第111話 図書館で
図書館はいい。
エアコン効いてるし、静かだし、本もいっぱい置いてある。
とにかく暇でなにもすることがない日は足を運ぶことがたまにある。
今日もこうしてやってきているわけだ。
カリカリとシャーペンを動かし、夏休みの宿題を進めている。
家だとどうしてもやる気が出ないので、こういう場所に移動することで気分を変えるのは有効な手段だ。
まあ。
もちろん俺の自発的な行動ではないのだが。
「ん?」
ちらと前に座って同じように宿題を進めている女の子に視線を向けていると、それに気づいた彼女が不思議そうに見つめ返してくる。
「あ、いや、なんでも」
「なになに? もしかして見惚れてくれてた?」
にひひ、と柚木くるみはいたずらに笑った。
図書室なので、もちろんボリュームは最低限絞っての会話になる。
夏休みだからか、いつもは近所のじいちゃんばあちゃんしかいないここも、それなりに若者の姿が見える。
その分、普段よりはざわざわとしているのだが、これがこの時期の光景なのか、じいちゃんばあちゃんも係の人も『もうこんな時期かぁ』みたいな顔をしてるだけ。
よほどうるさくない限りは会話も許容される雰囲気だ。
「いや、そういうわけじゃなくて」
「そういうわけじゃないのかー」
ちぇー、と柚木は唇を尖らせた。
「こうして誘ってくれて感謝してたんだよ。でないと、一人じゃ確実に手を付けないだろうし」
「隆之くんは最後に慌てるタイプだ?」
「御名答」
しかも挙げ句、間に合わずに先生に怒られた経験もある。
後悔はしてるんだけど、反省はしてないようで、俺は何度も同じ過ちを繰り返してしまうのだ。
「柚木は早めに終わらせるタイプか?」
「まあね。できる限り、だけど」
「それは意外だな」
俺が言うと、柚木は「そうかな?」と首を小さく傾げた。
「友達多いし、予定いっぱいで全然手を付けてなくて最後に慌てて済ましてるイメージ」
「ええー、そんなことないよ」
くすくすと笑いながら柚木はおだやかに否定する。そのまま、「でもね」と言葉を続けた。
「予定はそれなりに入れてるよ。せっかくの夏休みだからね、いろんな思い出作りたいし。だからこそ、空いてるときに進めるのだよ」
「偉いな」
なにこの子、宿題に対する姿勢とか友達多くて予定いっぱいとか、見習うところしかない。
「隆之くんが付き合ってくれたから、宿題は進めれるし隆之くんと会えるしで一石二鳥な一日になったよ。これは感謝だね」
「それはどうも」
そう素直にまっすぐ言われると照れてしまう。俺はそんな感情を悟られないようにぶっきらぼうに言った。
「そろそろ休憩する?」
ぴたりと柚木の手が止まる。
時計を見てみると、ここに到着して宿題を広げてから二時間近く経っていた。
我ながら随分集中したと自画自賛したくなる。
「ちょっと甘いもの食べたくない?」
「頭使ったしな」
「近くにマックあったし、そこ行こ?」
「悪くない提案だな」
そんなわけで、一度広げていた宿題をカバンに戻す。
図書館のいいところは無料だから途中退館が可能なことだ。しかも座れないほどは混み合わないので再び来ても高確率で座れる。
まあ。
マックに行くならそこで宿題を再開すればいいんだけどな。
図書館を出て五分も歩かないうちに目的地に到着する。
さすがに夏休みということもあってか、学生らしき年頃のお客が多い。
「あたし注文しとこうか? 隆之くん、席の確保しててくれる?」
「ああ」
言って、俺はレジの上にある大きなモニターに表示されているメニューを見る。
シェイクか。
ソフトクリームか。
もう少しリッチにフルーリーか。
「バニラシェイクで」
「はーい」
柚木と別れて席の確保に向かう。
小さな子どもも、高校生くらいの人も、あちらこちらで騒いでいるので店内は中々にうるさい。
この騒がしさの中で宿題は無理だな。
図書館様々だわ。
二階はそんな感じなのでもう一階上がってみる。
やはり騒がしさはあるけれど、二階に比べるとマシで、二人席もちらほらと空いているのでここにしようと決める。
柚木にメッセージを送り、適当に二人席に座って彼女を待つこと数分。シェイクが二つ乗ったトレイを持った柚木がやってくる。
「おまたせー」
「悪いな。持たせちゃって」
「気にしないで。あたしが言ったんだし」
言いながら、柚木は俺の向かいの席に腰掛ける。
ちゅう、とシェイクをストローで吸って、ぷはっと気持ちよさそうに口を離した。
「おいしー」
彼女の真似をするように俺もシェイクを一吸い。冷たさと程よい甘さが疲れた脳に染み渡る。
「確かに美味いな」
これまで飲んできたシェイクの中で一番美味しいかもしれない。
シェイクを堪能しながら、柚木がふと思いついたように話を振ってくる。
「夏休み、どこか行った?」
夏休みが始まり、一週間が経ったわけで友達が多いリア充様はさぞかし充実した日々を過ごしていることだろう。
「妹とイオンに買い物行ったくらいかな」
「わぁ、いいお兄ちゃんだ」
「強制的に連れて行かれただけだよ。叶うことなら家に引きこもっていたかった」
「いやいや、それでもだよ。普通は付き合ってあげないでしょ」
どうだろうか。
世の中の兄妹の仲良し度なんて考えたことないな。
周りに弟や妹がいるっていえば陽菜乃くらいだけど、あそこは歳が離れすぎてるしな。
「柚木は一人っ子なのか?」
「うん、そうだよ。だからお兄ちゃんとか憧れるんだよね」
「そうか?」
「よくない? 一緒にお買い物とかしたいじゃん」
「お姉ちゃんの方がいいだろ」
「違うんだよねー。お兄ちゃんがああだこうだ言いながらも結局付き合ってくれるのが萌えるの」
「萌え……」
まさか柚木の口からそんな言葉が飛んでくると思わなくて、俺は言葉を詰まらせてしまう。
「だから、隆之くんの妹ちゃんが羨ましいかな」
にこにこと屈託のない笑みを浮かべている柚木は、きっと本心から言っているのだろう。
俺はななちゃんみたいな妹が欲しいと思ったけど、思えば梨子も昔はああだったわけで。
つまり、いつかはななちゃんも梨子のように生意気な妹になってしまうのだ。
『おにーちゃん! ご飯作ってー!』
ゆさゆさと布団に包まる俺を揺らしながらそんなおねだりをしてくるななちゃん(中学三年生)か。
……アリだな。
「柚木はどこか行ったのか?」
「友達と買い物には行ったけど、まだ夏っぽいことはしてないかな。隆之くんと一緒だね」
ひひひ、と白い歯を見せる柚木。
一緒なのかと言われると雲泥の差があるような。妹と友達だよ。全然違うよ。
「だから、今度の海が楽しみなんだよねー」
「そうだな」
来週に控えた海。
本当に久しぶりなので、あまり表には出さないように心掛けているけどめちゃくちゃ楽しみである。
その後。
シェイクを飲み終えた俺たちは図書館に戻って、もうひと頑張りしてから解散した。
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