第75話 スイートなパラダイス③


 誤解を解くのに少し時間がかかったけれど、ようやく普通に会話できる程度の空気感に戻すことができた。


 日向坂さんはどういう感情なのか、少し恥ずかしげに頬を赤らめながら仕切り直すようにこほんと咳払いをした。


「それで? じゃあややこしい言い方をした志摩くんが言いたかったことはなんなのかな?」


「ややこしい言い方をしたのは樋渡だ」


 とりあえずツッコんでおく。

 このままだと俺がややこしくなるように樋渡に頼んだことになってしまいかねない。


「今日か、まあ今日じゃなくてもいいんだけど放課後って空いてる?」


「空いてるけど?」


 即答だった。

 表情はどこまでも澄ましたもので、けれどきらきらした瞳には僅かばかりの期待がうかがえる。


 ような気がする。


「ちょっと、その、付き合ってほしいところがあるというか」


「珍しいね、志摩くんがそういう誘いをしてくるの」


 弾んだ声色に、俺は安堵の息を漏らす。


「あれだよ、ホワイトデー的な」


「あ、わ、ほ」


 あわあわしながら日向坂さんは数歩下がる。

 今日がそういう日であることを忘れていたのだろうか。


「梨子が……妹が、誠意には誠意で返すようにと言うものだから、とりあえずそれっぽいところにお連れしようと思うんだけど」


 照れ隠しのせいで余計なことまで口走ってしまう。

 こういうときはスマートになんでもない感じでエスコートするべきなんだろう。妹の助言を貰ったなんて絶対に言うべきではない。


 あー、やってしまった。


 と、俺が心の中で自分のやらかしを後悔していると、日向坂さんはおかしそうにくすくすと笑った。


「なんで笑う?」


「んーん、なんでも。それじゃあ、今日の放課後でいい?」


「……もちろん」


 最後まで上手くいかず、俺は腑に落ちないように返事をした。

 樋渡が余計なことを言ったから変に意識してしまったんだ。そうに違いない。


 でなければ、この妙な緊張に説明がつかない。



 *



 そんなわけで放課後。

 そそくさと教室から姿を消した俺を追いかけてきた日向坂さんと合流し、学校を出る。


 ガタンゴトンと電車に揺られること三十分弱。自分たちの最寄りも超えてそのまま都会の方へ進む。


 この辺といえば、昨年のクリスマス会を思い出す。

 ほんの三ヶ月前だというのに、随分と前のことのように思えるのは最近の日々が充実しているから、だと思う。


 最近は一日が経つのが早い。

 だから必然的に一週間も、一ヶ月もあっという間に過ぎていく。


 ついこの前、バレンタインデーでチョコレートを貰えるか否かの問題に一喜一憂していたはずなのに。


 気がつけばもうホワイトデー。

 一ヶ月が経過している。

 体感的にはほんの一週間くらいだ。


「それで、どこに行くの?」


 駅から出て、スマホを見ながら歩く俺にしびれを切らした日向坂さんが尋ねてくる。


「スイーツパラダイスってところなんだけど……」


 別に隠すことでもないのでそう答えると、日向坂さんは「あー」とどちらとも言えない声を漏らした。


 もしかして外したか?


「わたし、あそこ行ったことないんだよね。一度行ってみたかったの」


 そして、にこっと笑う。


「って思ってるリアクションじゃなかったように見えたけど?」


「そう?」


「うん」


「志摩くんの口からスイパラの名前が出てきたのが意外すぎて驚いちゃったの」


「失敬な。俺だってそれくらい知ってるよ」


 嘘です。

 今朝、秋名さんに教わりました。

 けどこれくらいの見栄は張らせていただきたい。だって、男の子だもん。


「そっかそっか。と言いながらも、内心では梓とか妹ちゃんから聞いたんだろうなあと思う陽菜乃であった」


「漏れてる漏れてる」


 バレてるバレてる。


 なんなの、俺ってそんなに分かりやすいかな。

 友達とか全然いなかったから表情筋ほとんど使ってなくてポーカーフェイスには自信あったんだけど。


「けど、行ったことないのは意外だね。よく行ってそうなのに?」


「それはどういう意味かな?」


 にっこり、というよりはそのすべてに濁音をつけたようなぎこちない笑顔で日向坂さんが言う。


「いや、別に。深い意味はないけど」


 視線を逸らして誤魔化しておく。


「興味はあったんだけど、一緒に行く人がいなくてね」


 それもまた意外な話だった。

 スイーツなんて女子ならとりあえず飛びつくコンテンツだろうに。しかもそれが食べ放題とあらば尚の事、と思うのは浅はかな考えだろうか。


「だから、志摩くんに連れて行ってもらえるの嬉しいなぁ」


 にこにこと隣で上機嫌に笑う日向坂さんを見ていると、それが嘘だとは思えなかった。


 喜んでもらえているのならよかった。


 秋名や梨子に感謝だな。


 駅からしばし歩いたところにそのお店はあった。

 ものすごいファンシーでポップなデザインで『SWEETS PARADISE』と書いているものだから危うく見逃しそうになった。


「ここだね」


「入ろっか」


 自動扉から中に入ると、ハートの装飾が壁いっぱいに施されている。その内装からまるで男子禁制と言われているような気がして、俺は一歩進むのを躊躇ってしまう。


「どうしたの?」


 しかし、なんでもないように言う日向坂さんに置いていかれないように、俺は勇気を出して前に進んだ。


 こんなことに勇気を出すならもっと別のところに勇気出せ。

 と、自分にツッコミを入れながら階段を上っていく。


 放課後だと言うのに、列はできていなくて俺たちはすんなりと案内されることになった。

 緊張とかする間もなかったな。


 券売機で二人分のチケットを購入し、それを店員さんに渡す。


 一人あたりの値段が、たしかに学生に優しい値段だった。毎回は厳しいけど、食べ放題ということもあり、たまの来店にはちょうどいい特別さがある。


 待ち列がなかったのでそこまで繁盛していないのかと思ったけど、店内には結構なお客さんがいた。

 どうやらタイミングがよかっただけらしい。


 席に案内され、店員さんから軽く説明を受けてから、俺たちは荷物を置いて立ち上がる。

 

「それじゃあ行こうか」


「うん」

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