第116話 エンジョイSUMMER②
東京にある東京駅は聞くところによると、駅の構内で迷うらしい。
さすがにそんなわけないと思うし、きっと誰かが盛って話しているだけなんだろうけど、そんな話になるくらいには広いことに違いはない。
さすがに東京駅と比較すると規模は全然小さいけど、ここら辺ではこの駅は一番栄えている。
というのも、いくつかの路線が交差しているので人の出入りも激しいのだ。県外に出ようと考えているならばとりあえずここに来れば大丈夫なまである。
夏休みに突入したこの時期、きっとこの場所は通行人で溢れ返っているだろうと考えていたのだが、意外とそうではなかったのは今が早朝だからだろうか。
休日昼頃のこの場所にたまに来ると『人がゴミのようだ』と謳ったどこかの誰かの気持ちが少しだけ分かる。
それくらいに人の数が多いのだ。
そんなことはどうでもよく、俺たちは電車を降りて、これから乗る路線の改札前へ向かう。
広いが故に待ち合わせ場所になりうるスポットもいくつかあるけど、今回は分かりやすく改札前ということになった。
人が行き交う中で知っている顔を見つけられるか心配だったけど、これだけ少ないならば問題ないだろう。
現に。
「おっす」
改札前の柱に背中を預けていた樋渡が、俺たちの顔を見つけて軽く手を挙げながら挨拶してきた。
「おはよー」
「おはよう。随分早いな」
たしか樋渡の家は一番遠かったはずだ。
できるだけ余裕を持って出ることを心掛けている俺よりも早く到着しているとは、果たして何時に起きて何時に出発したのだろうか。
「ああ、まあな。なんか目が覚めちまってさ。家にいてもすることないから出てきたんだ」
「今日という日が楽しみすぎて目が覚めちゃうなんて、優作くんもかわいいとこあるんだね」
柚木がからかうように言う。
しかし樋渡は一切の動揺を見せることなく「まあな」と好青年のような笑いを見せた。
なんだこいつ。
俺ならばあんなこと言われれば間違いなく「そそそそんなことはないぞ!」とミステリ作品の犯人に負けず劣らずの動揺っぷりを発揮するだろうに。
やはりイケメンはリアクションもイケメンだ。
イケメンはイケメンだからイケメンなんだな。自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。
「そんなこと言って、くるみだってその口だろ?」
「あは、ばれちゃった?」
などと、早朝にも関わらず二人はエンジン全開である。いつもならばまだ布団に包まっているであろう時間にそこまでテンション上げれるのは凄いな。
「なんだよ、志摩。テンション低いぞ?」
「そうだぞ。もっとハイになろうぜ、隆之くん!」
「俺が低いんじゃなくて、二人が高いんだよ」
アルコール注入でもしたんじゃないだろうか、とお酒の場で一人だけシラフで取り残された人の気持ちを少しだけ理解してしまう。
しかし、これまでこういう機会はなかったので、テンションの上げ方とかもよく分からないな。
もちろん楽しみである。
ワクワクが止まらない。
でも、そうはならない。
というか、そうはできない。
そうなれたら、きっともっと楽しいんだろうなと思いながら、俺は二人を羨むように眺めていた。
アルコールが人の心を解き放つように、なにかがきっかけで俺の心も解き放たれるかもしれない。
しかし、はしゃいでいる自分はあまり想像できないな。
「おはよ、みんな」
なんてことを考えていると、後ろから元気で明るい声がした。耳にしただけで周囲に花が咲きそうな弾んだ声の持ち主はもはや確認するまでもない。
振り返ると、そこには満面の笑みの陽菜乃とふてぶてしい顔をした秋名が並んでこちらに向かっていた。
陽菜乃はなんとなく想像できたけど、秋名がああなのはなんというか、想像と違った。
どちらかというとハイテンション組の方かと思っていたけど。朝弱いのかね。
「おはよ」
「おっす」
「おはよう」
と、それぞれが挨拶を口にする。全員が集合したということでさっそく改札を通ってホームへ向かう。
グループでこうして歩くときに、五人全員で喋ることもあるけど、何人かに分かれて自然に会話が始まることがある。
今回でいえば、陽菜乃と秋名、それから柚木と女子三人がキャッキャしながら前を歩き、その後ろを男子二人が遅れて進む。
「ついにこの日が来たな」
未だワクワクを放出しっぱなしの樋渡が弾んだ声を漏らす。
「そんなに楽しみだったのか?」
「当たり前だろ。同級生の水着見れるイベントなんて漏れなくウキウキだよ」
そっちかよ。
と、いう俺の心の声が表情に出ていたらしく。
「逆になんでそんな冷静でいられるんだよ」
とか言われた。
「そんなこと言われてもな」
と、俺は頬をぽりぽりと掻いた。
「というか、樋渡くらいになると毎年海に行ったりするんじゃないのか?」
こいつは俺と一緒にいることが多いから忘れそうになるけど、そもそも友達も多いしおモテになるリア充イケメン野郎だ。
同級生どころか、先輩後輩引き連れて海に行くことなど造作もないことだろうに。
「毎年かは分からないけど、まあ海に行く機会はあるよ。でも、何度でも楽しいじゃん?」
「そりゃそうだけど」
毎度初回くらいのテンションなんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、さっきまでと比べて声のボリュームを絞り、ひそひそと耳打ちしてくる。
どうやら女子には聞かれたくない内容らしい。
「しかも、今回はあの日向坂陽菜乃と柚木くるみがいるんだぞ。クラスでも一位二位を争う美少女の水着とか、拝みたくても拝めない奴らなんてごまんといる。金払っても見たいだろうぜ。それを僕たちは無料で見れるんだよ」
秋名さんもいるからね。
忘れないであげてね。
「テンション高くなりすぎて、普段のキャラ忘れてないか? 大丈夫か?」
「ああ。問題ない」
間もなく発車するらしい電車がすでにホームで待機していた。どうやらタイミングが良かったらしい。
俺たちはさっさと電車に乗ってしまう。車内にはやはり人があまりいないようで、今ならば席を選び放題だ。
座席を動かし、四人がけの席を作るがそれでも足りないので、ここは三人と二人に別れるのが妥当だろう。
順当にいけば男女で別れて座ることになるのだろうが。
「じゃあ、僕はこっちで」
「あ、私もそっちー」
なぜか樋渡といつの間にか覚醒していた秋名が先に二人がけの席に座ってしまう。なんの理由があってそっちがいいのか説明してほしい。
「じゃあ、わたしたちはこっちかな」
「そだね。ほら、隆之くんもどうぞ」
陽菜乃と柚木がそれぞれ座り、どちらかの隣に座らなければならない状況に陥ってしまう。
「……あ、ああ」
そういや、この前もなんかこんなことなかったっけ?
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