第105話 水着を買おう④


 驚くべきことに、女子の水着の買い物に俺たちの同行は許されなかった。


 さんざん俺の水着選びを楽しんだのに、こちらは選ぶどころか見ることさえ許されないのか。


 などと、俺はそこまで思ってはいないけれど樋渡がちょっと不満げだった。


 まあ。


 俺も不満ゼロかと言われたらそんなことはないんだが。


 女子と水着と聞けばどきどきするしウハウハにもなる。俺だって思春期の男子高校生なのだ。


『水着の披露は当日のお楽しみということで』


 とだけ言って女子は行ってしまったので、俺と樋渡は二人残されてしまう。


「どうする?」


「オシャレな喫茶店でパフェでも食うか?」


「男二人でパフェはどうなんだ?」


「まー、絵面的にはナシだよなぁ」


 と、そこまで本気でもなかったのか、樋渡も適当につぶやくだけだった。


「男二人だし、ゲーセンでも行って時間潰すか」


「ゲーセンね」


 別の提案をするのも面倒だし、俺は樋渡の提案に乗ることにした。

 一人でゲームセンターに行くことなんてほとんどない。もちろん誰かと行くこともほとんどない。


 なので、俺はあまりゲームセンターというものには来ない。


 以前、陽菜乃とななちゃんと三人で立ち寄ったことがあったけれど、あのとき以来な気がする。


 エスカレーターで移動し、三階にあるゲームセンターへやってきた。

 中はそこそこ広いが、その半分近くをクレーンゲームが占めているのは、こういう複合施設らしいのかもしれない。


「なにするんだ?」


 クレーンゲームの他にも音楽ゲームやシューティングゲーム、コインゲームなど種類はある。


「せっかくだしなんか対戦するか」


「無難だな」


 などと、興味なさげに言いながらも内心ではメラメラと燃えているどうも俺です。


 というのも、友達とこういった場所に来ないのでそういった経験もない。

 なんか、友達と来て対戦を楽しむというのはゲーセンを謳歌しているなって感じがする。


「お、マルオカートあるじゃん。ちょうど誰もいないし、あれでいいか?」


「経験者か?」


「そりゃ未経験ではないけど、アドバンテージ持てるほどじゃないから安心しろ」


「そっち有利じゃない?」


「じゃあなにかフェアなもの選んでいいけど?」


「したことないゲームあんの?」


「……ざっくり見た感じ、だいたいは経験済みだよ」


「じゃあこれでいいよ」


 ということで、レーシングゲームのマルオカートをプレイすることにした。


 スーパーマルオブラザーズというゲームの派生作品で、テレビゲームで出ていた作品がアーケードになって登場したのは知っている。


 さすがにそこまで無知ではない。


 イスに座ってキャラクターを選ぶ。

 知っているだけで詳しいわけではないので、キャラクターもすべてを把握はしていない。


 なので、主役であるマルオを選ぶ。

 オーバーオールにちょび髭、赤い帽子がトレードマークの誰もが知る有名なキャラクターだ。


 樋渡の方を見るとクップァを選択していた。

 俺でも知っている代表キャラクターの一人で、マルオの敵役として登場するトゲトゲの甲羅を背負った怪獣である。


「コースは?」


「どこでもいい」


 おまかせしたところ、適当に選ばれた。かくして、俺と樋渡の真剣勝負が幕を開ける。


「負けたらどうする?」


「ジュース奢るくらいでいいんじゃないか?」


「だな。じゃあそれで」


 3、2、1……GO。


 一斉にキャラクターがスタートした。

 俺と樋渡の勝負といっても二人だけで走るわけではなく、総勢十六名のキャラクターが一緒に走る。

 ただ、俺たち以外はNPCなのでそれほど強くはない。

 スタートから程なくして俺と樋渡が一位争いを始める。


 マルオカートはコース内にあるアイテムボックスを通過することでアイテムを獲得し、相手を妨害するなり自分を強化するなりしてゴールを目指すゲームだ。


 互いにアイテムを駆使し、最終的に先にゴールを通過したのは……。


「……ッ!!!」


「めちゃくちゃ楽しんでんなおい」


 俺は興奮と喜びで、思わずガッツポーズを天に掲げる。

 樋渡が呆れたようなツッコミを入れてきているが、あまり気にしないでおこう。


「シンプルに嬉しい」


「ジュース奢ってもらえるのが?」


「勝負に勝ったのが」


 ジュースというのはおまけみたいなものだ。

 友達がいない俺にとって、誰かとなにかを競い、その上で勝利をするという経験は稀有なことだ。


 だからか、これまでにない興奮を味わっていた。


「勝負しがいあるな。もっかいやるか」


「臨むところだ」


 呆れたようなツッコミをしてきた樋渡ではあったけれど、それでもやはり悔しいは悔しいのか、再戦を申し込んできた。


 もちろん受けて立つのだが、そのとき。


「あのー、私達も一緒にいいですかー?」


 声をかけられ振り返る。

 そこには同い年くらいの女の子が二人いた。


 黒髪の女の子と、金髪の女の子。

 雰囲気で言えば清楚系とギャル系で合わなそうなのに二人はとても仲が良さげだ。


「お兄さん達の勝負見てたら一緒にしたくなっちゃいました」


「勝負しましょ?」


 樋渡はどうか知らないが、少なくとも今の俺はハイになっておりこんな提案を断る理由なんて一つもなかった。


 よくよく考えればやめておくべきだったのに。


「どうする?」


「やったるか」


 ノリノリの樋渡と二人で受けて立つことにした。

 もちろん、めちゃくちゃ盛り上がった。


 盛り上がったんだけど……。



 *



 二回のレースが終わった頃にはそこそこ打ち解けていた俺たちは、そのまま三回目に突入することになった。


 キャラクターを選び、コースを決定し、そしてカウントダウンが始まりスタートする。


「よっしゃいくぜ!」


 こんな大勢でゲームすることなかったし、こんな盛り上がることもなかったし、しかもそこそこ勝てていたので、本当に俺は周りが見えていなかった。


 だから。


「楽しそうだね?」


「わー、ほんとだ。女の子と盛り上がってるね?」


 いつの間にか後ろに立っていた知り合い二人の存在に、今になるまで気づかなかった。


 一体、いつからそこに!?


 と、バトル漫画ばりのリアクションをしたいところだが、レース中に後ろを向いていいものだろうか。


 いやいや。


 せめてどんな顔してるかだけでも確認しておこう。


 ちら、と俺は後ろを振り返る。


「前見ないと危ないよ」

「ほら、ちゃんと集中しないと」


 セリフはどこまでも背中を押すような感じなのに、目が全然笑っていなかった。


 そういえば、さっきから樋渡のやつ全然喋ってないな。


 そう思うと、さっきまできゃっきゃしていた女子二人も急に静かになった気がする。


 まあ。


 かくいう俺も口数減ってるんですが。


「あとでちょっとお話しようか?」


 もちろん、そのレースを最後に俺たちはゲームセンターをあとにするのだった。

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