第94話 燃えよ体育祭④


 応援合戦というものがある。

 紅白それぞれが応援団なるものを結成し、これまでに練習してきた応援を披露するもの。


 そのフォーマットに決まりはなく、各々が盛り上がると思うことをすればいいらしい。


 そして、その決定権は団長にあるのだと、通りすがりに耳にしたことがある。


 団長は三年生の誰かが行う。この応援合戦を仕切るという大役を任されるわけだし、それくらいの見返りはあってもいいのかもしれない。


 けれども。


 そもそもの話、この応援合戦という種目は必要なのだろうか。

 誰かが審査するわけでもない。点数とは関係ないか、互いにそれぞれ同じ点数が入るかのどちらかだろう。

 じゃあやる意味ないじゃない。


 そう言えば、きっと『双方の士気を上げるために行うのだ』とか言ってくるんだろうな。こんなんで上がれば苦労はないわ。


 なんて、俺の意見などお構いなしに昼一番の種目である応援合戦は始まった。


 例によって行くところもすることもない俺は紅組テントでその応援合戦を眺めることにした。


「お、こんなところにいた」


 そんな俺の隣に座ってきたのは樋渡だ。


「なにか用か?」


 言い方からして、俺を探していたように思うが、俺は探される覚えがない。


「いや。ただ、どこにいるかなって探してたんだよ。せっかくの体育祭だし一緒に楽しもうじゃないの」


 ぽんと俺の肩に手を置いた樋渡はハッハッハッと笑う。

 一緒に楽しむの応援合戦なの? 楽しめる気がしないんだが。


「応援合戦ってやる意味ないと思わないか?」


「そうかな?」


「別に点数になるわけでもないし、これくらいで生徒の士気は上がらんだろ」


「それはどうかな?」


 にやりと笑いながら樋渡は言った。

 その意味を訊こうとしたところで、大音量の音楽が流れ始める。

 とりあえず会話は置いておいて、俺は応援合戦の方へ視線を戻す。


 どうやら応援合戦は勝っている組から披露するらしい。現在、点数が勝っているのは白組なので、陽気な音楽に合わせて白組応援団が入場する。


 いかにも体育会系ですと言わんばかりの見てくれをしたむさ苦しい男どもが白ランに身を包みパフォーマンスを始めた。


 ドンドコドンと太鼓を叩き、それに合わせてえいやそいやと腕を振る。応援合戦と言われて想像する、オーソドックスなパフォーマンスだ。

 結局、普通が一番だったりするからな。現に、白組は大いに盛り上がっていらっしゃる。


「なんかテンション上がらないか?」


「いや、別に」


 なんかテンション上がってる感じの樋渡が同意を求めてきたけど、どうしても俺はこの空気感に抵抗があるらしい。


 三三七拍子などを見せた白組応援団はパフォーマンスを終えて退場する。

 士気が上がったかはともかく、グラウンド内にいる生徒のボルテージが上がったのは確かなようだ。


 うおおおおお、という歓声と拍手が白組応援団に送られた。

 お次は我らが紅組応援団の出番なのだが、この盛り上がりのあとは中々にハードルが高いぞ。


 大丈夫か?


 と、俺は心の中で密かに心配していたのだが、それが杞憂であったことをすぐに思い知らされる。


 なんだったか、アイドルのポップな音楽が流れ始める。可愛らしい声とキャッチーなメロディで有名になった曲だ。

 アイドルとか詳しくない俺でもカラオケで歌えるくらいにはどこでも流れていた。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」」」


 突然。


 さっきの白組のときとは比べ物にならないくらいの歓声が響き渡る。主に男の野太い声だったのは俺の気のせいだろうか。


 一体何事なんだと思ったけど、その疑問は次の瞬間に解消された。

 ポップな音楽に合わせて現れたのはチアガールの姿をした可愛らしい女子生徒たちだ。


 白組が白ランを纏った男子生徒で固めた一方で、紅組はチアガールの衣装を着た女子生徒を選抜したらしい。


 こりゃ士気上がるわ。

 主に男子の。


 ポンポンというのだろうか、あのチアガールが両手に持ってるよく分からない装備品。

 それを振りながら足を上げたりしてダンスを披露する。中々に揃ったパフォーマンスから、練習の大変さが伝わってくる。


「お、日向坂がいるぞ」


「は?」


 樋渡が大勢いるチアガール軍団の中の一人を指差す。そちらを見やると確かにそこには陽菜乃がいた。

 その近くには柚木の姿もあった。


 赤色の生地に白のラインを入れたチアガールの衣装。もちろん袖はなく、お腹の部分は露出していてへそが見える。


 さすがに露出度的な問題があったのか、上は黒のアンダーシャツを着ているし、下はスカートの下にスパッツを履いている。


 が。


 それでも、普段同じ教室で授業を受けている女子生徒の非日常な衣装に男子のボルテージは最高潮にまで登り詰める。


 かくいう俺も不思議な高揚感が込み上げていた。


 そんな感じで応援合戦は終わる。

 もちろん審査員などいないので、両組に平等に点数が入る。

 開始前ならばこんなものに意味などなく時間の無駄でしかないと吐き捨てていただろうけど、今の俺は考えを改めた。


 周りの生徒の士気はこれでもかというくらいに上がっている。これは応援合戦がなければなかったものだ。


「志摩くん」


「……日向坂さん。柚木も」


 応援合戦が終わって次の種目の準備をしているところをぼーっと眺めていると後から声をかけられた。


 振り返ると、そこには依然としてチアガール衣装の陽菜乃と柚木がいた。


 下にアンダーシャツを着ているおかげでチアガールときいてイメージするほどの露出度はないけれど、それでも非日常的な衣装にどきどきしてしまう。


「服は着替えないの?」


「……」

「……」


 ついつい、照れ隠しではないけれど内心を覗かれないようにそんなことを訊く。

 これから行くに決まっているのに。

 なんなら、着替えに行くついでに寄っただけだろうに。


「……お前なぁ」


 なぜか呆れるように言った樋渡に肩を叩かれる。


「着替えるよ」

「当たり前じゃない」


 さらに。


 どうしてか、少し冷たい感じで陽菜乃と柚木は言って、すたすたと歩いて行ってしまった。


 え、俺?

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