、そいつはぽつりと立っていて、キョロキョロと辺りを見渡している。

 おそらく、俺や樋渡の姿を探しているのだろう。


 探している、ということはまだ樋渡はいないということで、つまりあいつはまだ大学生とウェイウェイしているのだろう。


「お、いた」


 キョロキョロの延長線で俺のことを見つけた秋名が声を漏らす。


「みんなまだだったから、とりあえずパラソルとか借りてこようと思って。荷物置いたりするのにあった方がいいだろ」


 言いながら、俺はパラソルとブルーシートを見せる。

 

「志摩にしては気が利くね」


 くくっと笑う秋名の顔から、視線を下に落としていく。


 先日、秋名と水着を買いに行ったわけでそのときにあれやこれやと試着した水着に意見をした。

 いろいろあって、最終的になにを買ったのかは知らなかったんだよな。


 ということで今この瞬間、初めて秋名の購入した水着を目の当たりにしただが。


「……なにさ?」


「……結局それにしたんだな」


 眉をしかめた秋名が口をへの字に曲げながら言う。その顔は暑さのせいか、わずかに赤い。

 

 秋名が着ていたのは、最初に手に取ったワンピースタイプのもでも、そのあとに試着した青や白の水着でもなくて。


 最後に試着した黒のビキニだった。


 彼女が気にしているように確かに胸こそ小さいけど、水着の仕様なのかちゃんと谷間はあって、それもありスレンダーな秋名の体格が細くて胸もあるように感じ、良く見える。


「まあ。これが一番志摩の反応良かったからね」


「別にそんなつもりはなかったけど」


 というのは嘘で、あくまでも俺個人の意見ならばこの水着が一番秋名に似合っていると思った。


 もちろん何言われるか分からないから伏せておくけど。


「で?」


「ん?」


「女子の水着を見たら感想を述べるのが礼儀だぞ?」


 聞いたことないけどな。

 俺はふむと口元に手を当てながら考える。


 どう伝えようかと言葉を探したけど、どれもしっくりこないというか。だから、たった一言だけ伝えることにした。


「似合っている」


「惚れた?」


 シンプルな感想になにを感じたのかは分からないけど、ニタニタと笑いながらそんなことを言ってきたので。


「惚れかけた」


 と、俺もからかうように言ってやった。

 俺だっていつまでも言われっぱなしではないのだ。こうして言い返せるくらいには成長している。


 俺のリアクションが満足いくものだったのか、秋名は楽しそうに笑ってそれ以上はなにも言ってこなかった。


「みんな来ないし、先にパラソル立てとこか」


「そうだな」


 適当に空いている場所を見つけてパラソルを立てる。そしてそこにブルーシートを敷いて荷物を置いた。


 直射日光を防ぐだけで暑さが変わるのかよと疑問に思っていたけど、パラソルの下と外とでは全然違って驚かされる。


 もはやここから動きたくないまである。


「来ないな」


「そだね」


 俺と秋名はパラソルの下、ブルーシートに座り、残りのメンバーの到着を待つ。


 少しすると、ようやく一人やってきた。


「あれ、他のやつらは?」


 更衣室で大学生と意気投合して盛り上がっていた樋渡がようやく戻ってきた。


 海パンとシャツを羽織っている。ボタンを全部はずしているので、割れた腹筋がちらちらと顔を出している。


 頭にはゴーグルがセットされており、これから泳ぐつもり満々であることが伺える。


「まだー」


 秋名が軽い調子で答える。

 それを聞きながら、樋渡は持っていたカバンをブルーシートの上に置く。


「先泳いできてもいーよ。志摩も行っといで」


「いや、お前だけ置いていくのは」


 さすがに悪いように思う。

 多少の罪悪感を抱きながら言ってみたが、秋名はさほど気にしていない様子で答える。


「ここで三人で待っててもしょうがないでしょ。私にはまだ日焼け止めを塗ったりする作業が残ってるから」


「……秋名もそういうことするんだな」


「私のことなんだと思ってんだ」


 とりあえず毎度の冗談を挟みつつ、せっかくの申し出を断るのも失礼なので俺と樋渡は海に向かうことにした。


 サンダルを脱ぎ、歩き出した俺の隣を樋渡は颯爽と駆け抜けていく。


「ヒャッホーイ!」


 タッタッタッタ。

 パシャパシャ。

 ザバーン!


 と、海に飛び込んでいく樋渡を眺めながら、俺もようやく海に足をつける。

 ひんやり冷たい水が心地良い。


 波打ち際に立っていると、上がってきた波が足を打つ。引いていく際に足回りの砂が巻き込まれていくこの感覚がなぜか好きだった。


 ああ、海だな。


「ほら、なにやってんだよ。志摩も来いよ! 泳ごうぜ!」


「ああ」


 陽菜乃や柚木が到着するまでの間、ハイテンションな樋渡と暫し戯れることにした。

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