第86話 いざ行かん二年三組①


 四月。

 思い返すと一年前はこれから始まる高校生活に胸踊らせていた、ような気がする。


 別に波乱万丈な青春じゃなくてもよかった。


 普通に友達ができて、学校で楽しく喋って、放課後にはどこか寄り道なんかして。

 どこにでも転がっているような普通の日常を噛み締めながら過ごしたいなと、そんなことを思っていた。


 けど。


 実際に待っていたのはぼっちライフだったな。

 中学三年、いろいろあって塞ぎ込んでいたせいで、俺に僅かに残っていたコミュ力までもなくなってしまったのが原因だと思い込んでいる。


 友達すらロクに作れない俺に、彼女なんて到底作れない。

 最初の村を出発した勇者様がすぐに魔王様に挑んで勝てるはずがないのだ。


 ……だったら、俺はいまどこにいるんだろう。


 幸い、それなりに楽しい生活を送れるくらいにはなった。

 俺が望んでいたものなのかは分からないけど、その日々に不満はない。


 友達と呼べる相手も少ないけどできた。入学当初に比べると大きな進歩だろう。


「……はぁ」


 だというのに。

 新学期。

 俺は今日から晴れて二年生だ。

 進級自体はいいんだけど、問題はそれに付随してくるクラス替えである。


 なんで新学期に人間関係のリセットを行うんだよ。

 去年培った力は今年に繰り越すべきだろうが。


 頼むから、一人……叶うなら二人くらいは知った顔と同じクラスにしてくれ。今更祈ってももう遅いだろうけど。


 ひたすらに不安をふりはらうようにポジティブな思考を巡らせながら登校した俺は駐輪場に自転車を置く。


 うちの学校は始業式の日にクラスが張り出されている。それを確認し、新しい教室へ向かうので、もう去年のクラスメイトの顔を見ることはないのだ。


 体育館の前にある広場に人がたむろしている。どうやらあそこで新しいクラスが公開されているっぽい。


 あー、ドキがムネムネする。


「おっはよ」


 ぽんと背中を叩かれる。

 フレンドリーな挨拶に安堵しつつ、朝から俺に声をかけてくれる女子は一体どこのどいつだいと後ろを振り返る。


「なんか緊張してる?」


 柚木くるみ。

 ブラウンの髪で毛先はウェーブがかかっている。

 出会った頃から中学生と見紛うような身長は変わっていないけど、肩辺りまでだった髪は少し伸びていた。

 そのおかげか、少しだけ大人びたように見える。


「そりゃするだろ。クラス替えだぞ。この一年はここから始まるんだ」


「そうだけど。知らない人と新しく友達になれるチャンスでもあるじゃない?」


「それはそのスキルを持った人間のみが辿り着く境地だ。俺のようなコミュ力なし男からすると不安いっぱいなイベントなんだよ」


 高校生活において、二年生というのは最も充実した日々を送ることができる可能性を秘めた一年である。


 というのも、一年生のように新しい環境にビクビクすることがなければ、三年生のように進路のことで頭を抱えることもない。

 学校に慣れ、後輩もでき、空気に馴染み、そういった理由でのびのび過ごすことができる。


 修学旅行とかもあるし。


 もちろんそれらは俺が勝手に抱いている幻想なので、事実どうかは分からないが。


 とにかく、俺にとってこのクラス替えは大変重大なイベントである。


「さて、じゃあクラス見に行こうか?」


「……そうだな」


「そんな険しい顔しないでもいいと思うよ」


 そんな顔をしていたのか。


 気を取り直してクラスが張り出されている場所へ行く。前の方はひたすらに陽キャが騒いでいるので、俺は少し後ろから人の隙間を使って覗き見る。


 一組。


「……あ」


 声が漏れた。


「見つけた?」


「いや、知ってる名前があっただけ」


「なんだ」


 財津翔真。

 昨年のクリスマスにいろいろあって、三学期は大人しくしていた男子生徒。

 教室で姿を見かけることはあったものの、あれ以来関わることはなかった。

 というか、あちらから絡んでこなければそもそも関わりなんてなかったのだ。俺からあいつに話しかけることなんてほとんどなかったし。


 財津翔真は二年一組。ざっくり見た感じ、去年同じクラスだったやつはほとんどいない。

 あの環境ならば、あいつもきっとやり直せるだろう。


 きっと、もう関わることもないだろうな。


「あ、隆之くんの名前あったよ?」


「え、何組?」


「三組」


 財津のことを考えている間に柚木に見つけられてしまった。


 どれどれ、と見ようとした俺の体がピタリと止まる。それを不思議に思った柚木が怪訝な顔でこちらを見た。


「どうしたの?」


「……いや、見るのが怖くてね」


 ここで見ようと見まいと結果は変わらないのに。もうすでに運命は定まっているのに、それでもまるで現実逃避でもするように俺はそれから目を逸らそうとしていた。


「柚木は自分のクラス分かったのか?」


「うん。同じ三組だよ」


「マジで?」


「まじで」


 知り合いが一人もいないという最悪の事態は免れたようだ。

 だがしかし、あわよくばもう少し欲しいところだ。せめてアウェイと感じないくらいには。


 話してくれなくてもいい。

 ただ、知ってる顔が景色の中に欲しいだけだ。


「じゃあ三組に行こうか」


「え、見なくていいの?」


「ああ。俺はショートケーキのいちごは最後まで取っておくタイプだからね」


「たぶんちょっと違うと思うけど」


 冷静なツッコミを入れてきたものの、俺の気持ちは伝わったらしく、俺たちは二年三組へと向かうことにした。


 頼むぞ、神ッ!

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