第95話 燃えよ体育祭⑤
今日日、高校生にもなって体育祭の競技に借り物競争とか入れるのどうかと思う。
でも、走る必要もないし運動能力が大きく影響することもないのでこれはチャンスですねぇと参戦を決めた俺。
よくよく考えると、知り合いが少ない俺にとってこの借り物競争という競技は相性が悪すぎる。
そのことに、入場しているときに気づいた。
なんでこんな競技に参加したんだ、俺は。
「頑張ろうね、隆之くん」
「ああ」
ぽんと俺の肩を叩いたのは柚木だ。
柚木は体育祭中、終始楽しそうにしている。
イベントというのはそもそも楽しいもので、本来であるならばこうあるべきなのかもしれない。
ここは彼女を見習い、俺もこの借り物競争という競技を楽しむとするか。
……頼むから変なお題を引きませんように。
スタート位置につく。
俺の番は後半なのでとりあえず最初の人らの様子を眺めることにする。
学年別に行われ、一クラス三人ずつ選抜された選手が行う。最初は一年生から始まり、そこから二年、三年と続く。
俺は二年三組のラストなので六番目ということになる。
「借り物競争ってどういうお題が出るもんなんだ?」
視線はスタートした一年生たちに向けたまま、俺の前に並ぶ柚木に訊いてみる。
「んー、なんなんだろ。ハンカチとか、メガネとか?」
「結構ハードル低いんだ」
「わかんないよ? 去年どうだったかなって思ったけど忘れちゃったし」
俺もだ。
そもそも体育祭の記憶が暑かった以外にない。時間のほとんどを一人で過ごしたし、なにが面白いでもなく一日を耐え抜いた日でしかなかった。
「そういうお題ならなんとかなるな」
「そうだね。でも、簡単すぎると盛り上がらないから、ちょっとは変わり種とか入ってるかもよ?」
「そういうこと言うなよ」
なんてことを話していると、気づけば一年生のアンカーがスタートしていた。
数メートル走ったところで、テーブルに散らばったお題の紙を一枚引く。
それを確認した生徒はそれぞれがお題のものを確保するために四方八方へ散る。
すぐに走り出す生徒もいたし、逆にどうしたものかとあわあわしている生徒もいた。
たぶん、面倒なお題を引いたんだろうな。
ともあれ、そんな感じで一年生のレースが終わり、二年生のレースが始まる。
「お題が『恋人』とかだったらどうする?」
柚木がこちらを振り返り、おかしそうに言ってくる。
「運営にクレーム叩きつける」
「えー、つまんなくない?」
「いや、いないし。そんな不平等なお題を面白半分で混ぜた運営に、全非リア充を代表して文句を言ってやるよ」
「でも、とりあえずその場だけでも恋人を取り繕えばよくない? そしたら競技に勝てるんだよ?」
勝利という目標を達成するためならばそれも一つの手段だろう。
例えば、別に仲のいい女子じゃなくともクラスメイトに頼めば受け入れてくれるかもしれない。
しかし。
「それはあれだろ、頼める相手がいればの話だろ?」
俺だって去年から培ったものがある。
少なくとも、思いつく限りでは三人。けれど、それを頼むのは普通に考えて恥ずかしい。
「えー、いるじゃん。陽菜乃ちゃんとか、あたしとか?」
「……まあ」
「隆之くんは、もしもその場面に直面したら誰を選ぶんだろ?」
真面目な顔で、どこか含みのある言い方で柚木が言う。俺が返事に言葉を詰まらせていると、彼女がおもむろに立ち上がる。
何事かと思ったけれど、普通に彼女の順番が回ってきただけだった。
「さーて、お題はなんだろ」
あくまでもいつもの調子で、まるでさっきまでのことなど綺麗さっぱり忘れたように、明るい声色の柚木がこちらに笑いかけた。
「……恋人だったりしてな」
だから俺もからかうように笑ってやった。
くすり、とおかしそうに笑ったところで柚木がスタートを切る。
お題を手にした柚木は悩む素振り一つ見せずに走り出す。彼女が向かったのはテントの方だ。
しかしそこにお目当てのものというか、おそらく人はいなかったらしく次の場所へと向かう。そこで彼女の姿は見えなくなる。
柚木の姿を見失ってから一分ほど。ゴールテープに向かって走る彼女が連れているのは樋渡優作だった。
イケメン、とかかな。
だとしたらテントで誰も選ばなかったの悲しいな。見たところ男も何人かはいるのに。
残念ながら一位は逃したものの、それでも好成績を残した彼女に続くことができるだろうか。
「……」
個人競技はきらいだ。
注目が俺一人に集中するから。
これが団体ならばチームに注目が集まっているだけで、俺個人が見られているわけではない。
「がんばれー! 志摩くーん!」
テントの方から俺の名前を呼ぶ声がした。
ちらとそちらを見やると、かすかに陽菜乃の姿があった。隣には秋名がいる。なんでお前は応援してくれないんだ。
はあ、と小さく溜息をつく。
スタートの合図でいっせいにスタートを切った。
頼むぞ、神様。
ここで最下位とかだとただでさえクラスで居場所のない俺の扱いがさらに悪くなってしまう。
逆に、活躍しようものなら俺の株も上がるかもしれない。
テーブルまで来た俺は躊躇いなく一枚を引く。ここで迷ったところでどうしようもない。どうせ中身は見えないのだから。
紙を開く。
『美少女』
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