第93話 燃えよ体育祭③
「暑い」
陽菜乃や柚木の障害物競争を眺めていると、いつの間にか招集がかかり、俺はゲート前へ移動しついに入場する。
「樋渡って部活とかしてんの?」
我々の番が来るまでのわずかな待ち時間に、ふと気になったことを訊いてみた。
「結構な時間一緒に過ごしてきたのに、まさか僕の部活事情さえ知らないとは。興味なさすぎない?」
「そっちこそ俺の部活事情知らないだろ」
「知ってるよ。帰宅部だろ?」
「なんで知ってんだよ。言ったことないだろ」
「見てれば分かるだろ。部活に行ったことないことくらい」
パン! と銃声が聞こえる。
分かっていてもこの音にはいつも驚かされるな。この音と同時に本物の銃の引き金を引けば銃声誤魔化せるんじゃね?
などと、どうでもいいことを考えながら樋渡を向き直る。
「まあ、俺もだいたいの予想はついてるけどな」
「お、言ってみろよ」
にいっと笑いながら爽やかイケメンは挑発的に言ってくる。
「サッカー部だろ?」
「なにを根拠に」
「髪型が」
「偏見がすげえな」
マッシュヘアと言うんだろうか。
その髪型にコートとか羽織ってると量産型大学生の完成である。まじでなんであいつらおんなじ格好すんの? あれが流行り?
とはいえ、それは大学生の話で樋渡優作は高校生だ。
まあ、この爽やかイケメン具合と雰囲気や体格から察するに運動部系だろう。
運動部でマッシュヘアはサッカー部で決まりだ。
野球部は坊主頭だし、バスケ部はロングヘアか短髪。サッカー部は比較的おしゃれでスタイリッシュな男が嗜むスポーツなのだ(偏見)。
「ちがうよ」
「え、じゃあなに?」
「もうギブアップかよ」
「ああ」
さすがにこの陽キャオーラで卓球部や陸上部は違うだろうし。そもそも運動部系という予想が外れているパターンか?
文化系でこの手の男が入りそうな部活といえば軽音部とかか?
ギターとか持ちながら『盛り上がってるかァお前らァ!』みたいなこと言ってそう。
そんで女子にキャーキャー言われるんだよな。ほんまなんやねんこいつ。
「帰宅部だよ」
「こんだけ引っ張ってそのオチかよ」
「バイトに勤しんでるんだ」
「ちなみになんのバイト?」
「喫茶店だよ。普通のな」
うっわぁ、いそう。
あまりにもイメージ通りのアルバイトに、俺は思わず足を縛ったばかりの紐を解きたくなった。
「ほら、僕らの番だぞ」
「……ああ」
我ら、これから二人三脚で候。
とりあえず足を引っ張らないようにしよう。もし俺のせいで樋渡が転けて怪我でもしたら、女子から盛大なブーイングを受けること間違いなしだからな。
*
「陽菜乃ちゃんは好きな人、いる?」
予想通りの質問に、ぴくりと体が止まる。
言葉を詰まらせたわたしはどうしようかと頭をぐるぐる回した。
好きな人はいる。
実は昨年度の終わり頃からちらちらと露見しつつあり、仲のいい友達にはもう知られてしまっているわたしの恋愛事情。
ここでくるみちゃんに言ってしまっても、大きな問題はない。わたしのいないところで隆之くんに余計なことを言うような子ではないことは分かってるから。
ただ。
わたしの好きな人と、くるみちゃんの好きな人はきっと同じだ。
だからこそ、言うべきか悩む。
でも、くるみちゃんはちゃんとわたしに言ってくれた。
きっと、心の中である程度の確信を持っていながら。たぶん、今のわたしが思っていることくらいは感じながら。
真正面から正直に。
だったら、わたしもそれに向き合わないと失礼?
ううん、そうじゃない。失礼とかそういうことじゃないよね。
「……」
だけど、ためらいもある。
それを言うということは……。
だってそれはつまり、宣戦布告ということになる。
宣戦布告、か。
「……うん、いるよ」
ためらいながら、わたしはそう答えた。
わたしの恋物語の登場人物は、わたしと彼だけだと勝手に思っていた。
登場人物はいるけれど、それは友達とかだけで、焦らなくても急がなくてもゆっくりじっくり、同じ歩幅で歩いていればいつかきっと思いは届いて、ハッピーエンドに向かうものだと、いつの間にかそう思っていた。
けど。
そうじゃないんだよね。
隆之くんの良いところを見つけたのはわたしだけじゃなくて、くるみちゃんも気づいてしまったんだ。
だから、戦わないといけない。
負けたくないから。
渡したくないから。
譲りたくないから。
「それって誰なのか訊いてもいい?」
「言わなくても、たぶんくるみちゃんはわかってるでしょ。だって、きっとわたしたちは……」
同じ人を好きになったんだから。
言葉にはしなかった。
けど、そういうニュアンスで言って、わたしは恐る恐るくるみちゃんの方を見る。
すると。
彼女はやっぱり、太陽のような笑顔を浮かべていた。
「うん。だと思った」
そう言った瞬間、くるみちゃんは緊張の糸が解けたようにさっきとは違う緩んだ笑みを浮かべた。
「なんか、緊張したね」
そして、からかうようにそう言った。
だからわたしも。
「……うん」
と、笑う。
わたしも一気に緊張が解けてしまった。
なんだか喉が乾いたので、残っていたドリンクをぐぐっと飲み干す。
「やっぱり、クリスマスのとき?」
敢えて、誰とは聞いていないし口にもしていないけど、そんなのもはや言葉にするまでもなかった。
それだけの言葉を、わたしたちはもう交わしたから。
「うん。陽菜乃ちゃんは?」
「わたしはね――」
そうやって、ここにはいない彼のことを話しながら、わたしたちは彼が待つであろうテントへと戻った。
*
「……ごめんなさい」
「いや、いいよ。気にすんなって」
「いや、でもここで誠意を見せておかないとあとでお前の追っかけからリンチ喰らうだろ?」
「……追っかけなんていないよ」
志摩、樋渡ペア。
二人三脚の結果は、志摩隆之の凡ミスにより躓き転び、最下位。
「それより、日向坂に格好悪いところ見せてしまったことを悔やんだらどうだ?」
樋渡はからかうように言ってくる。
俺はちらとテントの方を見たが、やはり陽菜乃の姿は見えない。
まあ、あそこで見てるとは限らないし、どこか違うところから見られている可能性は十分にある。
「まあ、別にもともと格好悪いし」
そうは言いながらも、見られていなければいいなとは思う。
格好悪いとかはともかく、普通に恥ずかしいから。
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