第117話 エンジョイSUMMER③
しかし、なんでこういう座り方をするのだろうか。
普通に考えれば、女子二人が並んで座りつつ俺がその前に座るのがこういうときの定石じゃないの?
そもそもを言えば男女で分かれるべきだと俺は思うがね。
けど、誰の策略かこういう事態に陥ったのでそれはかんがえても仕方ない。恨むなら先に座った秋名と樋渡を恨むべきだ。
「どうしたの?」
「早く座りなよ」
俺の気など知りもしない二人が、不思議そうにこちらを見てくる。
あちらから見ればどうしてか座ろうとしない俺はさそがしおかしい奴だろう。
陽菜乃と柚木は一瞬だけ目を合わせる。
「ほら、どうぞ?」
「座らないの?」
二人ともぽんぽんと自分の隣を叩く。
こんなのもう嫌がらせ以外のなんでもないぞ。困っている俺を見て楽しんでいやがる。
現に、後ろからくすくすと小声で盛り上がる声が二つ聞こえてくるし。
「……」
もしも。
ここで陽菜乃の隣に座ってしまえば、柚木は落ち込むだろう。
逆に柚木の隣に座れば陽菜乃はがっかりするに違いない。
どっちを選んでも、どちらかが悲しんでしまう。
そんな酷な選択を俺にしろと言うのか?
無理だ。
「分かった」
ということで。
俺は秋名と樋渡が座る席を四人がけにして、そちらに座ることにした。
「あーっ」
「えーっ」
後ろから声がしたが今回ばかりは無視させてもらう。
秋名と樋渡の前に座ると、二人はにやにやと楽しそうに笑っていた。
が。
「意気地なしだね、志摩」
「優柔不断な男は嫌われるぜ」
と、辛辣な言葉を浴びせてくる。
なんでこいつら俺にこんな厳しいんだよ。ここは優しく迎え入れてくれるとこだろ。
「どっちを選んでも、どっちかが傷つくんだぞ。そんな選択できるかよ」
もちろん、変な意味でなかったとしても少なからず傷はつく。
どうぞと自分の隣を差し出して、自分ではない方に座られたら、選ばれなかったという事実がきっと噛みついてくるだろうから。
自分よりもあちらの方が好感度高いんだ、的な意味に捉えてしまう。仮にそうでなかったとしても、だ。
「でもよ」
不貞腐れたように俺が言うと、さっきまでの雰囲気を捨て、どこか真面目な空気をまとって樋渡が口を開く。
「もしかしたら、選ばないといけないときが来るかもしれないんだぞ?」
「……どういう意味だよ?」
問い返すと、樋渡はむうと唸る。
「例えばの話だよ。日向坂とくるみとかそういうんじゃなくて、選んだ先で誰かが傷つく選択を強いられるときが来るかもしれないって言ってんの。そのときも、お前は選べないって逃げるのか?」
「そうだぞー。ちなみに、今はどちらかを選ばなかった結果、どちらも傷ついておりますぞ?」
秋名に言われて陽菜乃と柚木の方を見ると、分かりやすくめちゃくちゃに落ち込んでいた。
「……」
「選ばないことが優しさじゃないんだよ。相手のためを思うなら、時には傷つけることを覚悟して選ぶことも仕方ないと思うよ、僕は」
「志摩は優しすぎるんだよね、相手のことを考えすぎ。勝者がいれば敗者もいる。それが当たり前なんだから、誰も傷つかない世界なんてないんだよ」
俺は二人に言われて、小さく溜息をついて立ち上がる。
そんな俺を二人は見上げてきたので、俺は視線を車窓の外に逃がしながら言う。
「このままここにいてお前らの説教を聞いてるのもかったるいから、やっぱりあっちに行く」
すると、二人はまるで俺の考えなどお見通しとでも言うように笑っていやがる。
「そっか。そりゃ残念だ」
「私たち選ばれなかったね」
俺は秋名と樋渡の前を離れて、陽菜乃と柚木のいるところに戻る。それでも、二人は顔を上げることなく落ち込んでいるので、俺は意を決して座ることにした。
ボスン。
俺が座ったことに気づいて、ようやく二人は顔を上げた。
「志摩くん……」
「そっちを選ぶんだ?」
ぽそりと呟いた陽菜乃の声は小さいのに弾んでいて、恨めしそうに言った柚木は俺に半眼を向けてくる。
「三十分後にそっちに移動する。それでいいだろ?」
到着まで、まだまだ先は長い。
選ばないことが優しさではなくて。
選ぶことが厳しさではなくて。
時には相手を傷つけることだってあって。
それを覚悟して受け入れることも、相手を思うということで。
それでも、やっぱり。
今の俺には二人のうちのどちらかを選ぶというのは難しかった。
「仕方ないなあ。今回はそれで許してあげようじゃない」
「そうだね。あんまり迫ると志摩くん困っちゃうだろうし」
けれど。
いつか。
もし、樋渡の言うようにどうしても選ばないといけないときが来たとしたら、逃げることのできない選択を迫られるときが来たとしたら。
来るかもしれない、いつか。
起こるかもしれない、もしも。
そのときは。
迷っても。
苦しんでも。
傷つけてでも。
選ばないといけない。
「十分困ってるけどな」
*
僕が言ったことは間違っていただろうか。
けど、たぶん。
きっと、遠くない未来。
あいつは、そういう場面に直面すると思うから。
『ねえ、優作くん。もしね、好きでもない人から告白されたらどう思う?』
あれは、夏休みに入る前の放課後。
志摩や日向坂が帰り、教室で一人でいたくるみと二人で会話したときのことだ。
『どう思うって言われてもな』
『嬉しい? それとも、うざい?』
『ウザいってことはないだろ。少なくとも、僕は好意を持ってくれたことを嬉しく思うけどね』
『ほんとに?』
『ああ』
『じゃあ、友達に告白されたら付き合おうかなって思う?』
『それは相手次第だと思うよ』
『だよね』
引きつったような笑いを見せたくるみ。けど、ふとその表情が消えて、彼女は俯いた。
『……だと、いいな』
ハッキリとは言わなかった。
けど、そう呟いた横顔は真剣そのもので、揺れる瞳には覚悟の炎が灯っていた。
「どったの?」
僕が横目で志摩やくるみらを見ていると、隣に座っていた秋名がこちらの顔を覗き込んでくる。
「……いや、なんでもない。楽しい一日になればいいなって思ってさ」
切実に思いながら、僕はそう呟いた。
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