第77話 もう恋なんて①
春休み。
これといってすることのない俺はこれでもかというくらいに怠けていた。
リビングでダラダラしながら昨日録画したバラエティ番組を消化する日々。
至福の時間である。
梨子もソファに寝転がりながらスマホをいじり、テレビをちらちら見てはケタケタ笑っている。
今年は受験生だし、こうしてダラダラできるのも今のうちだろう。だからか、両親も俺にはチクチク小言をぶつけてくるのに梨子にはなにもない。
いや、それいつもだな。
受験関係ないな。
そんな感じで毎日を実に無駄に過ごす俺だったけれど、今日は出掛ける予定があるのです。
待ち合わせ時間は午後一時。
俺は集合場所に余裕を持って到着するべく三十分前に家を出ることにした。
「お兄、どっか行くの?」
「ああ、ちょっとな」
「また本屋?」
「俺の外出をとりあえず本屋と認識するのはやめろ」
だいたいそうなんだけど。
たまには友達と出掛けたりするわ。
うっそだぁ、とからかうように言う梨子をスルーして出発する。
自転車に跨り、キコキコとゆっくり漕ぎ進める。
学生は春休みだけど、世間的にはただの平日。だからか、昼のこの時間は人の通りも多くない。
生ぬるい風が頬を撫でる。
凍てつくような寒さを超えて、この心地よい空気が肌に触れると春の訪れを感じる。
「ん?」
あれは。
しばらく自転車を漕いでいると、目の前に知り合いらしき人影を発見する。
後ろ姿で知り合いを認識できるとは、俺も成長したものだな。
ペダルを踏む足に力を入れて加速して、そいつに並ぶ。
突然隣に人が現れたことで、驚いた顔でこちらを見た彼女は俺の顔を見ておかしそうに笑った。
「なんだ、隆之くんか。びっくりしたよ」
「たまたま見かけたから」
「そっかそっか」
本日、俺は柚木に誘われていた。
なにやら父親の誕生日のプレゼントを買いたいらしく選ぶのを手伝ってほしいんだとか。
もちろん暇を持て余していた俺は断る理由もなく、こうして付き合うことにした。
「徒歩?」
「え、うん。ダメだった?」
「ダメとかはないけど」
柚木の自宅の正確な位置は知らないけど、俺の家の近くだったはずだ。
歩いても行けない距離ではないだろうが、さすがに骨が折れると思う。
「しんどいでしょ」
「んー、まあ。でも電車に乗るほどの距離じゃないと思わない?」
「まあね。だから自転車なのでは?」
「まあまあ」
そういえば、登校も徒歩だったな。
家に自転車がないとか?
一家に一台自転車はあるという決めつけはよくないのかもしれないけど、一台くらいはやっぱりあるものなのではないだろうか。
あんまり詮索するのも悪いだろうし、この話題はこの辺で終わらせておこう。
柚木が徒歩なので、俺も必然的に歩くことになる。
自転車から降りて手で押しながら彼女の隣に並んだ。
「え、悪いよ」
「じゃあ先に行くわってのもわけ分からんでしょ」
「……あはは、たしかに」
梨子ならともかく、二人乗りはそもそも違反だから他人に提案するのは躊躇ってしまうし。
結果、これに行き着く。
しかし、他愛ない話をしながら歩いているとすぐに到着した。俺は自転車を置いて柚木に合流する。
「お父さんのプレゼントだっけ?」
「うん、そう。なにかいいのある?」
「親父にプレゼントなんか買ったことないからピンとこないけど。とりあえず適当に見て回るか」
父の日も父の誕生日も基本的に梨子と連名で渡すし、それを選ぶのは梨子に任せっきりなので俺はなにもしない。お金を出すだけだ。
「そうしよっか」
イオンモールの中をふらふらと歩き回る。
ちらと横目で柚木を見る。
そういえば初めて彼女を見たのはクリスマスのときで、えらく気合いの入ったオシャレをしていた。
身長的には中学生くらいに見えるけど、ファッションなんかのおかげか大人びて見えたんだよな。
その印象はあのときも今も変わっていない。
女の子というのは外出一つでも細部にまで気を遣ってオシャレをするものらしい。
ロングスカートとシャツ、それからカーディガンと春らしいコーディネートだ。いつもより身長が高く感じるのはブーツのおかげだろう。
それに比べて俺はシャツにジーンズ、薄めのジャケット。シンプルイズベストな装いだ。
「どうかした?」
俺がまじまじ見ていることに気づいてか、柚木が上目遣いを向けてくる。
「いや、私服だとイメージ変わるなって」
「どう変わるの?」
「なんか、大人びて見える」
「それは普段は子供っぽいと?」
「そうは言ってないよ」
「どうせあたしは身長低いですよ」
唇を尖らせながら、拗ねるように言った柚木は、なにを思いついたのか打って変わって不安げな瞳をこちらに向けた。
「隆之くんは彼女にするなら身長高いほうがいい?」
「急になんだ」
「自然な流れでしょ。急ではないよ」
そうかな、と思いながらも考える。
「別に身長どうこうで決めたりはしないけど、自分より高い女の子はちょっと抵抗あるかも」
「そうなの?」
「なんか、男としてね」
絶対嫌とかではないけど、できることなら避けたいとは思う。
常に彼女を見上げながら話さなければならない、というのは俺の中のやっすいプライドが許さなさそう。知らんけど。
「小さいほうがいい?」
「大きいよりはね」
そかそか、と俺の言葉を聞いた柚木は上機嫌に頷いた。
自分よりも身長が高い人を好むはあんまりいないように思うけど、実際のところはどうなんだろうな。
「隆之くんは、彼女いないんだよね?」
「いたらこれ問題でしょ」
「あはは、たしかに」
さすがに彼女ができたあとに別の女子と二人で遊ぶようなことはしない。
怪しいことなんてないし、間違いだって起こらないけど、恋人ができるというのはそういうものなんだという認識があるからだ。
「恋人、欲しいとは思わないの?」
「……どうだろうね」
恋人、か。
何度も何度も考えそうになって、その度に思考の端っこに追いやってきた。
そもそも、考えるべきではない問題だからだ。
「……友達作るのに精一杯な俺に恋人なんかできるとは思えないからね。ないものねだりは虚しいだけだよ」
そうじゃないのに。
自分にそう言い聞かせてきた。
今回も、これまでと同様にそうして自分の思考に蓋をする。
「じゃあ、隆之くんのことが好きっていう女の子が現れたら?」
「……ファンタジーすぎて想像できないや」
俺が軽口で返すと、隣を歩いていた柚木が「じゃあ」と小さく言った。
どうしたのかと思い振り返ると、まるでなんでもないように、ご飯に行こうとでも誘うような気軽さで彼女は口を開く。
「あたしが隆之くんのこと好きって言ったら?」
一瞬。
時が止まったような気がした。
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