第91話 燃えよ体育祭①


 春の温かさが過ぎ去り、梅雨のじめじめした暑さを待つ、程よく過ごしやすい気温が続く五月。

 最近はゴールデンウィークには暑さを感じ始める年もあるけれど、今年は雨が続いたからか、そうでもなかった。


 そのせいか、寒い日と暑い日の差が激しく、出掛ける際の服装に悩む人が多かったことだろう。


 そんな五月の下旬のこと。


 本日、鳴木高校では体育祭が行われようとしていた。


『宣誓!』

『ぼくたち』

『わたしたちは』


 と、体育祭実行委員なのか生徒会長なのかそれともそれ以外の何かしらの生徒なのか。


 ともあれ、坊主頭の男子生徒とポニーテールにまとめた金髪が目立つ女子生徒が元気に選手宣誓をしている。


 そんな様子を、じりじりと太陽の光を肌で感じながらぼーっと眺めていた。


 カラッとした暑さなだけまだマシなのだろうか。いや、暑い時点でもう辛い。


 あわよくば雨を期待したのだが、絶好の体育祭日和に一周回ってもう溜息も出てくれない。


「……あっつ」


 なんとか干からびることなく開会式を終えた俺はとりあえず紅組のエリアへと向かう。


 体育祭ということでクラスを二分割し紅組と白組に別れる。それぞれの種目により点数を獲得し、より多く点数を稼いだ組が勝つ。

 どこにでもある、ありふれた体育祭のルールだ。


 うちの学校はクラスごとに別れて応援するというシステムは取っておらず、紅組白組それぞれに待機エリアが設けられている。


 テントが張られており、日陰になっているのが救いだ。

 一年生から三年生まで、多くの生徒が利用することが予想されるからかテントはいくつかあって広めに設定されている。


 適当にイスに座って落ち着く。


 そんなことをしていると、さっそく一つ目の競技が始まる。

 全学年参加の五十メートル走だ。


 陽キャはイスになんか座らず、前の方で騒ぎながら応援している。

 種目になんか興味ないぜという生徒はどこかで身内だけではしゃいでいる。


 つまり、このエリアの利用者は意外と少ない。


「隆之くん」


 語尾に音符がついているような弾んだ声で名前を呼ばれ、俺は後ろを振り返った。


「柚木か」


 髪を団子にして纏めている柚木くるみが半袖と短パン姿で現れる。

 この暑い中、ジャージを着るようなバカはいないだろうと思っていたけど、紫外線が怖いのかちらほらとジャージ女子がいたことには驚いたが、どうやら柚木は違うらしい。


「隣、いい?」


「別に俺の許可はいらないだろ」


 ここは俺の私有地というわけではないのだから。


 そんな捻くれた返事を聞いた柚木は、「それもそうだね」と言いながらおかしそうに笑い、俺の隣に腰掛けた。


 イスは結構ギチギチに置かれているので、気を抜くと肩と肩がぶつかってしまいそうになる。


「すごい暑いね、今日」


「そうだな。曇ってくれればまだいくらか涼しかったかもしれないのに。ここまで晴れなくてもよかったと思う」


「でも、せっかくの体育祭だよ? どうせならこれくらい快晴の方がよくない?」


「……柚木は体育祭肯定派か」


「そんな派閥聞いたことないよ」


 体育祭に対してとりあえずテンションを上げる陽キャあるいはパーリーピーポー。

 そうだよな、柚木は俺のような地味系陰キャと会話してくれているから勘違いしそうになるけど、普通に属性は陽キャなんだった。


「隆之くんは体育祭きらい?」


「そうだな。好きではない」


「髪切ってスポーツマンっぽくなったのに?」


「別にそういう意図で切ったわけではないから。スポーツマンっぽくしたかったわけではないから」


 ようやくこの短さにも慣れてきた。

 なんとなく、これまでより視線を感じるようになったのは、俺みたいな男がイメチェンとかした物珍しさが原因だろう。


 その視線も最近はだいぶ落ち着いた。


 落ち着いた頃、クラスメイトから話しかけられる機会が少しだけ増えた。

 樋渡が言っていたとおり、見た目というのは大事なことだったんだなと実感させられたな。


「でもあれだね、カッコよくなったよね?」


「髪型一つでカッコよさが変われば世の中の男子は苦労しないでしょ」


「えー、変わるよ? って言っても、隆之くんは自己肯定感低いからどうせ認めないか」


「……ひどい言われようだ」


 事実だけど。

 俺って自己肯定感低いの?

 ていうか、そもそも自己肯定感ってなんぞ?


「だから別に認めなくてもいいよ。あたしが勝手に思ってるだけだから」


「……さいですか」


 まあ、事実カッコいいかどうかはさておき、新しい試みを肯定してもらえるのは嬉しい話だな。

 この一歩が無駄ではなかったんだと思わせてくれるから。


「わたしも思ってるよ」


 そのときだった。

 突然、柚木がいる方とは逆から声がする。

 柚木の方を向いていた俺は急に聞こえてきた声に驚き、慌ててそちらを振り返った。


「わたしもここ、座っていいかな?」


「……座るのに俺の許可はいらないと思うけど?」


「そうだけど、いいよって言ってほしいじゃない?」


「いや知らんがな」


 結局、こっちがなにも言わずとも座ってるし。


 日向坂陽菜乃もまた、もちろんいつもの制服ではなく体操服。半袖シャツに短パン。長めの髪はポニーテールでまとめている。


 いつもは隠れているうなじとか見えてて、意識するとどきっとしてしまう。


 陽菜乃が隣に座ると、日焼け止めのにおいがした。普段、あまり感じることのないにおいになんとも言えない気持ちになる。


「日向坂さんは参加種目まだなの?」


「うん。もうちょっとあとにある障害物競争にね」


「あ、あたしもそれに出るよ」


「そうなんだ」


「うん」


 俺を挟んだ二人が盛り上がる。

 いや、これ盛り上がってるか?

 にこやかに笑い合ってはいるけれど、どうしてか妙な迫力があるように感じるのは俺だけだろうか。


 気のせいだよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る