第97話 燃えよ体育祭⑦


 陽菜乃ともう一人。

 知らない顔の男子生徒。皆が片付けに精を出しているというのに、こんなところでおサボりするとは何事か。


 と、自分のことを棚に上げながら二人の様子を伺ってみる。

 さすがにここで「おーす、なんだよサボりかぁ?」などと言いながら乱入する陽キャ力は持ち合わせていない。


「お、これはあれかな。告白かな?」


「急に現れるなよ」


 違うところを見に行ったはずの秋名がどうしてか登場した。俺の隣で同じように覗き見ている。


「面白そうなことが起こってるところに私は現れるよ」


「怖いって」


 面白そうなことに対する嗅覚どうなってんだ。


「まあそれはさすがに冗談で。ある程度探していなかったから志摩と合流しようと思ってね。そしたらこの現場を見つけたわけさ」


「偶然ってほんと怖いわ」


 というか。

 そんなことより、と言って流していいことでもないけどそんなことより。


「告白って?」


「イベント終わりの校舎裏に男女が二人。これが告白じゃなくてなんだというのさ?」


「……告白、ねえ」


 言われてみればそんな構図に見えなくもないな。

 男の方は緊張した様子でなにかを必死に話している。陽菜乃の方は背中を向けているので表情が見えない。


 もちろん、会話も聞こえない。


「体操服の色が赤色ってことは一年生かな」


「三年生には見えないしな」


 うちの学校は学年ごとに体操服などの色が変わる。俺たち二年生は青色で、確か三年生は緑色だったはず。

 なので消去法で彼は一年生ということが推測できる。


「まだ入学して間もない一年生から告白されるとは。陽菜乃もやるね?」


「……そうだな」


 否定はしない。

 それがもしも事実だとするならば、それは本当に凄いことだからだ。


 容姿は文句なしで、気さくで優しい。普通に接してもらえば好きになるのも無理はない。


 きっと、俺が知らないだけで、知らないところで告白とかされてるんだろうな。


 それですぐに告白を実行した一年生の彼にも感心するが。


「あ、終わった」


 陽菜乃がぺこりと頭を下げたところで二人の話は終わったようで、二言三言言葉を交わして一年生は校舎裏を立ち去った。


 俺たちはどうしたものかと悩んでいると、陽菜乃は男子生徒が立ち去った方向とは逆――つまりこちらにとぼとぼと歩いてきた。


 告白の現場を盗み見していたことがバレでもしたらどう思われるか分からないし、ここは一度退散するべきではないだろうか。


 けど、それだと陽菜乃に対して後ろめたい気持ちが残ってしまうので、やはり素直に謝るべきか。


 結論が出ないまま動けないでいた俺だったが、隣の秋名はそんなことなかったようで。


「ひーなの! なになに、告白?」


 と、平気でズバッとど真ん中直球を投げた。こいつほんと怖いもんなしか。


「梓。それに、志摩くんも。どうしてこんなところに?」


「日向坂さんがいないって秋名が言うから探してて」


「そしたら陽菜乃が告白されてる現場を目撃したからとりあえず隠れて覗いてた」


 別にそれ言わなくてもいいだろうが。


「趣味悪いなぁ」


 呆れた調子で言うものの、そこに怒りの感情は見えない。


「それで?」


「んー、まあ、想像通りだよ」


 やはり、秋名の言うとおり告白が行われていたらしい。

 俺が知らないだけで、もしかしたら陽菜乃にとってはよくあることなのかもしれない。

 それを秋名も知っているから、そこまで慎重な接し方をしなかったのかも。


「相変わらずモテモテだねぇ。しかも、今回は一年生?」


「あはは、まあ」


 俺を置いてきぼりにして、二人がプチガールズトークを始めてしまったので、先に帰ろうかなと思っていたのだが。


「志摩くん」


 俺の体操服をきゅっと掴んだ陽菜乃が名前を呼んでくる。


「なに?」


「……えっと、あの、あれだから。一応お断りしたからね」


「そ、そうなんだ。けどなんで……」


 そんなことをわざわざ言わなくても、と思ったけどピンときた。

 

 陽菜乃は俺のリアクションの薄さにどうしたものかとあわあわしているので、俺は言葉を続けることにした。


「もし付き合ったりしたら一緒に帰ったりできないから。だからわざわざ報告してくれたのか」


 自分を納得させるように。

 目の前にいる陽菜乃にではなく、それはまるで自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「ええっと、そうじゃないような、そんなことなくないような……」


 歯切れの悪いリアクションを見せた陽菜乃は自分の中の葛藤に決着をつけたのか、にこりと笑った。


「そんな感じ!」


 そう言って、陽菜乃は秋名のところへ戻る。


「いいの?」


「うん。まだ」


「そっか」


 なにやらこそこそと話しているけど、具体的なことを言ってないのでなんの話かは分からない。


 そんな二人の様子を見ていた俺の隣に二人が追いついてくる。


「モテる女の子がいつまでも彼氏がいないままだと思うなよ?」


「……そりゃ、モテるわけだし。いつかは彼氏くらいできるだろ」


 俺が言うと、秋名がふへっと眉をへの字に曲げて笑う。

 

「分かってるならいいよ。ちゃんとその意味も分かってれば、なお良いけどね」


 意味ありげに言った秋名の言葉を、俺は頭の中で反芻した。


 ――ちゃんとその意味も分かってれば。


 言葉通りの意味ではない。

 モテる女の子がいつまでも彼氏がいないままだと思うべからず。そんなの誰に言われるでもなく分かりきったことだ。


 つまり、そうではなく。


 もっと具体的で、直接的なこと。


 多くの男子から告白されている日向坂陽菜乃に、いつまでも彼氏がいないままだと思うなよ。


 ということだ。


 もし彼女に恋人ができたら……。


 考えようとして、俺は自分の思考を止めた。


「さっさと戻ろう。サボりがバレたら面倒だし」


「そーだね」


 もし彼女に恋人ができたら……。


 できてしまったら――。


 俺はどう思うんだろう。

 

 そんなことを考えてしまい。

 

 そんなことを考えたくなくて。

 

 俺はそんな思考を吐き出してしまおうと大きな溜息をついて、皆のいる場所へと戻ることにした。


 頬を撫でる暖かい風が、春の終わりを感じさせる。

 そして、夏の足音が少しずつ近づいてきていた。

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