第112話 もしも、いつか①


「……なあ」


「ん?」


 俺が声をかけると、秋名梓はこちらを振り返る。

 その顔はいつもとなにも変わらず、まるで学校で並んで廊下を歩いている程度のテンションなのだが。


 今は夏休み。


 もちろんここは学校ではない。

 ちなみにここはイオンモールだ。


 俺、どんだけイオンモール好きなんだよ。いや、どれもこれも俺が主体ではないのだが。


 そう、つまり今回も俺が言い出しっぺではない。


 昨日、秋名から連絡があり、どういう理由かこのイオンモールに呼び出されたのだ。


 特に予定はなかったし、とりあえず来るだけ来てみたけど。


「そろそろなんでここに呼び出されたか教えてくれてもいいだろ」


「私の用事なのにわざわざ遠くまで来させるのは申し訳ないかなって思って、志摩の家の近くにしたんだけど」


「ここを選んだ理由じゃなくて、そもそも俺を呼び出した理由の方を訊いてんだよ」


 ああね、と分かっていただろうに白々しいリアクションをする秋名。


「水着買おうと思ってね。一人で買い物ってつまんないでしょ」


「水着買うって……」


 俺の脳裏に蘇ったのは教室での会話だった。

 俺の水着を買おうという会のとき、たしか秋名は……。


「去年のがあるとか言ってなかったっけ?」


「うん。だと思ったんだけど、昨日確認したらなかったんだよね」


「そんなことある?」


「お母さんに訊いたら、来年はまた新しいの買うから捨てていいよって言ってたらしい。去年の自分を恨んだよ」


 知らんがな。


「というわけさ」


「説明になってないだろ。なんで俺が呼び出された? それこそ、ひな……た坂さんとか柚木の方が適任だろ」


 言うと、にやにや笑いながら秋名が続く。


「残念ながら、二人とも予定があるみたいでさ」


「お前、見た目に反して友達多いんだし、他にもいるだろ」


「いるよ。だから志摩を誘ったんじゃん」


「……」


 ド直球を投げ返されると、それ以上は言えなくなる。


「お前、思ってるより俺のこと好きなのな」


 からかうように言ってやった。

 すると、秋名はこちらをじいっと見てきてにやりと口角を上げる。


「まあね」


 なんつって、なんて言葉が続くのかと思いきやなにもなかったので、俺もリアクションに困ってしまう。


「複数の人と一緒だとさ、周りに気を遣うでしょ? それって結構疲れるじゃん」


「まあ」


 急にどうしたのかと思いながら、とりあえず秋名の話を聞くことにする。


「でも、二人とかで出掛けると変な噂が立つじゃん。女子と二人で出掛けると長くなるし」


「俺と二人だと変な噂が立たないのか?」


「立たないでしょ。立つの?」


「……立たないな」


 立たないと言い切ってしまうのもどうかと思うけど、だからこそ楽な気持ちで接することができるわけでもある。


 これはこれで、存外心地良い関係なのかもしれないな。


「そんなわけで、手軽に誘えて用事が済んだら解散しようぜと気兼ねなく言える志摩が選ばれたのさ」


「なるほどね」


 納得。

 そういうことなら、まあ都合のいい男友達として役割を果たすとするか。


 ただ。

 

「言っとくけど、俺にセンスとか求めるなよ」


「いやいや、期待してるよ」



 *



 水着売り場へやってきたところで、秋名はさっそく水着の物色を始める。

 女物の水着エリアなので離れてしまうと変質者に間違えられる可能性があるので、俺は秋名の近くをしっかりキープする。


「志摩はビキニ好き?」


「ビキニ嫌いな男子はいないと思うけど」


「ふーん」


 言いながら、秋名が選んだのはワンピースタイプの水着だった。

 ふりふりのついた可愛らしいものだ。


「ビキニじゃないのかよ」


「志摩は私のビキニが見たいのかー?」


「いや、流れ的にそうなのかと思っただけで」


「私は胸がぺったんこだからね。セクシーなビキニは似合わないのさ」


 言われて、俺は秋名の胸に視線を落とす。

 夏なので薄着故にスタイルも分かりやすくなる。


 シャツに短パンと、これまたボーイッシュな格好で予想を裏切ってくる。

 タイプ的にはもっと大人しめな服を着ているイメージだった。


 確かに胸は小さい。

 ぺったんこというほどではなく、わずかに膨らみはあるが、貧乳という部類に属するのは明らかだ。


「あんまじろじろ胸見るなよ。発情したらどうすんのさ」


「なんで見られた側が発情するんだよ」


 そういう性癖の人も世の中にはいるだろうけど。え、まさか秋名さんそういうタイプの人なの? と思っていると。


「志摩がだよ」


「俺がかよ。しないわ」


「志摩は巨乳好きだもんね。陽菜乃みたいな」


「別に明確に胸の大きさの好みを考えたことはない。もちろん、あるに越したことはないけどな」


 手にしたワンピースタイプの水着は好みだったのか、秋名はとりあえず試着室に向かい出す。


「別に胸はなくてもスラッとしてるんだからビキニも似合うだろ」


「そんなに私にビキニを着てほしいのかい?」


「そんなことは言ってない」


 ケタケタと笑いながら、秋名は試着室に入っていく。

 しばらく待っていると中から「ちょっと見て」と声がしたので、俺はカーテンを開く。


「ちょいちょいちょい!」


 秋名は慌ててカーテンを隠す。


「え、なに」


「それはこっちのセリフだよ。見てって言ったの!」


「見ようとしたじゃないか」


「カーテンは開けないで。恥ずかしいから」


「お前、羞恥心とかあるんだな」


「てめえ私のことなんだと思ってんだコラオイ」


 冗談はさておき。

 言われたように、俺はカーテンに顔だけを突っ込んで中を見る。

 これ外から見たら絵面大丈夫か? 俺、通報とかされたりしないよな?


「で?」


「ん?」


「どうかって訊いてんの」


 まさか初めて見る同級生の女子の水着が秋名になるとは誰が予想しただろう。


 そう思いながら、水着に着替えた彼女を見てみる。

 黒のワンピースタイプ。胸の辺りと腰回りに大きなフリルがある。


「普通に似合ってると思うけど」


「あそ。じゃあいいや」


 そして追い出される俺。

 扱いが雑いけど、その分こちらもそんな感じでいけるからやっぱり気は楽だ。


 落とせば壊れてしまうガラスのコップじゃなくて、プラスチックのコップのような。


 そんな感じ。

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