第96話 燃えよ体育祭⑥


 俺はとりあえず走り始める。

 そもそも俺の知り合いの女子は四人。陽菜乃、柚木、秋名、雨野さんだ。

 雨野さんは常にマスクをしているので、実は俺は彼女の素顔を見たことがない。

 マスクした状態だと普通に可愛らしいと思うけれど、マスク詐欺とかあるしなあ。


 その話は置いておくとして、しかし少なくとも前者二人は間違いなく美少女と言える。

 主観的ではなく、客観的に見ても満場一致で美少女だ。お題に見合っていないとはならないだろう。


 秋名は……分からん。

 

 柚木は競技に参加している生徒だ。その生徒を連れて行ってはいけないというルールはないだろうけど、他の人がそれをしていないのでちょっと憚られる。


 なので、俺の出した結論は。


「日向坂さん」


 俺はテントのところへ向かい、秋名と二人仲良く座っている陽菜乃に声をかけた。


「はい?」


「ちょっといい?」


「わたし?」


 陽菜乃の言葉にこくりと頷く。


「うん。わかった」


 よっと立ち上がった陽菜乃とゴールテープを目指そうとしたところで秋名が口を開く。


「お題はなんなのかなー?」


「たしかに」


「それはあとで説明するから」


「もしかしてとかだったりして」


「えっ」


「うるさい」


 ケタケタと楽しそうに笑う秋名を放って、陽菜乃の手を引きゴールテープへ向かう。

 あのままあそこにいると秋名に絡まれるわゴールができないわで何一ついいことがない。


 ある程度走ったところで陽菜乃を掴んでいた手を放す。


「繋いだままでもよかったんだよ?」


「いや、恥ずかしいし」


 にやにやしながら言う陽菜乃に俺は即答した。相変わらず俺のことをからかってくるな。


 そして、ゴールテープを切ったところで係の人からお題の確認をされる。


「はい。大丈夫です」


 もちろん、問題なく承認され俺は一位こそ逃したものの、二位というそこそこの順位で借り物競争を終えることができた。


「ところで」


「ん?」


「お題はなんだったの? あとで説明してくれるって言ってたよね?」


「あー」


 まあ別にいいか。

 後ろめたい内容ではないし、バレて恥ずかしいこともない。誰もが納得の内容になっているし。


 ということで、俺はお題の紙を陽菜乃に見せる。


「これ」


 すると、陽菜乃は一瞬固まる。


「……た、し、志摩くんはあれなんだ、わたしのことそう思ってるんだ?」


 走ったあとだからか、あと単純に暑いからだろうけど、陽菜乃の顔は赤くなっている。


「いや、まあ。これに関しては満場一致でしょ。俺もそれには同意見だよ」


「ふ、ふぅん。なるほどね。志摩くんはわたしのこと可愛い女の子だと思ってるんだ?」


「世間一般的にそう見られるというだけで、別に俺の主観的な意見ではないよ。あくまでも客観的に見た場合の総評価というか」


「志摩くんはわたしのこと可愛くないと思ってるってこと?」


「いや、思ってるよ。俺も同意見だって」


 日向坂陽菜乃という女の子を前にして、彼女のことを可愛くないという人間は果たしてこの世界に存在するだろうか。


 もしもそんなやつがいるとすれば、それはよほどの偏屈者か本物のB専だ。


「そうじゃなくて。みんなと一緒とか、世間一般的にとかじゃなくて、志摩くんが個人でにどう思ってるのかきかせてよ」


 ちょっとだけむっとした顔をする。

 俺はぐしぐしと頭を掻いて視線を逸らす。

 言うことは全然変わらないのに、そこに含まれる気持ちが違うだけでここまで言葉にするのを躊躇ってしまうものなのか。


「……可愛いと思うよ」


「そっかそっか。それはよかった」


 俺の一言で陽菜乃がにぱーと笑う。

 まあ、最初からそこまで不機嫌でもなかったのは分かっていたけれど。


「隆之くんもカッコいいよ。もちろん、主観的な意味でね」


 はにかむような顔をして言った陽菜乃は、そのままてててとテントの方へ走っていってしまう。


「……あっつ」


 俺は火照った体を少しでも冷まそうとパタパタと手で仰ぎながら案内された場所へ移動した。



 *



 すべての競技を終え、いよいよ体育祭は閉会式を迎えた。

 逆転に逆転を重ねたドラマチックな展開の末、今回の体育祭は最終的に白組が勝利した。


 つまり、我々紅組は敗北である。


 閉会式が終わると生徒全員で片付けをするのがこの学校の決まりらしく、クラス毎に割り振られた場所の片付けを行う。


 俺たちは一つのエリアのテントとイスの片付けを命じられ、疲れた体にムチを打ちながらせっせと働く。


「ねえ、陽菜乃知らない?」


「知らんけど。いないのか?」


「んー」


 秋名に言われて周りを見てみると確かに陽菜乃の姿はなかった。

 彼女の性格的に片付けをサボるようなことはしないだろう。そう考えると、なにか理由があってここを離れた可能性がある。


「探すか?」


「いい?」


「ああ。サボれるし」


「そういうこと言うなよー」


 片付けもほどほどに、俺は秋名とその場を離れる。

 面倒事に巻き込まれたりはしていないと思うけど、なにかあってからでは遅いからな。


「私、あっちの方見てくるよ」


「じゃあ俺はこっち見るわ」


 秋名と二手に別れて陽菜乃を探すことにした。長時間離れると今度は俺たちが怒られるから、捜索もほどほどにして切り上げなければならない。


 まるで迷子の子猫を探すようにあちらこちらに足を運ぶ。さすがにないだろうと思いつつ、ついでに校舎裏を覗き見る。


「……」


 いた。

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