第118話 エンジョイSUMMER④


 電車に揺られることおよそ二時間。

 車窓から見える景色は次第に都会から自然の中へと切り替わっていく。

 ビルが見えなくなり、緑が多くなってくると段々と近づいているんだという感覚が強くなる。


 もちろん、それに伴い皆のテンションもさらに上がっていく。


 長めのトンネルに入り、そこを抜けると海が見えてくる。まるでワープホールにでも入ったような気分だ。


「おお」


 俺は車窓から見える壮大な青色に思わず声を漏らした。


「すごいな」


 子供の頃に海へ来たときは車だった。

 だから、こういう感覚は初めてだ。いや、仮に一度経験していたとしても既に記憶の中にはないのだから初めてと変わらないか。


「あ、そうだ。写真撮ろうよ!」


 思いついたように柚木が言うと、向こうに座っていた秋名と樋渡が「お、いいね」とこちらにやってきた。


 柚木がインカメでの撮影体勢に入ると、そこに写ろうとみんなが密集する。


 一番右に柚木。

 その隣に俺、陽菜乃。

 陽菜乃の隣に秋名、そしてひょっこりと入るように樋渡がフレームインする。


 秋名がぎゅうっと詰めてくるせいで俺と陽菜乃の接触面積が増えていく。


「さーせんねー。カメラに入らないもんで」


「そんな押さなくても入るだろうが」


 俺が言うと、チッチッチッとうざったく舌を打つ秋名。


「インカメっていうのはね、この密集具合がいいんだよ。ね、陽菜乃?」


「ど、どうなんだろね」


「ほら見ろ、嫌がってる。嫌がられる俺の気持ちも考えろ」


「嫌とかじゃないよ? ただね、ちょっと恥ずかしいというか照れるというか」


「もー、撮るよー?」


 俺たちがああだこうだと言っていると、しびれを切らした柚木が会話を切るように言ってくる。


 そう言われるとカメラに集中するしかなくなる。せっかくの一枚を、微妙な表情で終わらせたくはないからな。


 どこまでも続くような海をバックに写真を撮った。けど、写っているのはほとんど俺たちで、海はほぼ見えていなかった。


 そんなことをしていると、ついに電車は目的地へと到着した。

 ここに向かうにつれ、車内の人の数は少し増えたけれど、それでも混雑とは言えない程度。


 ゾロゾロと電車から降り、改札を出て歩いていく。アリの行列のように、皆が同じ方向へ進む。


 なんだかんだと時間が経過し、現在の時刻は午前の八時を少し回ったくらい。

 さすがにこの時間に人はいないだろうと思っていたが、ちらほらと泳いでいる人がいる。


「もう泳いでる人がいるぞ」


「ほんとだね。始発かな?」


「元気過ぎない?」


「車かもよ?」


「だとしても何時出発なんだ」


「……普通にこの辺のホテルに泊まってる人じゃないのか?」


 俺と陽菜乃の会話を聞いていた樋渡が呆れたような口調で言ってきた。

 言われてみれば確かにその線が一番濃厚である。


 ここは海以外にも、少し歩けばホテルや海鮮を楽しめる市場なんかもあるらしい。

 他にもいろいろあるとネットで見たけど忘れてしまった。なにせ、今回の目的は海であるからして。


「なんか海のにおいがするね」


「あちぃ」


 俺たちから少し遅れて歩く柚木と秋名も、それぞれ思い思いのことを口にしている。


「樋渡のそれって下は水着なの?」


「いや、違うよ。そんなに着替えに手こずるわけでもないから、到着してから着替えようと思ってた」


 樋渡は短パンに水色のシャツを着ている。言われずとも、水着とは思えない短パンなので分かってはいたけど、もしかしたら俺が知らないだけでそういう水着がある可能性も微かにあったからな。


「日向坂さんは?」


 白のワンピースを着ている彼女はにひひといたずらに笑う。


「下に着てきたよ。梓もそう言ってた」


 そうなのか、と改めて秋名を見る。

 秋名も短パンにシャツを着ており、奇しくも樋渡とおそろコーデになってしまっているが、そこはツッコまないほうがいいだろう。


「わたしたちの水着、楽しみだった?」


 顔を覗き込むように上目遣いを向けられる。ぱちくりと、開いた大きな瞳から俺は視線を逸らす。


 俺だって思春期真っ只中の男子高校生だ。同級生の水着姿にまったく興味がないわけではない。


 どれだけクールを気取ろうとも、結局心の中では煩悩がお祭り騒ぎをしている。


 樋渡が熱く語っていたことにだって、体裁上やれやれというリアクションをしておいたが内心では同意の嵐だった。


 なので、ここでもあくまでも興味はないよというスタンスを貫くべきだと思ったけれど、たまには素直に吐くのも悪くないのかもしれない。


 海を前に、俺の気持ちも開放感に後押しされているのかも。


「そりゃね。楽しみじゃない男なんていないと思うよ」


「素直でよろしい」


 どうやら正解だったらしい。


 そうこうしている間についに目的地に到着する。

 俺たち以外にも人はいて、中にはヒャッホーとさっそく海に走り出し飛び込む輩がいる中で、俺たちは更衣室へ向かうことにした。


「女子は更衣室に向かう必要ないよな?」


「脱ぐだけだけど、荷物の整理とかあるしとりあえず更衣室には行くよ。あとで合流しよ?」


 樋渡の問いかけに柚木が答える。言ってから柚木が陽菜乃や秋名の顔を見ると、二人も異議なしという顔を返していた。


「じゃあ僕らも行こうか」


「ああ」


 ということで、ここで一旦女子とはお別れということになる。俺は樋渡と二人で男子更衣室へと向かう。


 中に入ると数人ちらほらといるだけだった。

 俺らと同じくらいの若者、もう少し上の大学生くらいの人たち、それから子どもと父親の親子と様々だ。


 大学生くらいの人たちはナニが見えても構うもんかと隠すことなくパンツを脱ぎ水着を穿いていた。


 すげえな、大学生。


 などと思いながら、そんな彼らを横目に俺もさっさと着替えることにした。

 もちろん、隠すところは隠してだ。


 少し気になったので樋渡の方を見てみた。


 なにも隠してなかった。


「……お前、恥ずかしくないのか?」


「男同士だし。それに、見られて恥ずかしいようなモノじゃないんでねッ」


 仁王立ち。

 自信満々に胸を張りながら、フルチンの樋渡が言う。やっぱこいつ今日テンションおかしいな。


「……早く着替えろよ」

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