第104話 水着を買おう③


 かくして、突然始まった志摩隆之の水着選び対決。


 俺と樋渡は二人並んで、陽菜乃と柚木の帰還をただ待っていた。

 その間、俺の心中はざわざわと騒がしくて仕方なかったのだけれど、はじまってしまった以上はもうどうしようもない。


 なるようにしかならない。


 待つこと十分。

 中々に本気な選択をしていたであろう女子二人が戻ってきたところで、回戦の火蓋が切って落とされた。


「どっちから見せる?」


「どっちでもよくない?」


 樋渡の発言に俺が冷たくツッコミを入れたけど、その言葉はまるで届いていないかのようにスルーされた。


「やっぱり先攻が不利だよね?」


「んー、たしかに。どうしても後から出したほうが印象に残りやすいように感じる」


 柚木と陽菜乃が真面目な顔して話し合う。


「でも、先攻で圧倒的センスを見せつけたら、その時点で志摩の心は決まってしまうかもしれないぜ。一概に先攻不利ってこともないと僕は思うよ」


「やっぱりどっちでもいいじゃん」


 またしても俺はスルーされた。

 一応確認したいんだけど、これ俺がメインの会だよね?


 結局、埒が明かないのでじゃんけんをすることになり、陽菜乃が先攻で柚木が後攻となった。


 なんならこれ同時に見せるとかでよかったのでは?

 なんで先攻後攻制度設けたんだよ。


「じゃあ、わたしからね」


 陽菜乃が後ろに隠していた水着をじゃじゃーんとお披露目する。


 青から白へ変わっていくグラデーションカラーの水着。まるで海の景色そのものを想像させるその彩りは派手さこそあるけれど、不思議と悪くないと思わされる。


「どうどう?」


「うん。悪くない」


「え、反応薄くない?」


 俺のリアクションが想像と違ったのか、陽菜乃は不満げな声を漏らした。


「いや、わりと好評価なんだけど」


 ほんとに。

 マジで。


 樋渡の言っていたことではないけれど、水着だからか意外と派手さは気にならない。


「ならもうちょっと好評価っぽいリアクションをしてほしいかも。今の感じ、どっちかというと悪い評価だと思っちゃう」


「やり直すか?」


「うん」


「やり直すってなに?」


 俺の意見は例によってスルーされ、陽菜乃は一度披露した水着を自分の後ろに隠し直す。


「じゃじゃーん! わたしの選んだ水着はこちらでっす!」


 さっきよりもハイテンションに、陽菜乃が先ほどのグラデーションカラーの水着をお披露目する。


 もちろん、さっき以上の感想はないし、なんなら一度拝見してしまっているのでリアクションなんかさっきよりも薄い。


 がッ!


 ここで同じような薄いリアクションをしようものならテイクスリーに突入しかねない。


 なので、ここは流れに乗っておこう。


「うわー! めちゃくちゃ良い!」


「なんかわざとらしいな」


「うん。やらせくさい」


「どうしろって言うんだよ」


 そんな感じで、ひと通り楽しんで納得したらしい陽菜乃のターンは終了となった。


 お次は柚木の番なわけだが。


「わざとらしいリアクションはいらないからね?」


「わざわざ言わなくてもするつもりはなかったよ」


 さっきの今でなにやってもクレームを叩きつけられる気しかしなかったからな。


 くすくすと笑っていた柚木が気を取り直すようにこほんと咳払いをして、隠していた水着を前に出した。


 陽菜乃の派手めなグラデーションカラーに比べると、柚木の水着は若干、いい意味で落ち着いている印象を受ける。


 紺色に近い青色の生地にヤシの木のような影を描いたハワイアンな柄。暗めな色をチョイスしているので、派手な印象は抱かない。

 しかし、それでいて地味な印象を受けないのが不思議なところだ。


「うん。悪くない」


「たしかに悪くないと思ってるリアクションではないね」


「今回はリアクションどうこう言われないように前回と同じ感じにしたんだよ」


「テイクツーいっとくか?」


「勘弁してくれ」


 面白がって樋渡が言うものだから、俺は本気の気持ちを込めてお断りしておいた。


 まあ、柚木の方もそんなつもりはなかったようなので心配いらなかったかな。


「さて」


「では」


「結果発表よろしくお願いします」


 陽菜乃、柚木、樋渡三人の視線が俺に集まる。俺にとって問題なのはここからなんだよなあ。


 どっちを選んでも選ばれなかった方が少なからず残念がるだろうに、どちらを選ばないといけない。


 できることならどっちも買いたいし、どっちも買いたくない。

 でもこの流れで自分で選ぶとも言えない。


 友達同士ってこんなもんなのかな。

 俺が思っているより、ダメージとかないのかも。


 そうだよな。

 水着が選ばれるかどうかで一喜一憂するようなことはないよな。


「そうだな」


 選ぶか。


 選んだものを購入しなければならないのだから、ここはガチでえらばせてもらおう。


 俺の好みに沿っていたのは柚木の方だ。派手ではないけど地味でもないという絶妙なラインを突いてきた。

 しかし、陽菜乃が選んだ水着は派手ではあるけど着るのに躊躇うほどではないちょうどいいチョイスだった。


 両者にはそれぞれ評価すべきポイントがある。


「……」


 むう、と悩んでいると緊張感がこの場を支配する。この空気の中で結果発表をするのは何となく気が引けるが言うしかない。


 意を決して口にする。


「柚木の方で」


 柚木の持つ水着を指差しながら言うと、柚木は手を上げて喜び、陽菜乃はがっくりと肩を落として落ち込んだ。


「日向坂さんの方も良かったし、本当に悩ましい二択だったよ。僅差で柚木だっただけで、両方買うという選択が許されるなら両方買ってたまである」


「じゃあ両方買って?」


「ごめんなさい嘘です」


 さすがに水着を二つ買う余裕は俺の財布にはなかった。大人しく頭を下げると陽菜乃はぷふっと小さく吹き出す。


「冗談だよ。ありがとね」


「……僅差だったのは本当だから」


「うん」


 なんとか俺の水着の購入を済ます。

 時間にすれば三十分もかかっていないのに、めちゃくちゃ疲れた。


 友達と買い物をするって大変なんだな。

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