第106話 水着を買おう⑤
オシャレな喫茶店でパフェを奢ることで機嫌を直してもらった俺たちは一安心、安堵の息を漏らす。
ジュースを奢ってもらうはずが、パフェを奢ることになるとは。
「それで、水着は買ったのか?」
ようやく雰囲気もおだやかなものに変わってきた頃合いを見て、さすがと言うしかないタイミングで樋渡が切り出す。
「うん。かわいいのあったんだ」
「ね。ちょっと悩んじゃった」
ぱくぱく、とパフェを口に運びながら陽菜乃と柚木がそう言った。
仲良いなぁ。
「ビキニか?」
「それは当日のお楽しみだよ」
「そーそー」
ちぇー、と樋渡はわざとらしく言う。
そのリアクションからして、言われることは分かっていたのだろう。
「隆之くんは海に行くの久しぶりなんだよね?」
笑いもそこそこに柚木がそんなことを訊いてきたので、俺はこくりと頷いた。
すると。
「水着以外にもいろいろ買っておいた方がいいんじゃない?」
「というと?」
海初心者的には水着買っとけばとりあえず入れるのではと思っていたのだが。
「んー、ラッシュガードとか?」
「ラッシュガード?」
なんだそれ。
名前ちょっとカッコいいな。
けど名前に騙されてはいけない。もちろん、なにかから身を守る盾ではないだろう。
「いろいろと用途はあるけど、代表的なものを上げるなら紫外線対策かな」
どうやら太陽から身を守る盾だったらしい。ガードというだけあって、役割はそんな感じっぽい。
「たしかに日焼けは気をつけないと痛い目見るもんな」
普段引きこもり気味な俺は日差しにめっぽう弱い。もはや火傷レベルに日焼けをしてしまう。
「志摩くんはあまり日焼けしてないよね? そういう体質なの?」
「外に出なかっただけだよ」
俺がそう言うと、全員が声を揃えて「あー」と納得の一言を漏らした。
*
その後、ラッシュガードとやらを買ったり、必要になりそうなものを適当に見たり、はたまた全然関係ない買い物を済ましたりして時間が過ぎていく。
気づけば、時刻は午後の七時になっていた。
「結構いたな。どうする、帰るか?」
「そうだねー。家に晩ご飯もあるだろうし」
「だな」
そんな流れになったとき。
スマホが震えていることに気づき見てみると、梨子から着信がきていた。
「ごめん。ちょっと電話」
一言断ると、樋渡が「おう」と反応してくれる。
そこから少し離れて電話に出る。
『おそい』
「仕方ないだろ。それで?」
『ライン見た?』
やや不機嫌なのは俺が電話に出るのが遅かったからか、あるいはそもそも帰りが遅くなっているからか。
どっちだろうか。
「いや、見てないけど。なんかあった?」
『ちょっとお母さんと出掛けてて、そのままご飯食べて帰るからお兄も適当に済ましといて』
「あー、そうなの。分かった」
『それだけ。じゃ』
プツ、と通話が切れる。
どうやら不機嫌な理由は電話に出るのが遅かったかららしい。
せっかくここまで来たわけだし、適当にどこかのお店に入って飯を済ませるか。
ソロ行動が多かった俺からすれば、ぼっち飯なんて造作もない。それはもちろん外食であろうと例外ではない。
そんなわけで三人のところに戻る。
「なんだったんだ?」
「ああ、妹から」
「お前、妹いたのか」
「まあ」
「それで?」
そう訊いてきたのは陽菜乃の方だ。
「ああ。家に晩ご飯ないから適当に済ましといてって電話。だから俺はここに残るよ」
「一人でご飯食べるの?」
有り得ない、とでも言うようなリアクションを柚木が見せる。普段誰かと一緒にいる、人に囲まれていることが当たり前の彼女からすれば信じられないことなのかもしれない。
「そうだけど」
「すごいね」
「普通だと思うけど」
え、そうなの? と柚木は陽菜乃と樋渡の顔を交互に見る。
「んー、牛丼くらいならバイト終わりに食べることもあるけど」
「わたしも一人はちょっとためらうかな」
「だよね!」
よかったー、と柚木が陽菜乃の手を握る。
「僕も残ろうか? 家に連絡すれば別に……」
「いや、いいよ。せっかく家にあるんだから」
「そっか?」
わざわざ付き合わせるのも悪いと思ってしまう。
こういうところで晩飯を食べて帰るのも青春だなと思えるけれど、それはまた別の機会に取っておこう。
「……もうちょっと早かったら家に連絡したんだけど」
残念そうに陽菜乃が言う。
改めて梨子からのラインを見ると一時間ほど前からちょろちょろとメッセージが送られてきていた。
このタイミングで言い出していれば、あるいは違った結果になっていたのかも。
まあ、ラインに気づいていた場合にこのことを言ったかと言われるとそれはどうだろうって感じなんだけど。
「……」
「そういうわけだから、また学校で」
と言って、三人と別れたあと、俺は一人で館内マップを見に行く。
一階には店舗型のお店が幾つか、三階にはフードコートがある。
時間が時間なので、店舗には着々と客が並び始めることだろう。
並ぶのはちょっと面倒だ。
フードコートに行けば席さえ取れればそこで待てるし、提供スピードも店舗に比べると速いイメージ。
はてさて、どうしたものかなと唸っていると。
「隆之くん!」
俺の名前を呼ぶ声がした。
振り返ると、駅へと向かったはずの彼女がそこにいた。
他の二人がいないところを見るに、どうやら一人で戻ってきたらしい。
「どうした?」
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