第102話 水着を買おう①


 期末テストが終わると、あとは残りの日を適当に消化すればいよいよ夏休みが始まる。


 授業はするけれど、夏休みを挟むことを考慮してかがっつりと進めるようなことはせず、その半分近くが教師の雑談で終わることもある。


 答案返却があったけれど、それも上々の結果で終わったので成績表もそれなりのところに落ち着いていることだろう。


 であれば、夏休みの親のご機嫌も上々なのでお小遣いも期待できる。


 今年は例年と異なり、夏休みに予定がある。小遣いなんていくらあってもいいですからね。


 そんな感じで時間が過ぎ、夏休みまで残り数日とあった日のこと。


「僕、今日バイトないんだよ」


 授業と授業の合間の休憩時間に樋渡が俺の席にやってくる。

 たまたま前の席の女子が離れていたので、ナチュラルにそこに腰掛けた。よくもまあ躊躇いなく人様の席に座れるな。


「そうなのか」


 樋渡はわりと多忙だ。

 友達を取っ替え引っ替えして日々遊んでいるようなイメージを持っていたけれど、実際はそうではなく日々アルバイトに勤しんでいる。

 放課後は基本的にシフトを入れているし、土日もだいたいシフトを入れているので友達と遊ぶことはあまりないらしい。


 もちろん、その空き時間を友達と過ごすことは稀にあるそうなんだけど、いつメンの中にたまにゲストとして入るのは少し気が引けるとこの前話していた。


 分かるわぁ。

 出来上がってしまった空気の中で自分はどう振る舞えばいいのか分からないし、気を遣って話しかけられているという状況も申し訳ないし。


 そんなわけで、樋渡は基本ぼっちの俺のところにいるのかもしれない。

 なるほど納得だ。

 なんでこんないいやつが俺と友達やってんのかと思っていたけど、もしかしたらそういう考えがどこかにあったのかも。


「というわけで、今日行くか?」


「ああ。よろしく頼む」


「どこか行くの?」


 俺と樋渡の話を後ろで聞いていたらしい陽菜乃がこちらを覗き込むようにしながら尋ねてきた。


「こいつが水着ないって言うもんだからさ。買いに行くんだよ」


「海に行く機会なんてなかったんだから、水着なんか必要なかったんだよ」


「プールとかあるだろ」


「行かないわ」


 中学時代も特別仲のいい友達がいたわけではない俺はそのときも夏休みにそういったイベントはなかった。


 子供の頃は夏休みに家族で海とかプールも行っていたけど、最近はそういうこともない。


 なので、ここ数年水着を着る機会がなかったわけだ。押し入れの中にまだ水着は入っているだろうけど、もう着れないと思う。


「水着なんて買うことないから、どういうの買えばいいか分からないしさ。樋渡が暇なときに付き合ってくれって話してたんだよ」


「言ってくれればわたし付き合ったのに」


「いや、女子よりは男子のほうが気兼ねせずに済むし」


 俺が言うと、陽菜乃は少しむうっとした顔をしたが、それ以上はなにも言ってこなかった。


「それ、あたしも一緒に行っていい?」


 そんな話をしていると、柚木が割り込んできた。

 梅雨頃から周りは制服が夏服に変わっているが、女子はいろいろと気になるようでスクールベストを着ていることが多いけど、柚木は着てない。


 なので、近くにいるとどきどきしてしまうし、ボタン空けてるせいで鎖骨辺りがちらつき、さらに心拍数を上げさせてくる。


 眩しくて直視できない。


 というのは冗談だけど、視線のやり場に困るのは事実だ。


「いいけど。なんかあんの?」


 樋渡が尋ねる。


「あたしも新しい水着買おうと思って」


「持ってないのか?」


 もしかして仲間かな? と淡い期待を抱いて訊いてみたけど、もちろんそんなことはなかった。


「いやいや。ただ、せっかく海に行くんだし新調しようかなって」


 あの柚木くるみが水着持ってないわけないか。

 毎年のように海にもプールにも行ってるだろうし、なんなら年がら年中ナイトプールにいても不思議じゃない。


「じゃあわたしも行くっ!」


 柚木の提案に乗ってきたのは陽菜乃だ。

 ばっと立ち上がっての主張に、俺たちどころか教室内の注目が集まり、陽菜乃は恥ずかしさに耐えられずすぐに座り直す。


「日向坂も水着買うのか?」


「うん。くるみちゃんも買うみたいだし、わたしもそうするよ」


「そっかそっか」


 くくっと含みのある笑いを見せた樋渡はそれ以上なにも言うことはなかった。


「それじゃあ放課後、みんなで買いに行くか」


「秋名は?」


 ここまでメンツが揃うと、逆に一人いないことに違和感を覚えるというか、誘わないことに罪悪感が浮かび上がるというか。


 いつもならばこういうときには呼ばずとも現れる彼女が、今日はどうしたのだろうかと思ったけど。


「志摩は思ってたより私のこと好きなんだね」


 挨拶代わりの軽口を叩きながら現れた。


「平均よりちょっと高いくらいにはな」


 だからぶっきらぼうに言い返してやったのだが。


「なんだ。やっぱり思ってたより私のこと好きなんだ」


 おかしそうに笑いながら秋名が言う。

 俺の中ではどうなっていると思っていたのだろうか。

 まあ、軽口の延長のようなものだろうし、あまり気にすることもないだろう。


「ところで、さっきの話だけど。せっかくだけど今回はパス。志摩の気持ちだけ受け取っとくよ」


「忙しいの?」


 そう尋ねたのは陽菜乃だ。


「まあね。というか、これからさらに忙しくならないために今から頑張るのさ」


 夏休みの宿題みたいなこと言ってるけど、もちろんまだそんなものは出ていないので別のことだろう。


 秋名は秋名で、なにかと忙しいらしい。


「そういうわけで、みんなで楽しんできて」


「梓、水着あるの?」


「あるよ。去年プール行ったときのね」


「せっかくだし、新しく買えばいいのに」


 陽菜乃にそう言われた秋名が、どうしてか俺の方を見てくる。


「志摩は私の水着興味ないだろうし」


「なんで俺を見る」


「この言葉の意味を理解できない鈍感男に教えてやる答えはないよ」


 なんだそれ。


 もしかしてあれか、私の水着にも興味持てよという拗ね的な?


 なんだ、秋名のやつ。


 思ってたより俺のこと好きなんだな。


 なんて。

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