第83話 動物園へ行こう④


 象さん、キリンさん、クマさん等々。

 様々な動物を見て回る中、ななちゃんからぶつけられる純粋な無茶振り質問になんとか応える。


 そうして気づけば入園から一時間が経っていた。

 あちらこちらと歩き回っていたので少し疲れたかなという頃合い。


「ちょっと休憩しよっか?」


「そうだね」


 春とはいえ、これだけ太陽に照らされているとそこそこ暑い。ここはアイスクリームでも口にして一度クールダウンを図りたいところだが。


「見てよ、隆之くん。動物アイスだって。これ食べない?」


 同じことを思っていたのか、あるいはこの動物アイスとやらに映えの可能性を見出したのかはさておき、日向坂さんの提案に反対する理由のなかった俺は頷く。


「おにーちゃん」


「ん?」


 くい、くい、と服の裾を引っ張られる。


「おんぶ」


「おんぶ?」


 手を広げて甘えてくるポーズを見せるななちゃん。そのかわいさたるや無限大。


「こら、なな。ダメだよ」


「大丈夫だよ。ほら、ななちゃんおいで」


 俺はしゃがんでななちゃんに背中を向けると、わーいと言いながら飛び乗ってきた。


 どうやら眠たいとかそういうのではないらしい。

 一番はしゃいでいるのはもちろんななちゃんなので、疲れているのは確かだろうけど。


「ほんとにだいじょうぶ?」


「俺も男だからね。子どもの一人や二人くらいおんぶ訳無いよ」


 言ってはみたものの、二人は無理だな。


「なんか、隆之くんはななには甘いよね?」


 むすっと、僅かに眉をつり上げながら日向坂さんが言う。


「子どもに対してはみんなこんなもんじゃない?」


「いや、甘いよ。ぜったい甘い」


 自分ではよく分からないが、そう言うのならばそうなのかもしれない。


 別にななちゃんが特別なわけではない。もちろんかわいいの世界大会で優勝すら容易なななちゃんだからこそ受け入れていることもある。


 けど、他の子どももそれなりに甘やかすぞ?

 機会がないので言い切れないけど、そうだと思う。


「ちなみに、わたしがおんぶしてって言ったらしてくれる?」


「……たぶん、しないかな」


「ほらぁ!」


 うわーん、と声を荒げる日向坂さん。


「俺の筋力だと子どもが精一杯だよ。もしも俺が筋肉ムキムキのマッチョマンなら喜んでおぶるけど」


「そんな未来永劫こないもしもは聞きたくないよ!」


「そ、それは分からないだろ!?」


 ハチャメチャに筋トレに目覚める可能性だって……いや、ないか。ないな。


 面倒くさがって終わるな。

 うん、俺が筋肉ムキムキマッチョマンになることは未来永劫くることはないわ。


「それに、高校生が高校生をおんぶしてる格好ってちょっと恥ずかしくない?」


「全然。むしろ愛が溢れてて格好いいよ」


「溢れてないと思うけどなあ」


 いや、周りの目なんて気にしないでそういうことができるというのは愛が溢れていることの証明なのか?


 分からん。


 分からんことだらけだ。


 俺と日向坂さんのやり取りを背中で興味津々に聞いていたななちゃんは最後まで口を挟んではこなかった。


 この子、かわいい上に空気まで読めちゃうの?

 まだ四歳だよね?

 はじめてのおつかいとかやっちゃう年齢だよね?



 ななちゃんのはじめてのおつかいとか絶対見たいんだけど。涙不可避なんだけど。


 いつか来るかもしれないイベントを想像しながら目的地へと向かう。

 道中もそこかしこに動物はいるので、気になった場所には寄ったりして、そうしてようやくフードコートに辿り着く。


 場所的には入口付近。

 一つのエリアをぐるりと回り、最初の場所に戻ってきた感じ。

 あともう一つエリアがあるので、休憩を挟んでそちらに向かうことになるだろう。


「ななはどれがいい?」


「くまさん」


 白くまをモチーフにしているそのアイスクリームは恐らくバニラアイスを使用していることだろう。


「陽菜乃は?」


「わたしはななと一緒に食べるよ。一つだとななには多いから」


「ああ、たしかに。じゃあ俺はコアラのアイスにしようかな」


 茶色多めのこのアイスクリームは恐らくチョコレートアイスを使用しているに違いない。


 注文をして少し待つと、二つのアイスクリームを手渡される。

 俺と日向坂さんはそれを受け取って、空いているテーブルに移動した。


「ほら、なな。あーん」


 白くまアイスをスプーンで掬い、日向坂さんはななちゃんの口に運ぶ。

 どれだけ見た目を気にして可愛くしたところで、次の瞬間にはこうして食される運命にある。


 そう考えると、普通のアイスクリームでいいと思うな。むしろ、食べるのが勿体ないと思えるクオリティな分、普通のがいいまである。


 俺は恐る恐る、躊躇いながらもコアラのアイスクリームをスプーンで掬う。


 ああ、可愛いコアラの頭が欠けてしまった。

 安心しろ、お前は俺が責任を持って美味しくいただいてやる。


 口の中に入れると、甘めのチョコレート味が口の中に広がる。けどしつこい甘さではなく、自然と口が二口目を求めてくる。


「おにーちゃん」


「どうした?」


「コアラさんちょーだい?」


 ななちゃんはそう言って、あーんと口を開けて待機した。

 俺はどうしたものかと日向坂さんの方を見ると、ごめんねとでも言いたげに申し訳無さそうな顔を向けられた。


 別にあげていいならあげるけど。


 そう思いながら、アイスクリームをスプーンで掬い、ななちゃんへ差し出す。

 すると、ななちゃんは前のめりになってスプーンにぱくついた。


「んー、おいしーい」


 頬に手を当てて、本当に美味しそうに食べたななちゃんを見た日向坂さんが、ゆっくりとこちらを向く。


 なんでちょっと緊張したように表情が強張っているんですかね?


「隆之くん?」


「はい?」


 恐る恐る、日向坂さんは言う。


「わたしも一口、いいかな?」


「……もちろん」


 ……ここでダメとは言えないよな。

 俺はななちゃんだけに甘いわけではないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る