第99話 雨の日②
席替えがあった。
その日から、俺の後ろの席は日向坂陽菜乃が占拠している。
なんて言うのは少し……というか、だいぶ大袈裟だけど、それでもやっぱり常に彼女の存在を背中に感じる。
席替えをしてから変わったことはいくつかあるけれど、中でも一番変わったと思えるのは昼休みの過ごし方だろうか。
これまで、基本的にぼっち飯を決め込んでいた俺。二年になってからはたまに樋渡と食べることはあったけれど、それでも逆に言えばたまに一人で食べることもあった。
けど。
陽菜乃が後ろの席になったことで、一緒に食べることが増えた。
俺の席を動かして、後ろの陽菜乃の席とくっつけることで食事用のテーブルを完成させる。
「今日の古典は特に眠たかったな」
そんなことを言いながら、巾着を持った樋渡がやってくる。
「福徳、授業つまんないよね」
古典の担当である福徳先生の愚痴をこぼしながら秋名もやってきた。
だいたい、この四人か、あるいは……。
「おじゃまします」
柚木を加えた五人で食べることが多い。
もちろん、陽菜乃も秋名も柚木も樋渡も、別の友達と食べることがあるので絶対というわけではない。
タイミングが重なりに重なれば、もちろんぼっち飯になることもある。
たまには静かに黙々と、というのも悪くないので困ってはいないんだけど。
俺の右隣に樋渡、左隣に柚木。
柚木の隣に秋名。
秋名の隣に陽菜乃が座る。
「今回の古典はまじで厳しいかもしれない」
真面目なトーンで樋渡が言う。
もうすぐ訪れるであろう、期末テストのことを言っているのだろう。
確かに今回の古典はややこしい上に範囲がいやに広い。これはもはや福徳の嫌がらせではないだろうか、と密かに囁かれているほどだ。
「みんなはテスト大丈夫なのか?」
ぱかっと弁当箱を開きながら樋渡が言う。
弁当箱には白米、たまご焼きにウインナー、あとは昨日の夕食の残りらしき食材が詰められている。
相変わらず家庭的なお弁当だ。
「わたしは、古典は大丈夫かな。毎度ながら数学がちょっと不安ってくらい」
陽菜乃はもともと勉強得意だったっけ。数学に少し不安を抱いているくらいだけど、それでもきっと赤点がどうこうのレベルではないだろう。
問題は陽菜乃ではなく。
「私は毎度ながらピンチだよ」
開き直ったように秋名は言う。
こいつ、勉強できそうな見た目してるくせに赤点ギリギリのところで常に戦ってるんだよな。
ほんと、つくづく見た目と中身が合っていない。
「ということで、今回も頼むよセンセー?」
「誰が先生だ」
一年のときに一度勉強を見てから、秋名は度々俺のことを頼るようになった。
どうやら、そのときのテストの点数がよかったらしい。勉強に手応えを感じたのだろう。
「隆之くんは勉強できるんだ?」
そんな俺と秋名のやり取りを見ていた柚木が意外そうな声を漏らす。
「……まあ、勉強できなさそうだから驚くよな」
「そそそそんなことは言ってないよ?」
明らかに動揺した調子で柚木が否定する。
いや、自分でも分かってるからいいんだけどさ。
「くるみはテストどうなの?」
「んー、どうだろ。あたしはいつもテスト一週間前に本気出すタイプだから。そのとき次第?」
テストに挑む姿勢というのは様々だ。
柚木が言うようにテスト期間だけ本気を出すやつがいれば、本当に一夜漬けで挑むバカもいる。
俺はテスト前とか関係なく日頃からそれなりに勉強してるので、テスト前だからと特別気合いを入れたりはしない。陽菜乃もきっとこのタイプだろう。
「お前は?」
樋渡に訊く。
「もちろんギリギリで焦るタイプだよ」
「……スマートに物事こなしそうなのに」
「言っとくけど、得手不得手があるだけだぞ。古典はやばいけど、逆に問題ない教科もある」
まあ、陽菜乃にも数学という苦手分野があるし、俺だって暗記系の教科はあまり得意ではない。
誰にでも得意な教科と苦手な教科はあるものだ。
「秋名って得意な教科あるの?」
「答え分かってて訊いてくんなよ」
予想通りの返事に、俺はついつい笑ってしまった。
*
「雨だ」
ようやく梅雨が落ち着いてきたかと思えば、突然降り出すようなことがあるので油断ならない。
天気予報でも今日は降らないと言っていたのに。最近は予報も信用ならんな。
信じるべきは母だ。
『あ、隆之。今日は傘持ってっときなさい』
家を出るときの会話を思い出す。
『いや、天気予報でも今日は降らないって』
『いいから。備えあればなんとかって言うでしょ』
『お兄。お母さんの言うことは聞いといた方がいいよ』
無条件に母の言うことは受け入れる我が妹、梨子を見習い、俺は渋々傘を持って登校した。
その結果がこれだ。
なんでお母さんってあんなに天気見通す力あんの?
もう天気予報できちゃうんじゃないかと、ついついビジネスチャンスを掴みたくなってしまう。
「お、なんだよ。お前、傘持ってんの?」
教室を出発しようとした俺を見て、驚いたように樋渡が言う。
教室の中を見渡すと、この突然の雨に困り顔の生徒がほとんどだ。
適当に時間を潰すかーという声が聞こえてくる。
「ないのか?」
「まあな」
「入るか?」
男と相合い傘というのも喜ばしくない光景だけど、頑張れば一人分くらいのスペースはあるので、入れてやらないのもどうかと思う。
しかし、俺の提案になにか考える様子を見せた樋渡はかぶりを振った。
「いや、僕はいいよ。今からバイトだし走ってくわ」
「遠慮しなくてもいいぞ?」
「してないよ。その気持ちだけ受け取っとく。他にも困ってるやつがいるかもしれないし、そいつを助けてあげてくれ」
「誰だ?」
「いるかもってだけだよ」
そう言って、樋渡は軽く手を上げて走って教室を出て行く。
バイトがあるらしいので、わりとタイトなスケジュールなのかもしれないな。
「……」
教室内を見渡す。
そこには雨が止むのを待つためにダラダラしている生徒がいるだけだ。
秋名や柚木は部活があるので、そっちに行っているのかすでに姿は見えない。
陽菜乃の姿もなかった。
なので、俺がここにいる理由もない。ということで帰るとしますか。
「……あれ」
昇降口に到着したタイミングで、見知った後ろ姿を見つけた。
靴を履き替えて、雨空をもどかしそうな顔で見上げる彼女に声をかける。
「どうかした?」
俺が声をかけると、彼女はこちらを振り返る。
「し……隆之くん?」
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