第113話 もしも、いつか②


 その後も何着か気になったらしい水着を試着しては確認するという作業を繰り返す。


 なんか毎度同じような感想を漏らすのも良くないと思うんだけど、本当にちゃんと似合ってるからそう伝えるしかなかった。


「今までのならどれが一番よかった?」


「今までのなら二番目か、四番目か……」


「なるほどねぇ」


 小さく言いながら、秋名の視線はちらと一つの水着に向かう。

 それを追うと、黒のシンプルなビキニが飾ってあった。なにやら『バンドゥビキニ』と書いてあるがなにがなにやら分からない。

 飾りっ気がないが故に素材の良さが必要になるように思う。


「せっかくだし着てみたらどうだ?」


「いや、私胸ないし」


「いやいや、貧乳様にも大人気って書いてるし」


「どこに書いてんだよそんな煽り文句。クレームぶつけてやんよ」


 もちろん冗談だが。

 しかし、気にはなっているらしいし着ればいいのにとは思う。


「ほら」


 埒が明かないので秋名が見ていた黒のビキニを手に取り、彼女に渡す。

 渋々といった感じで受け取った彼女はようやく諦めたように試着室へと向かってくれた。


 秋名が着替えている間、俺はこれまでと同様に試着室の前で待機する。

 着替え終わったら声をかけられ、カーテンから中を覗き込み感想を漏らす流れだ。


「……」


 男子は基本的に穿くだけなのでさして時間もかからないけど、女子はその点いろいろと時間もかかる。

 俺は壁にもたれかかって、しばしぼーっとしていたのだが。


「あれ、もしかして志摩?」


 声をかけられた。


 こんなところで俺に声をかけてくるような人物はほとんどいない。

 しかも聞き慣れない声ときたもんだから、声だけでは誰だか判断ができない。


 どちら様でしょうか、と声の方を見て、俺は思わず体をこわばらせた。


「……榎坂」


 懐かしい顔に思えないのは、たぶん高校生になって化粧というものを本格的に覚えたからだろう。


 それでも彼女が、榎坂絵梨花だと分かったのは作られた可愛さの中にきちんと名残があったからだ。


「なにしてんの、こんなところで」


 長い髪は以前、黒色だったが今は茶色に染められている。

 スラッとしたボディラインを見せつけるようなタンクトップと短パンのファッションはなんだか意外だった。


 両隣には似たような容姿のギャルAとギャルBがいる。知らない顔なので、高校に入って新しくできた友達だろう。


「まあ、ちょっと付き合いで」


 俺はなんとか詰まりそうになった言葉を吐き出す。


 榎坂絵梨花。

 中学時代に俺が告白した女の子だ。

 仲良くしてくれていると思っていたけど、それらはすべて俺をからかうための嘘で、彼女はただ俺に告白させる遊びをしていただけだった。


 俺にトラウマを植え付けた張本人。


「へー。高校に入って友達できたんだ? 中学でもほとんど一人だったのにね。まあ、どうせ陰キャの友達だろうけどさ」


「……」


 やはり俺を嘲笑うような態度は変わらない。

 教室で話していたときとは百八十度違う態度は、まるで別人ではないかと思わされる。


 告白のあとにこの顔を見せられたときも、最初は脳が理解するのを拒絶していた。


 榎坂と俺を見て、両隣のギャル友が「え、誰?」「絵梨花の友達?」と俺に興味を示す。


「友達じゃないわよこんなやつ。こいつね、中学のときに私に告白してきたの。友達もいない陰キャぼっちのくせにだよ? 無謀過ぎると思わない?」


「えーまじー? ウケるわー」

「夢見すぎー」


「まあ、それも全部私が告白させるために近づいたからなんだけどね。ちょっと優しくしたらすぐ惚れてくるの。ほんっとチョロいわ」


「えー絵梨花それ昔からやってたの?」

「さすがなんですケドー」

 

 榎坂の話にギャル友もゲハゲハと下品に笑う。

 今、こうして見ると本当にどうしてこんな女子を好きになったんだろうと思う。


 俺は榎坂絵梨花に惚れたのではなく、彼女の作り出した理想の女の子に惚れたのだ。

 惚れさせられたのだ。


 思惑通りに。


 本当にバカ野郎だよ。


「お前、今も同じようなことやってんのかよ」


 俺は小さく深呼吸して気持ちを落ち着かせてからそう言った。


「なにか悪い?」


 榎坂はぴくりと眉を動かして、少し低くなった声をこちらに返してくる。

 

「悪いに決まってるだろ。された側の気持ち考えたことあんのか?」


「ないよ。だってそんなん考えるだけ無駄じゃん? 私らがおもしろかったらそれでいいの」


 即答だった。

 本当になんでもないように、目の前にある雑草を踏むような顔で榎坂は言う。

 

「……」


 こちらの意見は聞く耳持たない。

 自分たちさえ良ければそれでいい。

 容姿だけは本当に整っているのが厄介極まりない。


「あんたみたいな奴がいる場所で水着なんか買えないわ。別のとこ行こー?」


 言いたいことを言って、笑うだけ笑って満足したのか、榎坂はギャル友二人を連れて行ってしまった。


 あの調子じゃこれから先も同じようなことを繰り返すのだろう。

 俺のように彼女の作り出した幻想に騙されてしまうバカ野郎が増えてしまうのだ。


 本性を見抜いて、ぎゃふんと言わせる男が現れれば何か変わるかもしれないけど。


 たぶん、騙されるような男を狙ってるだろうから厳しいだろうな。


「……はぁ」


 なにも言えなかった。

 別になにかを言いたかったわけではない。あのときのことについて文句を言うつもりなんて更々ない。


 彼女になにか言って、それで俺の中にある気持ちが楽になるわけではないから。


 植え付けられたトラウマは消えないし、あのとき感じた辛さも悔しさもなくなりはしない。


 ただ。


 改めて本性をむき出しにした状態の榎坂を見ると、彼女ほど性格が歪んでいる女子もそうはいないのかなと少し思う。


 少なくとも、今俺の周りにいる日向坂陽菜乃や柚木くるみ、秋名梓は榎坂とは違うのだと思わせてくれる。


 ん?


 そういえば……。


「……終わった?」


 カーテンから顔だけを出した秋名は、周りに誰もいないことを確認してからそんなことを言った。


「ああ、まあ」


 全部、聞かれてたよな……?

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