第87話 いざ行かん二年三組②
一年間、これまでずっと歩いていた道ではない廊下を歩くのはなんとも違和感のあることだった。
もちろん教室だってそうなんだろう。
もはや一組と二組の教室でさえ違和感があるのだから一年生と二年生とではまた別の違和感が生じるのか。
あるいは似たようなものなのか。
結局のところはそこにいる生徒による空気管がどことないアウェイ感を出しているのが原因なのだろうけれど。
であれば。
主を失った空っぽの教室に、なんの違和感もなく入れるのかと言われると、やはりそんなことはなくて。
そこにいる見慣れない生徒の顔が、違和感を作り出すに違いない。なので、その違和感を僅かにでも減らせるよう、できるだけ知っている顔があればいいなと思うわけだ。
「そんなに緊張する?」
俺の隣を歩く柚木は平然とした佇まいを見せる。十分なコミュ力を持った人間の余裕というやつだ。
陰キャとか陽キャとか、リア充とかぼっちとか、パリピとかオタクとか、そういう肩書なんてものは所詮それ以上でもそれ以下でもなく、とどのつまり大事なのはコミュ力だ。
コミュ力があるか否か。
友達ができるできないは、最終的にそれが大事なのである。
などと、緊張のあまり思考があらぬ方向に巡っていることに気づいた俺は一度頭をリセットする。
「……まあ」
「大丈夫だよ。隆之くんならすぐに友達できるよ」
「できないから去年困ってたんだよ」
無責任なこと言いやがって。
親の心子知らずではないけど、持ちうる人間は持たざる人間の気持ちが分からないようだ。
そんな話をしていると、ついに二年三組の教室前へと到着してしまう。
ついにやってきてしまった。もしかしたら高校の合格発表のときよりも緊張してるかもしれない。
すうはあ、と深呼吸をして頬をパチンと叩く。
「そこまでする?」
「行くぞ」
若干引き気味の柚木をスルーし、俺は思い切って教室のドアを開く。
ガラガラと開かれたドア。
そこに立つ俺。
必然、すでに中にいた生徒の視線はこちらに集まる。この視線が嫌いなんだよなあ。俺のことなんか放っておいて雑談続けててくれ。
なんて思っていると、知らない顔かと思った今年のクラスメイトはすぐに雑談に戻る。
続けててくれとは言ったけども。ちょっとくらい興味持ってくれてもよくない?
ていうか、君たちなんでスタートから雑談する相手いんの? 強運の持ち主かな?
「……ねー、はやく入ってよー?」
嫉妬の炎を燃やしながら、恐る恐る教室の中を見渡す俺はある生徒と目が合った。
「お、志摩じゃん。今年もよろしくー」
タレ目さん――もとい、雨野なんとかさんが俺の顔を見て、ひらひらと手を振ってきた。
もちろんそれに手を振り返すことはできずに俺はぺこりとお辞儀をする。なんで女子ってすぐに手を振ってくるの? 簡単に振り返せると思わないでくれ。
しかし、雨野さんとマブダチであるギャル子さん……ではなく、野中さんの姿が見えない。
まだ登校していない可能性も0ではないけれど、クラスが別々になったという線が濃厚かもしれない。
時計を見れば、さすがに登校していないと遅刻がちらつく時間だからだ。
「お、志摩じゃん。今年も同じクラスなんだな。よろしく」
雨野さんの登場に心密かに和ませている俺の肩をぽんと叩きながら、声優さんかな? と思ってしまうようなイケメンボイスを発したのは樋渡優作だった。
やだっ、イケメン。
「お、おう。よろしく」
「もうちょい喜べよ」
「いや喜んでるわ。内心うはうはだわ」
「じゃあ表に出せよ」
呆れながらツッコまれてしまう。その通りなんですよねー。でもシャイだからそれが中々に難しい。
俺の唯一の男子の知人と呼べるのがこの樋渡優作だ。もちろんこいつにはこいつのコミュニティがあるのだろうけれど、こうして絡んでくれるのは非常に有り難い。
今年もお世話になります。
「今年はあんまり知ってるやついなくてな。志摩がいて助かったよ」
「お前でもそういうことあるんだな。友達なんて突っ立ってるだけでできるんじゃないの?」
「俺のことなんだと思ってんだよ」
「イケメン」
「反応に困ること言うんじゃねえよ」
そこでそういうリアクションするところが実に憎めなくて困る。ここで「お前に比べたらな!」とか「まあそうだけどさ」とか言おうものなら全力で罵声浴びせてやるところなのに。
「優作くん、おはよー」
「お、くるみ。おはよ」
俺の後ろからひょっこりはんした柚木が樋渡に挨拶をした。それもお互いにファーストネームで呼び合い、随分と親しげだ。
「知り合い?」
俺がシンプルな疑問を漏らすと、柚木が「そんな感じかな?」と樋渡の方を見る。
「まあ、そんな感じかな」
柚木も樋渡もコミュ力高いし、カーストも上の方だしどこかで接点があってもなんら不思議ではないか。
「僕からしたら、志摩とくるみが知り合いって方が驚きだけどな」
「いろいろあったの。詳しく話してあげようか?」
柚木がにこりと笑うと、樋渡はなにかを察したのか引いたような笑いを見せる。
「いや、長くなりそうだから遠慮しとくわ」
そんな二人の会話を聞きながら、俺は改めて教室の中を見渡す。
右から左へ視線を動かしている間に、柚木は友達を見つけたのかそっちの方へ挨拶へ行ってしまう。
知っている顔が他にもちらほら。去年同じクラスだった生徒が数名いるようだけど、話したことなんてほとんどないので知らないようなものだ。
そんなことよりも。
「どうした?」
「いや、別に」
隣にいる樋渡が眉をしかめるが、俺はなんでもないように答える。
しかし、内心ではざわざわと心臓が不安を募らせている。俺はごくりと喉を鳴らした。
「さては、日向坂を探してるんだな?」
「……違う」
違わない。
もうすぐ始業のチャイムが鳴る。
けれど。
教室の中に日向坂陽菜乃の姿はなかった。
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